たった百円でできる! 超絶プロット作成!

矢田川怪狸

第1話

 ツイッターを開いて何気なく眺めていると、『プロット』という言葉がさも一般的に良く知られた用語であるかのように流れてゆく。

 ある者はプロットを組むのに苦労していると嘆き、ある者はプロットだけで何万文字を書いたのか自慢げに話す。

 しかし、これはいったい、プロットというものの本質を知ったうえでの言葉だろうかと疑問が残る。


 実はプロットというものはテキスト化が必須ではなく、それ故に組み慣れた人ほどテキストデータという形でプロットを扱わない。

 それはメモの断片であったり、レポート用紙一枚一項目方式であったり、エクセルデータであったり、ともかく『テキストデータではない形』が好まれる。

 ゆえに「プロットを○万文字書いた」という言葉には強い違和感を覚える。

 また、プロットが書けないと嘆いている人は、実はたいていが脳内の思考をいきなりテキスト化しようとして壁にぶつかっているだけだったりする。



 人間の思考というものは脳内にあるうちはテキスト化されていない。


 稀にそもそもの思考形式がテキスト形式である人に出会うことはあるが、それは本人の生まれつきの特性によるものか、後天的な学習のたまものであって、およそプロットを組み始めたばかりの素人が真似できるものではない。

 ゆえに、そうしたテキスト化が当たり前のようにできる人を対象とした話は、ここでは省かせてもらう。


 ならば思考とはどんな形をしているのか......これは個人個人違う形をしているとしか言いようがない。

 なぜならば思考手順が一人一人違うのだから、絶対的に『この形』という定形が存在しないのである。

 しかし、傾向はある。


 いちばん多いのは連想式だ。

 つまり脳内に一つの事象を置いたら、そこから芋づる式にイメージを膨らませてゆくタイプ。

 俗にいう『自由な発想』というものである。


 次に多いのはツリー式だろうか。

 これは連想式によく似た思考形式ではあるが、より明確に連想のどこからどこまでが同一思考によるものなのかの境界が明確である。

 だから図表として書き表すときに連想式よりも明確に思考の芯をとらえやすい。


 どちらが優れているかとか、どちらが便利かという話ではないのだ。

 問題はこのどちらも『いきなりテキストとして書きだすことは不可能である』ということなのだ。

 連想式を例にとってみよう。


 連想式という思考方法は、時間の流れ方に秩序がないという特徴がある。

 つまり冒頭から順を追ってイメージが構築されるのではなく、見せ場を先に思いついたり、冒頭とラストシーンを同時に思いついたり、物語中の時間の流れと思考の流れが一致しないということである。

 もしも思考の流れを忠実にテキスト化しようとしたならば『主人公は旅に出て何やかんやあって姫を手に入れて生まれ故郷に帰って来る。途中の何やかんやは黍団子を配って仲間を作るけれど黍団子がどうしてあるかというとおじいさんが......』のように、間違いなくごちゃつく。



 では、テキスト形式にするために冒頭から順番に思考していけばいいのだろうか。

 つまり一行目に『桃から子供が生まれる(これが起承転結の起)』と書いてから次のシーンを思い浮かべて行けば?

 その場合、次々に思い浮かぶ『無数のシーン』が思考の邪魔をする。

 だから二行目で手がとまり、さらには「プロットが作れない」と嘆く羽目になるのだ。


 思考をテキスト方式で書き留めておくには情報を時系列通りに並び替えて整理する必要がある――つまりは『テキスト方式に変換する作業』が必要になるのだが、これはあまり知られていない。


 エクセルであったりメモ帳であったりレポート用紙であったりが好まれるのは、ブランクなく思考の形をそのまま書きだすことができるからだ。

 割り込みや配置変えをしやすいツールを使うことによって、脳内の思考手順をそのままスケッチする感覚である。


 では、どの形式を使うのが良いのか、これこそがまさに『個人個人の思考手順が違うのだから定形がない』という部分なのである。

 まずは自分がどのような手順で思考を行なっているのか、それを知る必要性がある。

 それを知るために役立つのが100均でも買えるB紙(全紙)なのである。


 人間の脳内は四次元的な構造になっている。

 よほど理性的な人であっても思考というものは時系列通りに並んでいないし、なんなら過去と未来が同列に並んでいたりもする。

 これを二次元的なテキストにいきなり落とし込もうとすると矛盾が発生する。

 故に一度、配置自由な大きな紙に情報を配置することによって脳内にある思考を視覚的に『見える』状態にするわけである。


 感覚的にいうと脳内が実在する町、B紙が地図、そしてテキストは紀行文だと思えばいいだろうか。

 次元を一つずつ落とすことによって情報を視覚化してやる。


 B紙を推奨するのは実際に書いてみるとB紙程度の情報量があれば物語一本を作るには不足ないから。

 もしもあなたが普通よりも情報量の多い人なら、B紙二枚なり三枚なり、好きなだけフィールドを広げればいい。


 具体的な手順としては、思考の発端となる『こういう物語を書こう』を真ん中に書く。

 この時にB紙を壁に貼り、中央が自分の目線に合うように調整してやると、より立体的に情報を扱うことができる。

 だがB紙は大きくて壁に貼るには手間がかかる故、強制はしない。


 次に、真ん中に置いた情報を足がかりに好きなところに好きなように情報を書き込んでゆく。

 この時、文字とは色の違うペンを使って矢印などで思考のつながりを書き込んでおくと良い。

 このときに情報同士の間はきっちり詰めずに余白を作ると良い。

 というのも、アイデアというのは閃くもの……つまり情報の割り込みが発生することがあまりに当たり前なので、そうした後で思いついた情報を割り込ませるスペースをあらかじめ用意しておくわけだ。


 この方法を試すときにポイントは二つ。


 一つは変な理屈を考えずに思いついたことは全部書き出すということ。

 一枚の大きな紙を広げたことによって情報の配置に自由度が生まれたのだから、無秩序に思うがままに書き込んでいけばいい。

 書き込むスペースが大きいのだから図説や簡単な絵など書き込んでもいい。

 資料が必要なら資料を貼り付けたっていいし、何をしても自由である。


 もう一つは消しゴムを使わないこと。

 情報を書き出しているうちに「これはナンカ違う」と思ったり、不要になる情報もあるだろう。

 その時は色の違うペンで×印なり棒消しなりしておく。

 不要だからといって消しゴムで消さない。

 ここではまとまったプロットを作ることではなく脳内を地図化することが目的なのだから、不要な情報は「ここ空き地」と書き込むのと同じこと、空白として扱っていけない。


 この二点に注意して出来上がった地図を眺めると、自分の思考パターンがよく見えるはずである。

 そして、多くの人が、『情報の割り込み』が発生していることに気づくはずだ。


 例えばとびきり素晴らしいワンシーンを思いついたとする。

 B紙メモではそのシーンを丸ごと書いてもいいし、一言二言のメモとして書き込んでもいい。

 しかし、その形式がどのようなものであっても、そのシーンを成立させるためにはオチやサゲや伏線などになる部分がどうしても必要になる。

 だから一つのシーンのために物語の流れそのものが変化したり、そのシーンに繋がる過去を作ったり、どうしても情報が割り込んでくる形になる。


 この割り込んでくる情報を扱うのにテキストツールでは、まず割り込む情報を書き込むスペースを作らなくてはならない。

 つまり、割り込みをさせる行を探し、そこに新たな一文を書き込み、それに伴い変更した部分を全て「行を探す→割り込み」で処理しなくてはならない。

 プロットを書き始めたばかりの初心者がいきなりテキストツールでプロットを構築すると挫折するのは、この手間が途方もなく面倒だからなのである。


 故に、どうしてもデジタルでプロットを作りたいならエクセルをお勧めする。

 セルと行で情報が管理されるので、割り込みや並べ替えがテキストよりも軽量な操作で済むのだ。


 理想は手書きメモである。

 手書きは割り込み情報を『後から書き込む』という形で処理できる上、文字色を変えたり、強調したい部分に丸をつけるなど、ほぼ脳内の思考と同じ手順で物語を構築することができる。


 特にレポート用紙一枚に一項目や付箋式などは、情報の配置を変更するのも容易であり、より思考に近い形で作業が行える。


 もちろん他の形式でも構わない。

 思考の割り込みをまめに処理できるならばテキストツールを使ったって構わない。

 そこはあなたの自由なのだ。


 大事なのはいちど自分の思考を地図化することによって「脳内思考は初期状態ではテキスト化されていない」ことと「物語の構築には後から割り込み情報が発生する」ことを確認することである。

 それを確認した上で、どのような形でアウトプットするかは、それこそ個人の好みと適性によって決するべきである。


 ちなみに、B紙で書くのが気に入ったならば、もちろんそれを自分のスタイルにしても構わない。

 しかしこの方法、持ち歩くことができないので強くはお勧めしていない。


 さて、B紙法を試した後で、実際にどの方法でもいいのでプロットを作ってみよう。

 今までプロットを組めなかったことが嘘だったかのように、サクサクと物語の構造式を書くことができるはずだ。

 逆にテキストで「○万文字のプロットを書いた!」と自慢していた人は、プロットは文字数ではないことに気づいて書けなくなるかもしれない。

 それが物語構築に必要な意識改革の第一歩なのだ。

 ぜひ一度お試しを。

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