アスナ親衛隊 ①


「♪〜♪〜♪。あー、嬉しいなぁ。今、とっても幸せだよ」


 アスナがご機嫌でスキップをしながら俺の前を進んで行く。


 めっっっちゃ可愛い。


 二十五歳で初めてできた彼女がこんな美少女なんて、もしかして、俺って勝ち組なんだろうか。


 でもなぁ……一つ問題があるんだよなぁ……。


「ご機嫌だね、アスナ」


「うん!だって、好きな人と恋人同士になれたんだから。こんなに幸せな事はないよ。そういうカズトさんは、どうして難しい顔してるの?」


「いやさ、この事をどうアローンとアマーリエさんに報告すればいいのかって。出会って二日で大切な娘さんと恋人同士になりました!とか、さすがに恩人には言い難くてさ。なんか罪悪感みたいなのを感じるんだよ」


「罪悪感なんて感じなくていいんだよ。私がカズトさんを好きになって、カズトさんが私を受け入れてくれた。そこには、やましさの欠片なんて無いんだから。それに、お母さんは賛成してくれるよ。私のこと、応援するって言ってくれたもん。もしお父さんが反対してきたら、私とカズトさんで認めてくれるまでボコボコにすればいいんだよ」


 実の父親をボコボコにって……冗談かと思ったけど、顔が真剣だ。真剣で実の父親をボコボコするって、ヤバすぎだろ……なるべくアローンには穏便に認めてもらいたいから、アスナの動向には気をつけないと……。


「まぁ、とりあえずお父さん達の所に行こう。話してみないと何も始まらないからね。たぶんお母さんも一緒に居ると思うから、一緒に説得してくれると思うよ。さ、お父さんが酔い潰れる前に急いで行こう!」


 アスナは俺の手を握り締めて走り出した。


「ちょ、待って!自分で走れるから!」


「いいの!私が手を繋ぎたいの!ほら、ダッシュ、ダッシュ!」


 アスナに手を引かれるまま、俺達はアーロン達が居るであろう集会場に向かって行った。


「お父さん!ちょっと話があるんだけど!」


 集会場に着くや否や、扉を勢いよく開き、アーロンに詰め寄るアスナ。


「何だ何だ、藪から棒に」


「どうしたの?そんなに興奮して」


 いきなりのアスナの登場に、アーロンとアマーリエさんは驚いている。


「あのね、私、カズトさんと付き合うことになったから!」


「そうかそうか、付き合う……ブーッ⁉︎ゲホ、ゲホ⁉︎な、なんだと⁉︎どういうことだ⁉︎」


 アスナの告白に、アーロンは飲んでいた酒を噴き出した。


「あらあらあらあら、それはまた急ね。でも、良かったわね。見事にカズトさんの心を射止めたのね。おめでとう、アスナ」


 アマーリエさんは満面の笑みを浮かべ、アスナを祝福している。


 父親と母親でリアクションが違って、少し面白いと思ってしまった。


「ほう、あのアスナがカズトお付き合いか。これは目出度い、なぁ、アローン」


「こりゃあ、酒と肉がますます美味くなるな!」


「お、おめでとうございます、アスナさん、カズトさん」


 ヨハン、ベニート、タイラーがそれぞれ祝福してくれた。


「いやいやいやいや、待て待て待て待て!一体どういう事だ!お前ら出会って間もないだろう!それでいきなり付き合いますって言われて、はいそうですかって納得できるわけないだろう!」


 アーロンはどうやら俺達の関係を認めてない姿勢のようだ。


 俺に娘はいないが、なんとなく気持ちがわからなくはない。


 だからといって、一歩も引く気はないが。


「なんですか、あなた。愛娘の幸せを祝えないほど狭量な人なのですか?良いじゃないですか、カズトさんは誠実な方なのは少しの時間でも接してみればわかります。そんなカズトさんがアスナを選んでくれたんです。カズトさんならアスナを幸せにしてくれます。少なくとも、私はそう確信してます」


 アマーリエさんが援護射撃してくれた。


 でも、誠実な人とか言われて、少し照れてしまった。


「くっ……そうは言うがな、これは簡単に認められる話じゃないだろ。俺だって、カズトの事は信頼している。命の恩人だし、こうやって村の皆を楽しませてくれている。村長として、一人の男として、感謝と尊敬の念は堪えない。だがな、父親としては別だ」


 うーん……これは認めさせるのに骨が折れそうだ……どうしたものか……。


「じゃあ、どうすれば認めてくれるの!お父さんに勝てば納得してくれるの⁉︎」


 アーロンの態度にアスナがキレた。


 これは止めないと、すぐにでもアーロンに斬りかかりそうだ。


「あなた、アスナももう十五です。自分の事は自分で決める年齢です。あまり親が口出すのもどうかと思いますよ。このまま反対し続けて、駆け落ちでもされたら困るでしょう?」


 あれ?もしかして、アマーリエさんもキレてる?


 どうしよう、空気がピリついてきた。


「……カズトはどうなんだ。本当に本気でアスナと恋人同士になるのか?」


 おっと、ここで話をふられるとは思ってなかった。


 まぁ、俺の答えは決まってるが。


「ああ、この先どんな困難があっても俺がアスナを守る。その覚悟はできている」


「……そうか。なら……」


「ちょっと待ったー‼︎」


 アーロンの言葉を掻き消しながら、突然二十人ほどの集団が集会場に乱入して来た。


 そして、俺とアスナをぐるりと取り囲んだ。


 何だコイツら?いきなり他人を取り囲むなんて無礼な奴等だな。


「お前らちょっと落ち着けって!お前らには関係ない話なんだから、邪魔しないでとっとと帰るぞ!村長、すまねぇ。カズトとアスナが手を繋いで集会場に入って行ったのを見た奴がいて、それがコイツらの耳に入っちまった。それで、あっという間に全員が揃って、こうやって乱入しちまったわけだ。一応止めたんだけどな、全然話を聞きやしない」


 謎の集団に続いて、かなり焦った様子のケネディが入って来た。


「ケネディ、コイツらは何者なんだ?」


「ああ、コイツらはアスナ親衛隊ファンクラブだ」


「アスナ親衛隊?」


「アスナに負けた奴の中にはアスナを女神アイドルの様に神聖視して、アスナが男と仲良くしているのを察知すると、それを邪魔する奴がいるんだよ。そいつらをまとめてアスナ親衛隊って呼ぶんだ。いつもはここまで過激な行動はしないんだが、カズトがアスナに勝っただろ?だから、アスナの結婚をどうしても阻止したいんだと。アスナが勝てなかったカズトに勝てるわけないのにな。酒に酔って冷静な判断ができないんだよ」


 まだ結婚まで進んではないんだけどなぁ……でも恋人になったからには、いつかは責任はとるつもりだが。


「俺達は冷静だ!」


「カズトとか言ったな。お前にアスナ様と結婚する資格はあるのか?少なくとも、俺達は認めないぞ!」


「アンタらには関係ないでしょ!私とカズトさんの関係に口出ししないで!」


「いくらアスナ様のお言葉でも、今回は聞けません!おい、お前!アスナ様と結婚したいなら、俺達全員と勝負して勝てたら認めてやるよ!」


「怖いなら逃げてもいいんだぞ。まぁ、そんな臆病者、アスナ様に嫌われるだろうがな!」


 口々に浴びせられる罵詈雑言に、俺は段々とイライラしてきた。


 全員と勝負ねぇ。良いじゃないか、ハンデもつけてやってやろうじゃないか。ああ、そうさ。アーロンの時も、アスナの時も、ケネディの時も、最小限の手加減でフラストレーションが溜まってて仕方なかった。アイアンボアも肩透かしだったしな。ははは、楽しみだ、ああ楽しみだ。


「いいぜ、その挑戦受けてやるよ」


「ちょっと、カズトさん!」


 アスナが怒った表情をする。


「アーロン、この勝負に俺が勝ったら、アスナとのこと認めてくれるか?」


 一応確認しておかないとな。


「……ああ、勝てたなら、もう反対はしない」


 よし、言質取った。


「よし、決定だ。ただし、お前達に条件がある」


「手加減してくれ以外なら何でもいいぞ」


 手加減してくれ?誰がそんな条件出すか。俺が出すのは、お前達に最大限の挑発を込めた条件だ。


「お前達は真剣で、俺は木剣。そして、一対一じゃなくて、全員同時にかかってこい。それが俺からの条件だ。どうだ、お前達に有利な条件だろ?まさか、怖気づいたりしないよな?」


 これで少しは勝負になるだろう。まあ、所詮は戯れだけどな。


「カズト!いくらなんでもコイツらを舐め過ぎだ!アスナには勝てなかったが、それなりの実力者達だぞ!しかも、それが二十人だ!なのにコイツらは真剣で、お前は木剣!それだけでもヤバいのに、全員同時だと?死にたいのか!」


 俺の出した条件が気に食わなかったのか、ケネディがキレた。


 心配してくれるのは嬉しいが、何もキレることはないだろう。


「そうよ、カズトさん!こんな奴等なんか無視すればいいのよ!どうせ、私達の関係に口出しする権利も無いんだから!」


 アスナもキレた。


 アスナの言い分もわかる。


 確かに、コイツらに俺達の関係に口を出す権利は無い。


「ふふ、ははは、はーははは!俺達も舐めらたもんだ!いいぞ、その条件を呑もう!ただし、死んでも知らないからな!」


 死んでも知らないか。大丈夫、そんな事は百%無いから。


「お前達こそ、骨の一本や二本、砕かれる覚悟はしておけよ。で、いつやる?」


 流石にただの戯れで死なせるのは後味が悪いから、半殺しくらいで許してやろう。


「もちろん今からだ。村外れにいい感じの広場がある。一時間後、そこに集合でどうだ?」


「ああ、それでいい」


「では、一時間後に。怖気付いて逃げるなよ。ま、逃げても恥をかくだけだけどな!はーははは!」


 高笑いをしながら、アスナ親衛隊は集会場から出て行った。


 あの笑い方、完全に悪役だな。


 あれが一時間後どうなるか楽しみだ。


「カズトさん!何であんな条件出したの!いくらカズトさんが強くても、流石に危険すぎるよ!死んじゃったらどうするの⁉︎お父さんもお母さんもそう思うよね!」


 おっと、我が恋人はマジギレしてる。


 これは宥めるのが大変だ。


「確かに危険すぎますよ。何故あんな条件を出したのですか?」


 アマーリエさんも少し怒っている。


 ちょっと怖い。


「お前達、カズトが決めた事に口を出すんじゃない。カズトにはカズトなりの考えがあるんだよ。そうだろう?」


 おや?アーロンが味方してくれた。


 てっきり何も言わないと思ってたんだけど。


「ああ。あれでも、足りないくらいだ。まぁ、俺も少しは楽しみたいだけだよ」


 本当は俺も本気でやりたいんだよ。


 だけど、そうすると死屍累々の光景が広がるんだよ。


 だからほどほどのハンデで我慢したんだ。


「楽しむって……わかった。カズトさんが決めた事だから、信じて見守る。その代わり、絶対に死なないでね……」


 納得はしてないだろうけど、それでも俺を信じてくれてる。


 その姿が、その想いが凄く愛おしく感じた。


「大丈夫、恋人を残して死なないよ。むしろ、アイツらが死なないか心配なくらいだよ」


「凄い自信だな……後学の為に、ヨセフとレーガンを誘って見学に行ってもいいか?」


「ああ、いいぞ。すぐ終わると思うけどな」


「ありがとう。じゃあ、二人に声を掛けてくるよ。また後でな」


 そう言って、ケネディも集会場を出て行った。


「さてと、俺も木剣を取りに行くか。アーロン達はどうする?」


「そうだな、時間になったら俺達も見学に行くよ」


「じゃあ、また後で」


「あ、私も一緒行くよ」


 俺とアスナは木剣を取りに、アーロンの家へと向かった。


「あったあった、木剣が二本あって良かった。これで少しだけ本気でやれる」


「カズトさんは剣を二本使うの?剣も二本持ってるし」


「別に二刀が特に得意ってわけじゃないよ。ただ、対集団だと二刀の方が楽ってだけ」


 そもそも不知火流は武芸百汎。どんな武器も、どんな技も使えこなせてやっとスタートライン。だから、今回は楽な二刀を選んだだけ。


「ねぇ、本当に大丈夫だよね?絶対大丈夫だよね?死んじゃったりしないよね……」


「ははは、アスナは心配性だな。俺があんな烏合の衆に負けるわけないだろ。大丈夫、アスナにカッコいいところ見せるから」


「心配にもなるよ!せっかく恋人同士になれたのに、最愛の人が死ぬかもしれない勝負をするんだよ⁉︎それで心配しない恋人なんて……ん⁉︎」


 俺は必死で言い募るアスナの唇に唇を重ねた。


 少しでも長く、アスナを落ち着かせるように。


「少しは落ち着いた?」


「……ズルいよ。こんな事されたら、これ以上何も言えないじゃない……」


 アスナは顔を赤くして俯いてしまった。


「俺が無事帰って来れたら、またしよう。何度も何度も、アスナが満足するまで」


 我ながら臭いセリフだな。


 でも本心だから仕方ない。


「……約束だよ。絶対、絶対、またしてね。絶対に私を一人にしないでね……」


 俯いたまま、アスナが抱きしめてきた。


「ああ、約束だ。さて、そろそろ行こうか」


「うん。ねぇ、手を繋いで行ってもいい?」


「いいよ、アイツらに見せつけてやろう」


「ふふふ、そうだね、見せつけてやろう!」


 俺とアスナは手を握り締め、約束の場所に向かって歩き出した。

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