陰キャだけど人気歌い手グループのメンバーのオレは早く学校を辞めたい!〜でも幼馴染達はそれを許してくれません〜

終夜翔也

第1話 見ての通り退学届ですが?

 「これは何かしら?」


 私立小倉高校の職員室にて教員用机に置かれた退学届の封筒を人差し指で叩きながら尋ねるのは二年一組担任教師来海沙織くるみさおり。今年二十五歳の若手美人教師だ。


 担当授業を受けていない生徒にも知られているほどの学校の有名人である彼女だが、その理由は何と言ってもスーツの代わりに着た濃い紫色の着物だろう。

 しかし、そんな大和撫子然とした風貌に反して取っ付きやすい性格のため親しみやすく生徒からの人気は高い。その装いから担当科目は古典と思われがちだが実際は英語だ。


 「見ての通り退学届ですが?まさか、一ヶ月前にもこれを出したことを忘れたわけではないでしょう?」


 沙織の質問に気怠げな声で答えたのは提出された退学届の書き主である二年一組の男子生徒、つまりは彼女受け持ちの生徒の鳳城零聖ほうじょうれいせい


 右目が覆い隠れるほどの長めの美しい銀髪の隙間から覗かせる左目の下にはくっきりと隈が浮かんでおり、初対面の人間からは「陰キャ」と称されるであろう印象を醸し出している。


 「何で退学する必要があるのかしら?」


 「まどろっこしい質問は止めて頂けないでしょうか?先生は知っているはずですよね。オレの事情を」


 零聖は冴えない外見に似合わない厳しめの口調とともに目を細める。しかし、そこには突き放すようなぶっきらぼうさはなく、気やすさのようなものが感じられた。


 「それは……あなたの音楽活動のことではないわよね?」


 「先生」


 沙織の発言に零聖の口調が咎めるものに変わる。


 「そのことはあまり口にしないで頂けますか?隠してやってるので」


 「あ……ごめんなさい」


 沙織が口にした音学活動とは零聖がメンバーの一人Phoinixフォイニクスとして参加している五人組の歌い手グループ"orphanSオーファンズ"のことだ。

 ネットへの動画投稿を中心として活動しており、最近ではCMやゲーム、アニメソングへの起用と着実に知名度と人気を上げているがメンバー全員がライブ以外で顔出しをしていないためその正体は謎に包まれている。


 零聖はそんな"orphanSオーファンズ"の作詞作曲を担当している一人であり、数多くのヒット曲を生み出している他、有名アーティストにも楽曲を提供するなどグループの心臓とも言える存在だった。


 「先の質問の答えですが……"そっちの方"ではありませんよ。まあ、音楽活動に打ち込みたいというのも理由の一つではありますが」


 「まだどうなるか分からないじゃない。そんな早まった選択しなくても……」


 沙織は"そっちの方"の詳細を把握しており、それが零聖に退学を急かしている原因ということ知っていた。


 「どうなるか分からないから迅速な判断をしているんです。オレは無駄な時間を出来るだけ過ごしたくないんですよ」


 「無駄……」


 その言葉に沙織はムッとした様子で立ち上がると零聖に顔を近づけた。


 「それは私のクラスで過ごすことが無駄ということかしら?」


 「先生のクラス……というより学校生活自体が無駄だと感じています。ですが、先生と出会えたことはオレの学校生活の中で数少ない実りでしたよ」


 「え……」


 恥ずかしがることなく、真っ直ぐな目で言ったが零聖に沙織は徐々に顔を紅潮させると両手で顔を覆い、へなへなと椅子に座った。


 「あ、あまり教師を揶揄わないで!」


 「オレは至って真面目なつもりですが?」


 「――っ〜〜!……ともかく!」


 恥ずかしさを誤魔化すよう沙織は声を上げると零聖へ向き直る。


 「あなたの退学をそう簡単に認めるわけはいかないわ」


 「そう簡単には……ですか。何か含みのある言い方ですね」


 「流石鋭いわね。あなたの退学を認めるのは一学期が終わるまで待ってくれないかしら」


 「……どういうつもりでしょうか?」


 零聖は真意を図りかねた様子でじっと沙織を見つめた。


 「手続きに時間がかかる……などではないですよね」


 「ええ、それまでにあなたを心変わりさせるつもりよ」


 その言葉に零聖は苦笑した。


 「分かりました。それで退学が認められるならオレも妥協しましょう」


 「まだそうと決まったわけではないわよ」


 「いえ、オレの気持ちは変わりませんよ。ではこれにて失礼します」


 零聖は頭を下げると話は終わったとばかりに早々に去ってゆく。


 途中、職員室ですれ違った女子生徒が気にかかったもののすぐに興味失い、教室へ帰っていった。


 ◇


 足早に去ってゆく零聖の後ろ姿を見送りながら沙織はため息をついた。


 「何であの子はああも人生に悲観的なのかしら。まあ、あの歳で私なんかよりもずっと辛い思いをしてきたと考えたら当然なのかもしれないけど……」


 沙織は一度目を落とし、再度ため息をつくもすぐに気合を入れ直すように両の頬をパンパンと叩いた。


 「しっかりしなさい!私が気を落としてどうするの!」


 そう自分に言い聞かせるよう言っていると職員室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってき、零聖とすれ違う。


 零聖は気にも留めなかった様子だが、女子生徒の方は足を止めると沙織と同じくその後ろ姿を眺めていた。


 「朱雀さーん?」


 「あ、すいません」


 声をかけれた女子生徒はそれに気付くと零聖から目を離し会釈をし、沙織の元へ向かっていった。

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