第29話 宿にて

 飛行機がコンファラ空港に着陸すると、私たちは拠点にしているコルポジ野町に戻り、久々感のある宿「火吹きドラゴン亭」に戻ってきた。

「へぇ、いい宿じゃん」

 リズが笑みを浮かべた。

「貸し切りだから、部屋は好きに使っていいよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そりゃ豪勢だねぇ。メシは美味いの?」

 リズが笑った。

「まあ、不味くはないよ。さて、私は仕事があるから……」

 私は枕を抱えて廊下を歩いていたスコーンを捕まえた。

「リズに町の案内よろしく」

「うん、分かった!!」

 私に枕を押しつけ、スコーンはリズと宿から出ていった。

「さてと……」

 私はお馴染みノートパソコンに衛星電話を繋ぎ、ログインした。

「うーん、こりゃビスコッティと犬姉宛てだな。こういう案件ばかりで嫌になるねぇ」

 私は苦笑して、鍵付き鞄から便せんを取りだし、手書きでサラサラと命令書を書いて角印を押し、封蝋で留めた。

「ん、呼んだ?」

 たまたま近くにいたらしく、犬姉が部屋に入ってきた。

「またこれ……」

 私は黒い封筒を犬姉に渡した。

「またなの。大変だねぇ」

 犬姉がピンクの縞々繋ぎを着て苦笑した。

「ビスコッティは無線で呼び出すか」

 私は無線のチャンネルをいじり、ビスコッティの周波数に合わせた。

『はい、なんでしょう?』

「また黒封筒。犬姉には渡してある」

『はい、では戻ります』

 しばらくして、酒屋の紙袋をいくつも抱えたビスコッティが帰ってきた。

「どうしましたか?」

 笑みを浮かべたビスコッティに、私は黒い封筒を渡した。

「こんな命令ばかりでゴメンね」

 私は二人に札束を一つずつ渡した。

「ん、仕事だからいいよ」

 犬姉が笑った。

「はい、仕事は仕事です。さっそく準備にかかりますね」

 犬姉とビスコッティが部屋を出ていき、私はまた命令書を書いて封をして、宿の外に出て、馬の世話をしていたクランペットに手渡した。

「早急に……」

「はいな!!」

 その返事を聞いて、私は頷くと自分の部屋に戻ってきた。

 エアコン完備の部屋ではあったが、それでもなんとなく暑く、雨期を抜けていよいよ夏本番だなという感じだった。

 私はベッドに戻り、ロックしていた画面をパスワード入力で解除し、呪文の開発エディタを開き、オリジナル結界魔法の研究に入った。

「はぁ、明日晴れたら久々に馬旅に出よう。北部のポートランにいいお酒があるんだよね」

 一人笑って、私はエディタに向かった。


 昼過ぎ、私の下した命令のターゲットは王都にいるため、犬姉とビスコッティは国営航空で旅立っていった。

「ビスコッティ、どこいったの?」

 スコーンが聞いてきた。

「私の我が儘でね。場所までは言えないけど、遅くとも明日の朝までには帰ってくると思うよ」

 私は笑った。

「そっか、ならいいや」

 スコーンが自分の部屋に引っ込み、廊下までリズの楽しそうなバカ声が響いていた。

「さてと、とっとと組んで、師匠にみせるか。専門家だけあって、うるさいんだよね」

 私は苦笑して、途中だった新結界魔法の構成に入った。

 構成とはいわば魔法の設計図で、これに魔力を乗せて発声することで発動する。

 つまり、この構成が魔法の本体であり、肝となる部分だった。

 二時間ほどエディタで魔法の構成をC言語で打っていると、宿のオバチャンに許可をもらって注文した、程々サイズの業務用複合機が届いた。

「やっぱ、プリンタがないとね……」

 コーディングが終わり、コンパイラにかけて吐き出されたエグゼファイルを叩くと、画面にルーン文字がずらずらと表示され、それを印刷して一束に纏めた。

「これでいいでしょ。また、グデグデ文句いうんだろうな……」

 私は苦笑してパソコンをロックし、部屋を出てすぐにリズのいる部屋と分かった場所に入った。

 中にはリナとナーガがいて、リズがダラダラと私の悪口を垂れ流していた。

「……おい」

 私のゲンコツが、リズの頭にめり込んだ。

「なにすんの、今いいところなのに!!」

「いいから読め。新結界だ!!」

 私はリズに紙束を渡した。

「まだ懲りないの。あんたは魔法使いには、魔力特性的に向いてないんだって」

 リズは苦笑して、私の紙束を受け取った。

 それを読んでいくうちに、リズの顔が真顔になってきた。

「うん、着想はいいね。普通の魔法使いなら、文句なしに最高の結界魔法なんだけど、あんたは無理だよ。魔力は高いけど、全てフラットの値だから、強力ものはなにも使えない。この紙は預かっておくよ。

 リズが鞄に紙束をしまった。

「分かってるよ。でも、私の魔法教育をしたのはリズだよ。誰より知ってるはずだし、使うなっていえば使わないよ。せいぜい、弱結界を何枚か積み重ねてやるよ」

 私は笑った。

「分かってるならよし。たまに、魔法の名作を作りだすんだよね。でも、自分じゃ使えない。不憫だねぇ」

 リズが笑った。

「いいの、それで。さて、次はビスコッティを弄るか。巨大氷柱が最強って聞いてるけど、まだイケるでしょ」

 私は笑った。


 十五時のおやつタイムが過ぎたあと、私は相変わらずノートパソコンと向き合っていた。

 部屋にスコーンがやってきて、隣に座った。

「それ、いつも使ってるね」

「まぁね、機密情報とかあるから、覗いたらダメだよ。どうしたの?」

「うん、リズのオメガ・ブラストを知りたいんだけど……」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「それは反則だよ。自分で聞いたら?」

「聞いても答えてくれないんだよ。ヒントでいいから!!」

 スコーンが笑った。

「そりゃ、ここぞという時の、師匠の必殺の一撃だからね。スコーンの光の矢の方が、破壊力があるし、無理に知る必要はないでしょ」

「そっか、私の光の矢か……。あれ裏ルーン使ってるからね、大っぴらに出せないんだよ。オメガ・ブラストなら表ルーンだから、どこでも使えるんだよね。ドラグ・スレイブは教科書にあるくらいだし、比較的楽に覚えられたけど、オメガ・ブラストは構成を読み取っても、どうも無駄が多いというか、よく分からない矛盾を抱えているんだよね」

「放たれた魔法の構成が読めるんだ。なら、ヒントをあげようか」

 私は笑みを浮かべ、エディタを立ち上げてリズ必殺のオメガ・ブラストの構成を入力し、コンパイラに掛けると文法エラーが、無数に表示された。

「ほら、メチャクチャなの。つぎはぎだらけで、無理やり撃ってるから、魔力の消費も激しいし、よく発動するなって感じなの。これを正しく直せるか。競争しようか?」

 私はエディタの文字列を印刷して、一束にして渡した。

「……そもそも、パソコンの用語が分からないよ」

 スコーンが困った声を上げた。

「じゃあ、ルーン文字に変換してあげるよ」

 私はテキストエディタにルーン文字でオメガ・ブラストの全てを記述し、それを印刷してスコーンに手渡した。

「これなら分かるでしょ?」

「うん、分かる!!」

 スコーンは持っていた鞄から魔法書を取りだし、一心不乱に読み始めた。

 私はキーボードを叩き、メチャクチャなオメガ・ブラストを正しい順序で、綺麗にコーディングし直し、コンパイラに掛けた。

 シンタックスエラー0を確認し。吐き出されたエグゼを試験モードで実行すると、エラーカウント0の完璧な魔法に仕上がった。

「はい、出来た。印刷しよう」

 私はパソコンを操作し、印刷して吐き出されたルーン文字の紙を取った。

「出来たよ」

「ええ、もう出来たの!?」

 魔法書を片手にノートに、頑張って記述していたスコーンが声を上げた。

「まあ、仮にも師匠だし、アラだしは終わってるから、最初から私が有利だったんだよ。ついでに、威力三倍にしておいた」

 私は笑った。

「……ズルい。いいもん、私は五倍を目指すもん!!」

 スコーンが頭を掻きながら、必死にノートに呪文を書き出しはじめた。

「おーい、なんか寒気がしてきたんだけど……」

 リズが恐る恐る入ってきた。

「うん、スコーンがオメガ・ブラストを知りたいっていうから、競争して正しい形に直してた。これ、私が書いた三倍増しのヤツ!!」

 私は手にしてたオメガ・ブラストの呪文をリズに手渡した。

「こら、勝手に弄るな!!」

 リズが叫び、私の紙を引ったくった。

「……うん、そうだね。ここの矛盾がよく直されてる。あとはそれなりか。よくやった!!」

 リズが笑った。

「待って、五倍が出来るから……」

 ブツブツ呟きながら、スコーンはノートに手書きしていた呪文を見せた。

「出来た!!」

「へぇ、やるね。でもこれ、威力がありすぎて使えないよ。島一個吹っ飛んじゃう」

 リズが笑った。

「切り札なんでしょ、これくらいじゃなきゃ!!」

 スコーンが笑った。

「程度があるよ。これ、迷宮の中なんかで使ったら、よほど頑丈じゃない限り、崩れて生き埋めになっちゃうよ。三倍でもやり過ぎなのに」

 リズが笑った。

「……研究しる」

 魔法書を片手に、スコーンがもう一度呪文を組み立てはじめた。

「そんなに熱心にやらなくていいよ。あたしの魔力特性は特殊だから、普通の呪文じゃダメだし」

 リズが苦笑した。

「リズは結界に異様に特化した魔力特性なんだよ。それなのに、ストレス発散のために、無理やり攻撃魔法を組んでるんだ。こう見えて称号持ちの魔法使いだから、心配しないでいいよ」

 私は苦笑した。

「そうなの、じゃあ大変だ。基礎から組み立て直さないと……」

 スコーンが、熱心に呪文を書き始めた。

「それで、こっちがまともな方。バグは全部取ったよ」

「先によこせ……よし、分かった」

 リズが笑みを浮かべた。

「えっ、もう出来てたの!?」

 スコーンが声を上げた。

「そりゃ、弟子だもん。それはいいとして、ビスコッティの魔法どうにかした方がいいよ。会ったときから水系だなとは思ったけど、あまり魔法を研究してないって分かったし、弟子なんでしょ?」

「うん、ビスコッティはあまり魔法に熱心じゃないよ。回復は上手いけど、攻撃魔法は好きじゃないみたい。もったいないから、少しは覚えて欲しいんだよね……」

 スコーンが苦笑した。

「だから、これ。一発の切り札を組んで見たよ。超高速で水を一点に集中させて、穴を空けるってヤツなんだけど、射程距離が短いんだよね」

 私はプリンタから紙をとって、スコーンに渡した。

「うん、これいいね。ビスコッティらしい。でも、射程が二十五センチじゃ確かに使えないね。これを研究しよう」

 スコーンがオメガ・ブラストの研究をやめ、ビスコッティの必殺技を研究しはじめた。「……まっ、射程二十五メートルはクリアしてるんだけどね」

 私は一枚の紙をプリンタから取り、そっと不透明のクリアホルダに挟み、スコーンの脇に置いた。


 夕方になると、王都発最終便の時刻にビスコッティと犬姉が無事に帰ってきた。

「ビスコッティ、これ!!」

 夕食に備えて、階下に集まっていた私たちの間から、スコーンがビスコッティにルーン文字が書かれたノートを出した。

「師匠、いきなりなんですか?」

「ビスコッティの必殺技を作ったんだよ。覚えて覚えて!!」

 スコーンが楽しそうに笑った。

「必殺技ってなんですか。今はちょっと、荷物の片付けと報告書を書かないと……」

「いいから読んで!!」

「はい」

 ビスコッティが、スコーンのノートを読み始め、小さく笑みを浮かべた。

「分かりました。でも、射程五メートルでは、ナイフで切り込んだ方が早いですよ」

「これじゃダメか……」

 スコーンが肩を落とし、再び研究を始めた。

「ビスコッティ、犬姉、お疲れ様!!」

 私は笑った。

「うん、大した事なかったよ。腹減った」

 犬姉が笑った。

「二人とも、報告書よろしく。じゃないと、閉じられないから」

 私は笑みを浮かべた。

「分かってるよ。荷物置いてくる」

 ピンクの縞々繋ぎを着た犬姉が階段を上り、ビスコッティが後に続いた。

「ねぇ、これの射程ってどう伸ばせばいいかな。どうやっても、五メートルが限界なんだよね……」

 スコーンが聞いてきた。

「私の部屋に答えがあるよ。二十五メートルいける。ベッドの上のクリアフォルダに挟みこんであるよ」

「そうなの、早くいってよ!!」

 スコーンが階段を上っていった。

 いつもは混んでいる時間帯の食堂だったが、今日は比較的空いていた事と、オバチャンが気を利かせて席を確保しておいてくれたため、スムーズに座る事が出来た。

 階上で服を着替えた様子のビスコッティと犬姉、スコーンが下りてくると、お任せコースの夕食がはじまった。

「ああ、そうだ。明日、天気がよさそうなら久々に馬旅をしようと思うんだけど。北部のポートランって町なんだけど、いいお酒があるよ!!」

 私は笑った。

「お、お酒~……」

 ビスコッティの目がトロンとなった。

「まあ、私の予定は『視察』みんなは護衛になるけどね。立場的にどうしょうもない。パステルとラパト、久々に活躍だよ」

 私は笑った。

「はい、任せて下さい!!」

 パステルが笑った。

「よし、今日は早めに寝よう!!」

 私は笑った。


 夕食も済んでシャワーも浴びて、後は寝るだけというタイミングで、私の部屋にはスコーンとビスコッティ、犬姉が揃っていた。

「私は報告書を処理しないといけないから、みんなは早く寝てね」

「私は寝酒です」

 ビスコッティがお酒を飲みはじめた。

「ビスコッティ、この呪文!!」

「師匠、なんですか。今日は積極的ですね」

 ビスコッティが笑った。

「私は寝るぞ。戦士たるもの、どこでも寝られるのは当たり前!!」

 犬姉はベッドに横になると、寝息を立てはじめた。

「えっと……」

 私は二人が上げてきた報告書をチェックし、データベースに収める作業をすると、ノートパソコンの電源を落とした。

「さて、寝ようか。久々の馬旅は疲れるぞ」

 私は笑ったのだった。

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