第7話 帰り道と同居人
「では、本日もお疲れ様でした。さようなら」
沙織の挨拶とともにホームルームが終わりクラスメイトが次々席を立つ。
ほとんどのクラスメイトは部活に向かうが零聖は帰宅部のため、真っ直ぐ家に帰るつもりだ。
「零聖くん一緒に帰ろー?」
鞄を背負い立ち上がったところで隣人の一姫が声をかけてくる。
「あー……」
周囲の注目が零聖に集まる。本音を言えば断ってしまいたいがここで「No」と言おうものなら退学のことをバラされてしまうかもしれない。
「……分かった」
「何で嫌そうなの?」
「気のせいじゃないか?」
「お前のせいだよ」と言いたいのを懸命に堪えた末に搾り出した一言に一姫が頭に疑問符を浮かべているとそこへ嵐が乱入してくる。
「おっ!二人は一緒に帰るのか?いいなー、オレも部活がなければ……」
「モテたいからなんていう短絡的な理由でサッカー部に入っていなければおまえも一緒に帰れてたぞ」
悔しげに呻く嵐に冷静な突っ込みが入る。
「ぐぬぬぬ……痛いところを突いてくる……だが!お前が早々に家に帰ってダラダラしている間にもオレは研鑽を続け、遂にこないだレギュラーの座を勝ち取ったんだ!」
「おお、それは素直に凄いな。で、告白とかはされたのか?」
「まったく」
能面のような感情の削ぎ落とされた顔で答えた嵐に零聖は哀れみの視線を向けた。
「……朱雀、帰ろうか」
一姫に振り返ることなく告げると零聖は嵐の肩に手を置いた。
「ドンマイ」
その一言で嵐はガクリと膝を着いた。
しかし、零聖は敢えてそれ以上何も言わず、教室を後にする。
一姫も哀愁漂うその背中に後ろ髪を引かれるような思いに駆られながらも零聖を追いかけていった。
そして、二人が去った教室からは哀れな男の慟哭が木霊した。
◇
「う〜ん……思い出せないな」
「何でーーー!」
教室を出た後、他の歩行者の邪魔にならない程度の距離を保ちながら、二人は会話に興じていた。と言っても話をしているのはほぼ一姫の方で零聖は軽く相槌を打っているだけだ。
会話が始まった時、零聖は退学する理由のことを問い質されるとも思っていたが、一姫が話すのは幼少期に一緒に過ごした内容ばかりであった。
恐らく正攻法で訊き出そうとしても素直に答えないのは一姫も分かっているのだろう。
退学の件で脅して話させることも出来るだろうがそれをした場合、完全に零聖からの信頼を失うことになり、そうなることを一姫は恐れている。そうでなければデートなんて周りくどいことをせずに退学の話自体もそれで解決しようとするはずだ。
つまり一姫もこちらに必要以上に強く出ることは出来ない。
これなら今後、何をされようとのらりくらりと誤魔化し続けれるかもしれない。
「……え。ねえ、零聖くん!聞いてる?」
「……ん?ああ、聞いてるよ。それも覚えていない」
ちなみに先程から零聖の「覚えてない」に対し、一姫が嘆くといったやりとりが繰り返されている。
「むー……じゃあ、零聖くんからわたしに質問はないの?」
「昼休みも言った通りないな」
「即答やめて!」
真面目に取り合うつもりのない零聖に一姫は悲鳴のような叫びを漏らすと不満げに頬を膨らませる。
「じゃあ……何であんな足速かった上に体力あるんだ?」
「何か取って付けたような質問だけど……まあ、いいや。よくぞ聞いてくれました!何を隠そうわたしはアメリカで陸上十種競技の選手だったのです!」
「えっ。じゃあ、短距離、中距離、ハードル、走り幅跳び、走り高跳び、棒高跳び、円盤投げ、槍投げ、砲丸投げしてたってこと?……強っ」
「ん、何?つよっ?」
ボソリと呟かれた零聖の独特な表現に一姫は小首を傾げる。
「いや、気にするな。じゃあ、こっちでも陸上部に入るつもりだったりするのか?」
「ん〜……それは検討中かな。でも部活始めたらこうして零聖くんとも帰れなくなるし……」
「待て。まさか明日からも一緒に帰るつもりなのか?」
「そうだよ?」
当たり前のように言う一姫に出そうになる溜め息を飲み込むと「……そうか」と言うしかなかった。
◇
その後、一姫と途中の電車で別れた零聖はその後、何事もなく家に辿り着いた。
零聖の住んでいる家は塀で囲まれ、小さな庭のある三角の屋根がついた典型的な一戸建てであり、大きさは一般それと比べて少々大きい。
外観だけはあの頃と変わらないままだ。
鍵を回し、扉を開けるとリビングで鞄と学ランを投げ捨て、L字のソファーに倒れ込む。
ああ……もうこのまま寝たい……
「レイ、お帰り」
そこへ頭上から儚げだが芯の通った声がかけられた。
顔を上げるとそこには窓から差し込む夕日がよく映える白金色の髪をおかっぱ風に切り揃えた半目がちの小柄の少女が顔を覗かせていた。
「
「うん。レイ、疲れてる?」
「ああ、ちょっとな。でも、少し休んだら大丈夫だよ。マナ」
しかし、お互いを愛称で呼び合っていることからも分かる通り二人はかなり親密な仲だ。
彼女の正体は零聖と同じ"orphanS"の一員が一人、
ちなみに先程零聖が愛舞に「帰っていたのか」と言っていたことからも分かる通り二人は――と言うよりここ鳳城家には"orphanS"五人全員が暮らしているシェアハウスなのだ。
「少し寝る。生配信が始まる時間まで大丈夫だ」
「ん。分かった」
そう言うと愛舞は零聖が寝転がっているすぐ隣に自分も横になるとその腰に腕を回し、くっ付いた。
「どうしたんだ?」
「なんでもない……」
それだけ言うと愛舞は背中に顔を埋めた。
零聖は「しょうがないな」と笑みを浮かべるとそれ以上は何も言わず、前にきた彼女の手に自分の手を置くと目を閉じる。
伝わってくる体温の心地良さを感じながら二人は静かに眠りに就いた。
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