第12話 君の時間と僕の時間

「アンネット様……ずっと憧れていましたっ!どうか僕と…僕と…」

 恥ずかしそうに言う男子生徒に彼女は凛として言った。


「貴方…何を仰ってるのかしら?私には婚約者のアロルド様がいるのです。身の程を知りなさい!」

 本当に美しくかっこよく気高い蝶だ。

 この人を思い通りにできたなら僕は死んでも構わない…。


 禁忌魔法に密かに手を出した。

 それも時を操る大罪魔法。

 本来なら世界を揺るがす危機の為に使うことが許されるという魔法だ。

 代償に自らの命を削り、身体に寿命が刻印される。


 僕は高位魔法を使えることを隠して入学した。誰も僕の実力を知らないだろう。

 授業はお遊びのようだった。適当に誤魔化して出来ないフリを続けて地味に生きた。

 気高いあの人は何でもできた。学年首席という地位を手に入れ凛としている。


 彼女はとても綺麗なのに王子に恋をしている時期があった。婚約者だし当たり前なのか。

 ああ、あの人が王子に婚約破棄されたらどんな顔をするだろうか?


 毎日でも見ていたいかも。

 見れるなら原因を作って差し上げないと…。

 王子に微量な媚薬と洗脳魔法を施し、プロムダール伯爵令嬢に恋させた。あっさり王子は乗り換えた。所詮くだらない男だった。


 僕の方が余程アンネット様を愛しているんだ。

 しかし彼女は嫉妬に狂いブロムダール嬢を虐め始めた。自分では直接手を出さないなんて中々やるね。悪の華だ。

 僕は君の罪ごと愛してあげるから大丈夫だよ?

 その顔が王子に断罪された時どんな風に歪むのか。怒る?泣く?叫ぶ?


 君の断罪された顔がみたい。

 いつしか僕はその事でいっぱいになり…卒業パーティーという最高の舞台で彼女が王子に振られるよう…王子には洗脳魔法で卒業パーティーで必ず断罪するように操る。


 彼女がいつか絶望して立てなくなるまで何度も何度も巻き戻りの禁術魔法を使い、彼女を苦しめていった。


 立てなくなって壊れても僕は君を愛している。むしろ壊れた瞬間を僕を狙っていたんだ。彼女が僕のことを覚えていないのなら…壊れた時に思い知らせてあげようと思って…僕は楽しみだったんだ。


 しかし代償に身体は消えかけていった。

 時間がなかった。巻き戻って行くたびに僕は自分の命がどのくらいかを悟る。


 50回目に彼女はようやくキレて全てを喋り出した。

 よく耐えたね。よく吐き出したね。

 皆から嘘つき者だと見られている。

 王子に酷い言葉を浴びせられ続けた君は立派だと思うけど…


 そろそろ助けてあげなくちゃ。

 あんな王子に詫びて泣いている。胸が痛むよ。君はよく我慢したじゃないか。


「お、お嬢様!!」

 と僕は素知らぬフリをして心配そうに駆け寄った。


 ようやく。

 僕を頼ってくれた。


 そう…僕なんですよ。

 君と街に逃げたことも…正義感で犯人探しをしたことも。魔女の家に導いたのも。

 君は全然気付かない。

 気付かないのを良いことに僕は馬車の中で手を握った。


 あの日…地味な生徒に変装し想いを告げたのが僕だと気付かないまま君の時は過ぎて行った。


 数日間君は解放されたように楽しそうに見えた。

 僕も楽しかったよ。

 ありがとう。

 本当は天球儀など無くても全部覚えている。

 自分自身にかけた魔術。

 もうすぐ僕は…消えちゃうんだ。

 ごめんね。黒い獣達を使って遠隔操作した。酷い光景を見せた。君が僕のものになるならと頼ってくれるならと僕は頑張った。



 そしてとうとう…

 天球儀の光りを集め終わった昨日…僕は言った。ここ数日アンネット様といい雰囲気だったし彼女も僕のことを好きになっているはずだと思った。



「好きです…アンネット様…」

 告白は何度しても恥ずかしい。


 少しずつ距離を詰めて月明かりに浮かんだ二人の影が重なった。


 軽いキスだったけど少し離れて僕はアンネット様の耳元で囁いた。近寄るといい匂いがした。


「僕は忘れるだろうけどアンネット様は忘れないで…」

 と言うと恥ずかしさとこれ以上進んでもし身体の刻印に気付かれたらと床の毛布に潜り込んで寝てしまった!


 その次の巻き戻りの朝にアンネット様は僕の顔を見ただけで真っ赤になり僕は不思議そうな演技をした。

 本当はとても可愛らしい君を心の中で喜んで見ていたんだよ。


 でも今日は犯人を探す為に魔女から懐中時計まで貰った。10分だけ一時停止する時計。


 この時間…どう使うか。

 そうだ、全部バラしてみようか。犯人は僕だと。軽蔑するだろうか?それとも僕をまだ愛してくれる選択をしてくれるだろうか?


 その時は…命をかけてアンネット様にかけた呪いは解こう。僕を…愛してくれないという選択なら……僕は君の目の前で死のう。そして終わりだ。術者の僕が死ねば巻き戻りも全て終わりだ。


 どの道死ぬのが早まるか遅まるかの時間差。



 僕にはもう一人の僕がいる。お嬢様を純粋に好きな自分。


 影で見守る僕。

 純粋な僕はアンネット様を心から愛している。

 だから時々どちらかの思考に囚われる。


 何も知らずただ犯人を追う僕。

 心の中でも彼女を守るナイトになりたかった。自分がやらかしたことを素知らぬフリをして純粋な自分になった。

 可愛いく美しい彼女に純粋な恋をした。


 影から見守る僕ももちろん彼女を愛していたが常に歪んでいた。人を操り手紙を出したり黒い獣を操り惨劇を見せたり。彼女が僕に頼るよう仕向けたり。愛してもらう為に図々しくも近寄って見せたり。世界に僕と彼女が生きていたらそれでいいとすら思っている醜い自分と。


 彼女はどちらを選ぶだろう?

 ああ、彼女の卒業式の挨拶がそろそろ終わる。


 今日…きっと全てを知った彼女と僕とで時間は変わるだろう。


 ごめんね、アンネット様。

 大好きだよ。貴方に仕えられたこと誇りに思います。


 壇上から頭を下げて降りるアンネット様。銀髪のカールが揺れるのを僕は見つめていた。

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