第2話 転校生の幼馴染宣言

「ふあぁ〜……」


 盛大な欠伸を右手で覆い隠しながら零聖は自分の所属クラスである二年一組へ向かう。


 とにかく眠い。昨日も夜遅くまで納期が迫った楽曲の作成に取り組んでいたのだ。そのせいで目の隈は取れないがこんなものコンシーラーで隠せばいい。


 「ねえねえ!昨日投稿された"orphanS"のMV見た?」


 「見た見た!あのアニメのOPだよね?」


 時間ギリギリに辿り着いた教室では早速"orphanS"の話題で盛り上がるクラスメイトがいるが彼、彼女らがそのメンバーの一人が同級生の鳳城零聖だと気付く者はいないしいるはずがない。

 そんなクラスメイト達を零聖は気に留めることなく自分の席へ一直線に向かう。


 「おっ、鳳城お帰りー」


 「ん」


 帰ってきた零聖を出迎えたのはクラスメイトの乱獅子嵐らんじしらん。昨年、留年も噂された赤点魔神の異名を取る学年きっての問題児だ。

零聖とは一年の頃からの腐れ縁でもある。


 「何処行ってたんだ?」


 「散歩」


 「退学届を出しに行った」とは言えるはずもなく適当に言っておく。

 

 「……そっか。それよりおまえ、気づいているよな?」


 「ああ」


 嬉しそうに肘で小突いてくる嵐の視線の先には零聖の隣の位置にあたる窓際に新しい椅子と机が置かれていた。


 「これってつまりあれだよな?今日、転校生が来るってことだよな!なっ!」


 「うるさい。埋めるぞ?」


 "訳:殺すぞ"という脅しとともに睨み付けるも嵐は怯む様子を見せず、逆によりうるさく騒ぎ立ててくる。


 「だってこれから来るのはきっと美少女転校生だ!これが落ち着いていられるかってんだ!」


 「転校生ではしゃぐのは中学生までと相場が決まっている。いや、お前の場合は精神年齢も頭脳も中学生未満の可能性があるな。すまない、お前に常人と同じような感性を期待したオレが間違っていた」


 「何かめちゃくちゃバカにされた気がするんだけど!?」


 「それに転校生がまだ女と決まったわけじゃ……」


 その時、朝礼の時間を告げるチャイムの音が校内に鳴り響き、席を離れていた生徒達が次々と自分の席に座り始める。


 「早く乱獅子も自分の席に帰れ。転校生が美少女かどうかは自ずと分かることだ」


 「ちぇー……分かったよ。でも、いいよなー零聖は隣の席でー」


 恨めしそうに言い捨てると自分の席に帰っていくが、嵐の席は零聖のすぐ左隣であるため、転校生の席とは割と近い方である。


 「はーい、みんなおはようー」


 しばらくして零聖にとっては先程別れたばかりの沙織が入室、そして出席を取り欠席がいないことを確認し、頷くと生徒達の方へ顔を向けた。


 「さて、みんな薄々気付いていると思うけど。何と今日は転校生がいます」


 「シャラアアイッ!来たあ!!」


 期待通りの発表に嵐が大袈裟にガッツポーズで喜んでみせる。


 「はーい乱獅子くん静かにしてねー。それじゃ、入ってきてー」


 沙織の呼びかけに応じ、扉が開くとスラリと均衡のとれたプロポーションの女生徒が入ってきた。

 前髪とサイドを切り揃えた所謂姫カットに背中まで伸びた長い紫がかった黒髪とパッチリとした碧眼、整った顔立ちにクラスの男子達が心の中でガッツポーズを決めたのが分かった。図らずも嵐の願望は叶ったようだ。


 「はい、自己紹介お願いね」


 「朱雀一姫すざくひめです。これから宜しくお願いします」


 一姫が一礼すると盛大な拍手が送られた。


 「おおおお!めっちゃ可愛くね!?可愛くね!?」


 願望の成就にはしゃぐ嵐を零聖は無視し、形だけの拍手を送った。どうせ一学期限りの付き合いだ。名前を覚える気も毛頭ない。


 「じゃあ、朱雀さんのあそこの後ろの席に座ってもらえる?」


 「はい」


 沙織の指示に愛想良く答えると一姫は零聖の隣の空いた席へ歩いてゆく。

 しかし、一姫は零聖の前で当然、足を止めると驚いたように固まった。


 「え……」


 見開かれたその瞳は零聖のことを映しているが、当の零聖はその理由が分からず訝しむように眉をひそめた。


 「……すいません。何か御用で?」


 クラスメイトの注目を集める状況に嫌気が刺した零聖が尋ねると一姫は口を開いた。


 「すいません……お名前は……?」


 「?……鳳城零聖」


 疑問文に疑問文で返されることに少しイラついたものの零聖は素直に答えた。これが某人気漫画の女性の手に興奮する殺人鬼ならキレているところだろう。


 「……!……やっぱり!」


 名前を聞いた姫はワナワナと震え出したかと思うと次の瞬間、明るい表情を浮かべた。


 「れーくん!れーくんだよね!」


 「……は?」


 しかし、その幼稚なあだ名に覚えがない零聖はピンと来ていない。


 「覚えてない?わたし、ひーちゃん。幼稚園の頃、隣の家に住んでいたでしょう?つまり、君の幼馴染です」


 『……えーーーーーーーーーーーーーーー!』


 転校生の突然の幼馴染宣言にクラス中から悲鳴のような叫びが巻き起こった。

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