第35話 最初の一週間の終わり
(うげ〜……)
待ち望んでいないナンパに一姫は微笑から露骨に嫌そうな顔になる。
「そんな顔しなくてもいいじゃ〜ん。ほら、俺と遊ぼ?」
そんな一姫の表情の変化を気に留めず男は下心の隠しきれていない笑みを向けてくる。
こういう他人の心を慮る気のない輩は関わらない方が吉だと一姫はそそくさと男から離れようとする。
「おい待てよ」
だが、男はそれを許さない。
声をワントーン低くすると一姫の肩を強く掴み、引き寄せる。
「ちょっ、やめて!」
「いいじゃねえか。別に減るもんじゃないんだしよ……」
耳もとで囁かれた獲物を狙う獣のような声色に一気に体が竦み上がる。
怖い。声も出ないし振り解く力も入らない。
(助けて……零聖くん……!)
声にならない悲鳴を上げる一姫。
「ほら、こっち来いよ……」
無情にも強ばる体に男のもう片方の腕が伸ばされ一姫を連れ去ろうとする。
しかし、その手が体に触れる直前で男の手首が何者かに掴まれる。
「――ッ!?誰だ!」
一姫から引き剥がされた男が鋭い視線とともに振り返るとそこには黒ずくめの服装と対照的な髪の色を持つ青年――零聖がいた。
「知らない奴に後ろから体掴まれて引っ張られるってどんな気分だ?」
男が先程、一姫にしたことを揶揄するように言うと零聖は顔を近づけ、至近距離で凝視する。
覗き込んでくる青年の顔は決して強面ではなかったが、サングラスの奥から透けて見える冷たい目に男は震えを感じずにはいられなかった。
「テメッ!何すんだオラ!」
そんな怯えを誤魔化すために男は体を捩り抵抗を試みるも手首を逆方向に捻られ、すぐに怒声は痛みを訴える声に変わった。
「イタイイタイ……」
「そっちこそ、オレの連れに無理矢理手出して何のつもりだよ?」
そう言うと零聖は男の手首から手を放し、その背中を軽く蹴った。
手首を突然放された反動と蹴りでバランスを崩した男はそのまま地面に突っ伏した。
「ダッセ……」
倒れた男を見下した零聖はその背中に嘲笑を浴びせた。
「今日のところはこれで済ませてやる。さっさと失せろ」
顎をしゃくり指図するよう言う零聖に男は憎らしな視線を送るも何をすることも言うことも出来ず逃げるようにその場から去っていった。
「ったく……今日オレは何回関節技きめてるんだよ。大丈夫か?」
「うん……」
一姫は一回はそう頷いたが、次第に恐怖から解放されたことを実感してきたのか零聖にポツポツと歩み寄ると胸に顔を埋めてきた。
「……怖かった」
「どっちだよ」
零聖は呆れたように言ったもののそれ以上は何も言わず胸を貸した。
しばらくすると一姫は零聖から離れ、いつも通りの笑顔を見せた。
「ありがと。ところでどうしてここに?愛舞ちゃんは?」
「一通り服見て回った後に一緒にゲームしようってなってな、愛舞が花摘みに行っている間ぶらぶらしてたら絡まれているお前に出くわしたってわけだ」
まさに間一髪だったというわけだ。
零聖の
ピンチの女の子に颯爽と駆け付け、助ける殿方。それはまるで白馬の王子様のようで……
「で、お前はここで何をしてたんだ?」
そんな妄想を中断させるように零聖が問いを投げかける。
それに対して一姫は嬉しそうに一つのクレーンゲームを指差して答えた。
「わたしこれが欲しいんだけど一緒にやってくれない?」
「いいぞ。クレーンゲームはこう見えて得意なんだ」
そう快く答えると零聖はゲーム台に百円玉を入れた。そして、一姫を横目に慎重にクレーンを操作していく。
「ああっ!行き過ぎだよ零聖く〜ん!」
「大丈夫だ」
そんな二人の仲睦まじげなやり取りを愛舞は別のクレーンゲームの陰から妨害するでもなく黙って見守っていた。
「ほんとは許さないところだけど……あんな目に遭った後なんだし今回のは許してあげる……」
口では仕方ないとしながらも心の割り切れない愛舞は頰を膨らませながら景品ゲットに喜ぶ一姫を見ていた。
◇
その後はクレーンゲームばかりしていた気がする。
最初の方は平均三回のチャレンジで次々景品を掻っ攫っていく零聖のテクニックに感服していた一姫と愛舞だったが、途中からはこの二人の対決になっていた。
結果はまた引き分け。最初は要領が分からなかったがやっていく内にクレーンで景品を"掴む"のではなく、"引っかける"のだということに気付くとメキメキ腕が上達していった。
「いや〜……ちょっとお金使いすぎちゃったね〜……」
「考えなしにやるからだ」
「わたしは楽しかったから満足……」
時間はもう夕暮れ。三人は大量ゲットした景品を手に持ちながら帰路に就いていた。
「へえ〜、楽しかったんだ愛舞ちゃん。そう言ってくれると嬉しいな〜」
「……別にあなたといたから楽しかったわけじゃない」
愛舞はそう言うと一姫から顔を背けるもその態度は会った時と比べると随分軟化しているように感じられた。
人見知りな愛舞は友達があまりいないため、こうして話せる人物が増えるのはなんとなく嬉しい。
零聖は二人を交互に見ると微笑した。
「レイ、どうしたの?」
「いや、何でも」
「?……そう。ならいい」
話しながら歩いているとあっという間に三人はシーズモールの最寄りの駅に到着した。
「じゃあ、一姫さよなら」
「えっ、わたしも電車そっち方面だよ?」
「なっ!ちっ……」
帰りこそは二人きりになれると思っていた愛舞の目論見が外れ、悔しげにそれでいて可愛らしく舌打ちをした。
やがて来た電車へ三人一緒に乗り込んだのだが、そこで一姫はあることに気がついた。
――もしかしてわたし、デート本来の目的である"零聖の退学の理由"聞き出せてなくない、と。
だが、気付いた時は既に遅い。
あっという間に一姫が降りる駅に到着してしまう。
「じゃあね……」
自分の不甲斐なさにしょんぼりしながら降りようとする一姫。
「朱雀」
そこへ後ろから零聖に声をかけられる。
「来週からも宜しくな」
そう言い終えると同時に扉が閉められ、電車は去っていった。
しばらく駅に惚けたように突っ立ていた一姫だったがしばらくしてガッツポーズを取ると鼻歌混じりのスキップで帰っていく。
(そうだ……わたし、急ぎすぎてたのかもしれないな)
一姫はそう独白した。
(逆に考えるんだ。まだ二ヶ月も猶予はある。今日は零聖くんの距離を縮められた。それで十分じゃないか。急ぐ必要はあるけど焦らずに……来週も頑張っていくぞ!)
「おーー!」
一姫は一人拳を高々と掲げ、己を鼓舞した。やがて周囲がそれを奇異の目で見ていることに気付くとそそくさとその場を去っていった。
こうして、長いようで早い一姫にとっての最初の一週間が終わったのだった。
陰キャだけど人気歌い手グループのメンバーのオレは早く学校を辞めたい!〜でも幼馴染達はそれを許してくれません〜 終夜翔也 @shoya_shuya
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