第36話 時には本気で……

 研究室から家に帰ると、スコーンが研究室内の殺風景な写真を見て、なにやら唸っていた。

「どうしたの?」

「うん、思ったより広いし、パソコンが五台もあるし、どうしていいか分からないんだよ」

 スコーンが困ったような顔をした。

「聞いた話だと、特殊強化樹脂製の建物だから、中で攻撃魔法を撃っても平気なんだって。まあ、その結果、中にいる人がどうなるかは、分からないけどね」

 私は笑みを浮かべた。

「こ、怖い事いわないでしょ。ビスコッティの氷の矢とか、ボッコイ攻撃魔法だって、反射魔力で、あの部屋の広い建物でも無事じゃ済まないよ!!」

 慌てた様子のスコーンの頭に、金だらいがヒットし、ビスコッティがスコーンに蹴りを入れて去っていった。

「あっ、怒った」

 私は笑った。

「いけね……。だって、ホントにボッコイんだよ。すっごい魔力使うのに、スライム一匹も凍結できないんだから!!」

「そりゃまた……。それ、自分は回復系だからって、逃げてる証拠なんだよ。私だって、こう見えてあまり攻撃は得意じゃないんだけど、頑張って研究した……っていうか、バカ師匠にやらされた。逃げるな、ボケとか蹴られて。ああ見えて、リズも攻撃は得意じゃないんだよ」

 私は苦笑した。

「そうなの、そうなの!?」

 スコーンの目が輝いた。

「私も回復できるかな……」

「やる気になればね。ビスコッティに聞いたら。師匠が弟子に聞くのは、別に恥ずかしい事じゃないし」

 私は笑った。

「分かった。おーい、アメリア!!」

 スコーンが声を上げて掛けていった先をみて、私はすっこけそうになった。

「……それ、弟子じゃない。ビスコッティが怖いんだな」

 私は苦笑した。


 特にやる事もないため、私は居間の片隅に設置してあるテレビで、四年に一度世界的に開催されるスポーツイベントの開会式を見ていたりズの肩を叩いた。

「ん?」

 リズが不思議そうな顔を向けたので、私は右手で魔力を空打ちした。

「おや、久しぶりにやる気だねぇ」

 リズが笑みを浮かべ、テレビの前を離れた。

「なにするの?」

 スコーンが目ざとく見つけて、笑みを向けてきた。

「リズとのガチ模擬戦。多少手加減はするけど、お互いに攻撃魔法で戦うんだ。武器の類いは、使用禁止でね!!」

 私は笑った。

「えっ、みたい。ビスコッティを呼んでくる!!」

 スコーンがお風呂に飛び込み、素っ裸のビスコッティを引っ張り出してきた。

「な、なんですか!!」

「リズとマリーが真面目に魔法戦やるんだって。見ないと損だよ!!」

 スコーンが笑った。

「そうですか。せめて、服くらい着させて下さい」

 スコーンの頭にゲンコツを落とし、ビスコッティが脱衣所に戻っていった。

「それじゃ、私たちは先にはじめてるから。見て面白いかどうかは、分からないけど

ね」

 私は笑った。

「フン、また一瞬でおねんねさせてやるから!!」

 リズがやる気満々で、早くも体内で高めた魔力の光りが全身を押し上げ、体が床から少し浮いていた。

「今から力んでいるようじゃ、話にならないね。師匠、気合い入りすぎだよ!!」

 私は笑った。

「この野郎、早々にあたしにボロクソにされて泣くなよ!!」

 リズが指をバキバキ鳴らし、私たちは外に出た。

 闇の中だと面白くないので、私は明かりの光球を二つ空に向けて上げた。

 一定の距離を空けてリズと対峙した私は、自然と顔から笑みが消えていった。

「へぇ、ちょっとやらない間に、まともなツラするようになったじゃん。試合形式はいつも通り、立てなくなったら負け!!」

 リズが笑みを浮かべ、自分の拳に光りを点らせた。

「あっ、もうはじまってる!!」

「はい、師匠。邪魔したらダメですよ」

 家から出てきたスコーンとビスコッティが、缶ビール片手に試合観戦モードに入った。

「……超接近戦狙いか。相変わらずだね」

 私は笑みを浮かべ、試合開始の意味も込めて、一本の炎の矢をリズに向けて放った。

 リズは簡単に避け、光りを帯びた拳で炎の矢を殴って爆発させ、一気に間合いを詰めてきた。

 必殺の右フックを避け、私は二歩分ほど後方に下がり、光りの剣を手にして刺突で反撃した。

「へぇ、面白いの憶えたね。でも、そんなんじゃあたしには勝てないよ!!」

 リズのパンチの嵐を剣で跳ね返し続け、私は一瞬の隙を突いて、リズの首筋に剣の刃を走らせた。

「……悪いね。城にいたときよりは、経験を積んでるんで」

 リズの首が胴体から離れて転がり、これでも手加減した勝負はあっという間にケリがついた。

「あ、あれ、殺しちゃったの?」

 スコーンが恐る恐る聞いてきた。

「いったでしょ、ガチの対決だって。私を甘くみて、わざと誘い込むような隙を作ってくれたから、遠慮なくぶっ殺してやっただけ。医師として聞くけど、これ治せる?」

 私は笑みを浮かべた。

「治せる、今なら治せる。ビスコッティ、オペしないと!!」

「ダメです、これはもうなんか蘇生術しかありません!!」

 缶ビールを投げ捨て、大騒ぎになった二人に対して、私は地面に札束を三つ置いて家に戻った。

 中に入ると、犬姉がニマニマしていた。

「ついに本性を出したな。私の見立て通り、なかなかやるじゃん。それじゃ、蘇生してくる」

 犬姉がゆっくり家の外に出ていき、私はテレビの前でミカンを食べながら開会式の中継を観た。

「リズもこれで認めてくれたかな。なかなか、認めてくれないんだもん。あたしを殺せたら認めてやるって条件、しっかり満たしたよ」

 私は笑みを浮かべた。


 旧サロメテ王国の王女だけあって、犬姉はエルフの中でも特別なコモン・エルフだ。

 リズの蘇生が終わったようで、そも犬姉が戻ってきた。

「うん、生き返った。リズはよっぽど怖かったみたいで、大泣きしてスコーンとビスコッティが見てる。リズって泣いちゃうと、あとが大変だぞ」

 テーブルの上からミカンを一つ取って、犬姉が隣に座った。

「知ってる。でも、昔から私に対して小馬鹿にしてくれてたから、いい薬になったでしょ。女王をナメるなよってね!!」

 私は笑った。

「うん、私も見ていてびっくりした。正直、へなちょこだとどっかで思っていたんだけど、リズ公相手にあそこまで出来れば、私からいうことはないよ」

 犬姉がノンビリいった。

「あれはあれで、恐ろしく強いからね。私は悪い事をしたとは思ってないよ」

「立派な殺人だぞ。全く」

 犬姉が笑った。

「誰にでも、果たし合いする権利は認められてるの。これは、その一環だって」

 私は笑った。

「はいはい……。さて、いいものみた。私はやらないよ。さすがに、本気出さないと互角にすら持って行けなさそうだから」

 犬姉が笑った。

「私だって、誰彼構わずやったりしないよ。深い師弟関係があったからやった事だね。弟子って立場は、どうしても師匠に認められたくなるものだから」

 私は笑みを浮かべた。

「だろうね。さて、私は風呂にでも入ってくるよ。ごゆっくり」

 犬姉がミカンを一口で食べ、テレビの前から離れていった。

「はぁ、今頃になって震えがきたな。やっぱり、苦手だよ」

 私は苦笑した。


 開会式が終わってからもなお、リズは帰ってこなかった。

 私もその傾向があるという自覚はあるのだが、一回ヘコむとなかなか浮上出来ない。

 その程度にもよるが、もしリズが「あたし」ではなく「私」と自分の事を呼ぶようになったら、どん底のどん底である証拠だった。

「直すコツは簡単。一発ぶん殴って、酒粕入りの豚汁を飲ませるだけ。二十秒くらいで自己解決して終わるんだけど、CA部隊に頼んでみるか」

 私は無線でCAチームを呼び、酒粕入りの豚汁をオーダーしたが、肝心の豚肉が在庫切れだった。

「なかったら、桜イノシシの肉でもいいよ。冷凍庫の一番上に保存してあるから」

 私の指示に、CAチームが動いた。

 程なく豚汁の代用に作ってもらったシシ汁のお椀を持って、CAの一人がお椀を持って外に飛びでていった。

「まあ、基本的に単純だからね」

 私は小さく笑い、リズと顔を合わせないように、ベッドに潜って寝たふりを決め込んだ。

 もしここで余計な刺激を与えると、あまり面白くない結果になるのが分かっていたからだ。

 スコーンとビスコッティに連れられて家に入ったリズは、テーブルの上に積んであったミカンを食べはじめた。

「なによ、もう。甘くみてたら、あたしの裏をかくなんて!!」

 予想通りもうすっかり復調した様子のリズの声が聞こえ、私はそっと苦笑した。


 翌早朝、研究室が広すぎてスコーンが困っているようだったので、私は一人車に乗って研究室にいき、合鍵を使って中に入った。

 すると、見事になにもなく、これでは魔法研究どころではないと思った。

「……記念に観葉植物なんか置いてみるか」

 私は適当に観葉植物を置き、カーテンもなかったので『気に入らなかったらいってね』と薄ピンクの遮光カーテンを取り付け、独自ルートで取り寄せた珍しいカブトムシとクワガタムシが入った虫かごをテーブルに置き、育て方を書いた紙を添えた。

 一気に温かな空間となった研究室の片隅に庭を作って小さな小川を引き、メダカを放って餌をあげた。

「こんなもんかな。あまり弄ると、怒られそうだから」

 私は笑みを浮かべ、スコーンの研究室から出ると、扉に鍵を掛けて車に乗って家に戻った。


 家に入ると、まだみんな寝ていてCAさんたちが、朝食の準備をしていた。

 私はテーブルの上にあったバナナを一本もいで食べながら、恒例の衛星電話のチェックをはじめた。

「なにもなしか。いいことだ」

 私は笑った。

 こうして、島に到着して二日目の朝がはじまったのだった。            

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