第37話 時にはこんな事もある

「おい、こら。寸止め。寸止め。ホントに斬るな!!」

 朝食がテーブルに並びはじめる頃になって、起きだしたリズが怒鳴った。

「だって、やるからには本気なんでしょ。リズも私をぶっ殺す気満々だって、すぐに分かったし、正当防衛ってやつ?」

 私は笑った。

「馬鹿野郎、女王をぶっ殺す勇気はさすがにないわ!!」

 リズがバナナを囓りながら、文句を垂れた。

「あれ、気のせいだったかな。凄まじい殺気だったから、条件反射で出たんだけど」

 私は笑みを浮かべた・

「うん、相手の殺気にいちいち反応しているようじゃ、まだまだ半人前だな」

 外から帰ってきた犬姉が、バナナを一本囓りながら牛乳をがぶ飲みした。

「もうやめてくださいね。心臓に悪いです」

「やだよ、怖いよ」

 ビスコッティが苦笑してバナナを二本もいで、蒼い方のバナナをスコーンにあげ、自分は皮に黒い斑点が出始めた、食べ頃のスイートな方を囓った。

 CAさん二人組に混じって、マンドラがクレープを作りはじめ、冷蔵庫の中から立派なイチゴと生クリームを取り出し、ファンシーなお菓子を作りはじめた。

「申し訳ありません。今日は食材が不足していまして、朝食から牛ヒレのステーキになってしまいました。ご希望のグラム数をお伺いします」

 CAさんが一人きて、メモ片手にみんなのオーダーを聞き始めた。

「うん、私は四百五十グラムでいいよ」

 犬姉がニコニコした。

「私も同じ量でいいよ」

 私は笑った。

「ビスコッティ、お肉を量で頼んだ事ないよ。どのくらい?」

 スコーンが困った顔をした。

「そうですね……。通常、男性で食べる方は三百グラムくらい余裕ですが、女性は百五十か食べても二百グラムか。百五十グラムにしておきましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた」

「あたしは、久々に五百いっちゃおうかな」

 リズが笑った。

「私は程々でいいですよ。リナもそうでしょ?」

「うん、あたしは食べる方だけど、ヒレなんて高級品だしね」

 ナーガとリズが笑った。

「私たちは二百五十と決めています。カロリーが足りないと、行動出来ないので」

 パステルとラパトが笑った。

「私は百五十で!!」

 アメリアが元気に声を上げた。

「私も同じでいいです。お肉はボリュームが……」

 シルフィが笑った。

「あの、私は百でお願いします。もたれてしまうので、肉はあまり食べられないんです」

 マルシルが笑った。

「私も百がいいです。自分でいうのもなんですが、食があまり太い方ではないので」

 クレープを作りながら、マンドラが笑みを浮かべた。

 こうして私たちのオーダが決まり、肉好きには堪らないであろう、朝からヘビーな食事の準備がはじまった。

「さて、今日はなにしょうかな……」

 私は笑った。


 フィン王国海兵隊のコマンダーから、予算の兼ね合いでなかなか導入出来なかったイージス・アショアの導入が終わったと連絡が入った。

 これは、イージス艦のイージスシステムを陸上型に作り変えたもので、地上据え置き型のレーダーに当たるが、さしものフィン王国としてもとてつもなく高価なため、ずっと導入が先送りされていたのだ。

 それが、開発元であるファン王国を自国とした事で、やっと配備計画がまとまり、南方に大きく突き出たこの島にも設置して、領空警戒にあたる事は私も聞いていた。

「まあ、視察してもよく分からないし、軍部に任せておきますか」

 衛星電話で軍の視察が入るという連絡がきていたが、案内しろという話はきていなかった。

「さて、これはいいや。ちょと、外に出るか」

 私は家から出て、車のエンジンオイルでも変えようかと、倉庫を漁りはじめた。

「うむ、車の整備は完璧にこなしてある。オイルは問題ない」

「ぎゃあ!?」

 いきなり芋ジャージオジサンが入ってきて、竹箒片手にどこかにいってしまった。

「あー、びっくりした。なんだ、暇つぶしのネタがなくなっちゃった。そういや、ここって作業用の林道が多いんだよね。走ってくるかな」

 私は幌屋根使用のパジェロに乗り、一人道に走り出た。

 地図を忘れたため多少困ったが、大体林道の入り口は気配で分かるもので、私は適当な砂利で、少し路面が荒れている細い林道に入った。

「こりゃ、派手にガレてるね……」

 ガレてるとは瓦礫からきた言葉で、路面が荒れてる事を示す。

 最初からそういう予感はしていたが、奥に進むにつれてハードな荒れ地になり、私はゆっくり丁寧に走り、土砂崩れで斜めになった道を走り、久々に冒険気分を味わっていた。

「たまには屋外で遊ばないとね……ん?」

 目の前に落石を発見し、私は車を止めて法面の金網で斜面を押さえている場所の様子を覗った。

 常にカラカラと小石が落ちる音が聞こえ、お世辞にも心地いい場所とはいえなかったが、引き返すにしても転回スペースもなく、バックで帰るなんて冗談にもならない選択はしなかった。

「行くしかないか……」

 私は運転席に戻り、なるべく大きな音を立てないように進み、落石の隙間を縫って先に進んだ。

 もう少しで、危険エリアを抜けるかというとき、車外から大きな音が聞こえ、一瞬なにが起きたか分からなかったが、巨大な岩が車のサイドに激突したのだと、意識のどこかで認識した瞬間、車が弾き飛ばされて崖下に転落した……事までは覚えていた。


 不意に気が付くと、大木が体を貫通しグチャグチャになった体を見下ろす『私』がいた。

「……あれ?」

 状況が分からず、どうしていいか分からなかったが、常に身につけている非常用ビーコンの作動音だけは聞こえた。

「……うん、なんか心地いい」

 フヨフヨ飛んでいると、痛みもなにも感じなかった。

「……認めたくはないんだけど、これが死んじゃったって事じゃないよね?」

 やっと、事態が飲み込めそうな私だったが、ここからどうしようという感じだった。

「えっと、こうなったら二十四時間だっけ。まいったな」

 ここにきて、ようやく空寒くなった。

 まあ、『私』がどうやってもなにもできないので、成り行きを見守るしかなかったのだが……一ついえば暇だった。

 そのままやる事もなくフヨフヨしていると、もの凄い速度で林道をかっ飛ばしてくる、一台の白いジムニーの姿が見えた。

「ビーコンはこの辺だよ!!」

「はい、状況から考えて崖下ですね。最悪です」

 スコーンとビスコッティが降りてきて、話す声が聞こえてきた。

「ビスコッティ、海兵隊に応援要請出したの?」

「はい、それでも一時間は掛かるという話でした」

 しばらくして、真っ赤なジムニーがやってきて、犬姉が装備満載の荷台から登山用具を下ろしはじめ、崖下の私目指して降りてきた。

「うん、これは即死だ。大事だな……」

 やはり冷静な犬姉が小さく呟き、そのままスルスルと上に向かって登っていき、待機していたスコーンとビスコッティに報告した様子だった。

「私は待つしかないか……」

 息も吐けないので、今度はオフロードバイクで行こうとか、どうでもいいことを考えて時間を潰した。

「そのうち、海兵隊の救助部隊がヘリと陸から私の救助作業をはじめ、路上に寝かされた私に、ビスコッティが一発蹴りを入れてから、家に向かって搬送すべく、戦場救急車にぶち込んで、猛スピードで家まで突っ走りはじめた。

 それに引かれて『私』もついていくと、家の中にストレチャーで放り込まれ、海兵隊員が出た後で、犬姉が杖を持って蘇生術をはじめた。

 一瞬気分が悪くなって、なにかスポッという変な感触の後、私の意識は暗転した。


 ふと目を覚ますと、私はベッドに鎖でがんじがらめにされ、怒り顔のビスコッティと心配そうなスコーンが私の顔を覗き込んでいた。

「……あれ?」

「あれ? ではありません。もう、死ぬほどビシバシします!!」

 ビスコッティが死ぬほど私の顔に往復ビンタをして、どこかに行ってしまった。

「ビスコッティが怒っちゃって、もう大変だったんだよ。一国の女王がなにやってやがる馬鹿野郎って感じで。悪気はないから」

 スコーンが私の顔に絆創膏を貼りながら、小さく息を吐いた。

「そりゃ申し開きようがないね。暇つぶしのつもりだったんだけどな。よっと……」

 私は呪文を唱え、鎖を一瞬で消してテーブルの方に向かった。

 なにか大変だったようで、時刻は夜の九時を回っていて、私用に塩結びと沢庵のセットが置いてあった。

「リズだね。この塩結びの味は……」

 私は笑みを浮かべた。

 おにぎりを三つ平らげ沢庵を全部食べると、私は外で煙草を吸っていたビスコッティの隣に並んで立った。

「あのですね、あんな場所に一人で行かないで下さい。緊急用ビーコンがなかったら、今もまだ発見できていないですよ。せめて、パステルとラパトが作った地図を持っていって下さい。あの林道は危険なので、立ち入り禁止と書いてあります。不注意では済まされません!!」

 ビスコッティは、二本目の煙草に火を付けた。

「そりゃ猛省してるけど……リズはどこいったの?」

「海兵隊基地へお礼にいっています。しばらく帰ってこないでしょう。蘇生には成功しましたが、傷を癒やすために極端に魔力が落ちています。つまり、生命力がギリギリなんです。早く休んで下さい」

 ビスコッティはいうが早く、私の右手を取って筋肉注射を打った。

「強力な精神安定剤と眠剤のミックスです。意地でも寝かせますからね。今日は、起きていてはダメです」

 くらっときたところをどっかにいた犬姉が私を担ぎ上げ、再びベッドに戻された私は、そのままあっけなく落ちたのだった。

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