第6話 宣戦布告

 「零聖くん待って――!」


 「はぁ……はぁ……」


 校舎の中、幼馴染二人は在りし日のように鬼ごっこを繰り広げていた。

 あの頃は零聖の方が速かったが今は違った。


 「はぁ……はぁ……朱雀のヤツ……案外体力あるな……」


 普段キックボクシングで鍛え、体力も同年代の平均を上回る零聖に喰らい付いてくる。


 もしかすると前の学校で陸上でもやってたのだろうか?


 零聖も負けじと呼吸を整えつつ足の回転を速めていくが、ジワジワと二人の距離は縮まってゆき、遂に一姫はその背中を捉えた。


 「つか……まえ……たっ!」


 懸命に伸ばされた一姫の手が幼馴染の肩を掴んだ。


 「――っ!……はぁ……はぁ……」


 もう逃げる体力も気力も残っていない。零聖は大人しく足を止めると膝に手を着き、肩で激しく息をする。


 「……覚えてる?……家が隣同士だった頃も……こうやって鬼ごっこして遊んでたんだよ?」


 一姫の方もかなり消耗しているが、足は止めずにゆっくりと零聖の周りを歩きながら思い出に耽るように言った。


 「……覚えていない。あとこれは鬼ごっこじゃないだろ」


 「……そうだよね」


 こういう答えが返ってくることは分かっていたがやはり寂しいものだ。


 一姫は陰のある笑みで返した。


 「ところでさっき、光﨑生徒会長が言っていたことって本当?」


 「……ああ、本当だよ」


 無視をしても誤魔化しても無駄だと感じた零聖は隠すことなく肯定した。


 「どうして退学するの?」


 「それを言う気はない。だが、オレはこの意思を変えるつもりもない」


 こちらの目を見て言い切った零聖に一姫は確固たる意思を感じ取った。短絡的な理由で辞めようとしているわけではなさそうだ。

 しかし、一姫はその目の中にどこか諦めに似た色が宿っているようにも感じた。


 「ねえ、零聖くん」


 「何だ」


 「学校は楽しい?」


 「……さあな」


 零聖は一姫に背を向けるとそうとだけ言った。


 「この話はこれで終わりだ。早く教室に戻るぞ。授業に遅れる」


 そして背を向けたままその場を去ろうとする。


 「ねえ!零聖くんは本当に学校を辞めたいの!?悩みがあるならわたしに言って欲しいの!」


 背後から投げかけられたその言葉に零聖は足を止めるとゆっくり振り返り、口を開いた。


 「お前には関係のないことだ。部外者がとやかく詮索しないでくれ」


 そして、零聖は見た相手をゾッとさせるような冷たい視線を一姫に向けた。今までよりも明らかにぶっきらぼうな口調は拒絶の意志を強く現している。

 その言葉に一姫は口を噤み、零聖は再び背を向けて歩き出した。


 零聖の言う通り一姫には関係のないことかもしれないし、首を突っ込んではいけない話なのかもしれない。

 しかし、尚更一姫は引っ込む気にはならなかった。

 それは一姫が世話好きだからでも諦めが悪いからでもない。

 単純に


 あの男は仮にも幼少期を共に過ごした自分を他人と言い切ったのだ。それに自分とのことをこれっぽちも思い出してくれやしない。

 ここまでコケにされて引き下がるのは悔しいし、腹が立つ。

 一姫は駆け出すと零聖の制服の袖を掴み、引き止めた。大した力ではなかったが、零聖は驚きで歩みを一瞬止めた。


 「何だ?もう話は終わりだと……」


 「ねえ、今度の休日、わたしとデートしてくれない?」


 「……は?」


 何の脈絡もない突然のデートのお誘いに思わず間の抜けた声が出てしまう。


 「……何で?」


 一姫の意図が掴めない零聖は警戒心を抱きながら尋ねた。


 「今日、学校を案内してもらったお礼です」


 「それくらいいいよ。わざわざそんな……」


 「ちなみにこのお誘いを断ったら零聖くんが退学しようとしているってことクラス中に吹聴するね」


 「!?お前……」


 零聖は怒りに顔を歪めるもここで動揺してはいけないと敢えて気持ちを落ち着かせる。


 「どういうつもりだ……」


 「さっき言った通りだよ?学校を案内してもらったお礼」


 一姫は意地の悪い笑みを浮かべると茶目っ気たっぷりのウィンクを贈る。

 まるで先程の意趣返しかのような科白に零聖は何も言えず唸る。


 「――って言いたいところだけどわたしは零聖くんと違ってちゃんと言ってあげる。さっき幼馴染のわたしを部外者って言った仕返し」



 「絶対に零聖くんの退学を撤回させてやる!」



 一姫は揺るぎない言葉ともに零聖に指を突き付けた。


 その為には知る必要がある――零聖が退学を決めた理由を――だから聞き出してやる――そしてその問題を解決してやるのだ。


 そんな宣戦布告を突き付けられた零聖は溜め息ともに諦めたように肩を落とすもすぐに視線を上げた。その目には確固たる対抗心が宿っていた。


 「やれるもんならやってみろ」


 売られた喧嘩を買ってみせた零聖へ一姫は満足げな笑みを浮かべた。

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