則天武后:善悪を超えて

 氣賀澤保規さんの「則天武后」を読了。

 講談社学術文庫から出ている。


 則天武后は、支那王朝としては唯一の女帝として知られている。

 唐の三代皇帝である高宗の後宮に入った彼女は、己の才覚と美貌をもって皇后へ昇りつめただけでなく、夫の死後に国を奪って周(武周)を興した。

 ちなみに、周は彼女の退位により十五年しか続かず、国号は唐に戻る。

 復位した中宗は、彼女と高宗との間の子で一度皇位にいていたが、母に対抗する姿勢を見せたので廃位されていた。


 本の感想としては、まず読みやすいことを挙げたい。

 しっかりと勉強をしてきた学者の文章である。

 則天武后の悪事凶行はスケールが大きいので、小説家がおどろおどろしい文章で飾り立てるよりも、学者が淡々と書いたほうが合う。


 読んでいて、長谷川哲也「ナポレオン~覇道進撃」の『ナポレオンは善悪を超えている』というセリフを思い出した。

 独裁者の例に漏れず、則天武后は政敵だけでなく、多数の身内も手にかけているが、その内容は異質である。

 兄姉およびその家族だけでなく、我が子も殺している。

 長男の李弘は高潔な人柄が災いし、過去の悪行を知られた場合に対立することが予想されたため、母の手で毒殺された。

 哀れなのが長女。

 則天武后が皇后になるには、すでに就いていた王皇后を排除する必要があった。

 そこで則天武后は長女が産まれたときに、王皇后が自室を訪れたのを好機とみて、陰惨な手を使った。

 王皇后が部屋に近づくと隣室に隠れ、長女と王皇后の二人だけの状況をつくり、皇后が赤子をあやして立ち去ったあとで、長女を絞殺した。

 結果、妬心から則天武后の子をあやめたとして、王皇后は廃された。

 さらに、則天武后が権力を握ったのち、王氏は四股を斬られたうえで酒甕に放り込まれ、数日後に死んだ。


 上記の話だけを聞けば、悪人の一言でむが、則天武后の全人生を眺め、次世代に与えた影響を加味すると、善悪を超えた存在という評価が適切だろう。

 莫大な熱量を体内に抱えた人間の振る舞いは、良しにつけ悪しきにつけて強烈である。

 我々とはちがった生き物ととらえ、そのもたらす災いは天災と諦めるほかない。

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