初稽古


「さて、と。これから稽古するけど、まずは基礎からだな」


「基礎?」


「ああ、素振りと筋トレだね。とりあえず身体を鍛えないと、技を教えても使いこなせないからね」


「素振りって……まさか、師匠みたいに千回ですか?」


「いや、最初からそんな無理はさせないよ。とりあえず、百回やってみようか。ただし、これを使ってな」


 俺は薪を巻き付けて重くした木剣をアスナに渡した。


「お、重い……これで百回はキツくないですか?」


「これなら筋トレも兼ねて効率がいいと思ってね。それとも、やる前にギブアップかな?」


「そういうわけじゃ……」


「じゃあ、頑張ってやってみようか」


「……了解です、師匠!」


 ………

 ……

 …


「九十八……九十九……百……はぁはぁ……師匠、終わりました……」


 アスナは汗だくで肩で息をしながら座り込む。


 途中で音をあげると思ったけど、諦めず根性で最後までやり遂げたな。


「よしよし、キツいのによく頑張ったね」


 優しくアスナの頭を撫でてあげる。


「えへへ、師匠に褒められた」


「ただいま戻りました。アスナは帰ってますか?」


「おかえり、お母さん。遅かったね」


「ちょっと話し込んじゃってね。それより、あなた、汗だくじゃない。タオル持ってくるから待ってなさい」


「はーい」


「素振りで疲れただろうし、少し休憩しようか」


「いや、続けて下さい。身体が温まっているうちに稽古したいんです」


「やる気があるのは良い事だけど、頑張りすぎは身体に良くないよ」


「でも……」


「カズトさんの言う通りよ。とりあえず、汗を拭きなさい。そのままだと風邪をひくわよ。はい、タオル」


 アマーリエさんがタオルを持って戻ってきた。


「分かってるよ」


 アスナはタオルを受け取ると、顔の汗を拭う。


「では私は食事の準備をしますので、二人とも、ほどほどで切り上げてくださいね」


 そう言って、アマーリエさんは家に戻っていった。


 ほどほどか。どこまでやったらほどほどなんだろう。とりあえずアスナを休憩させて、それから……どうしようか。素振りでかなり体力を消費してるから、激しい稽古は無理そうだし……うーん。あ、そうだ。


「アスナ」


「なに、師匠」


「俺と試合をしようか」


「え⁉︎いいの⁉︎」


 アスナはジャンプしそうな勢いで立ち上がった。


「ああ。お互い木剣で、先にギブアップした方の負けだ。それでいいな?」


「うん。じゃなくて、はい!」


「よし。じゃあ、自分の好きなタイミングで攻撃しておいで」


「はい!」


 アスナは木剣を構えながら、じりじりと間合いを詰めてくる。


「はあー!」


 ある程度間合いを詰めると、アスナが木剣を上段に構え振り下ろしてくる。


 俺はその攻撃を受け流し、木剣を巻き上げ弾き飛ばした。


「どうだ?ギブアップするか?」


「まだまだ!」


 アスナは木剣を拾い、一気に間合いを詰め今度は横薙ぎに振り抜いてきた。


 しかし、結果は同じ。アスナの木剣は宙を舞う。


「まだやるかい?」


「まだ負けてないもん!」


 アスナは木剣を拾いあげ、先程より突進してくる。


 まだまだ元気だな。さて、どれだけもつかな。


 ………

 ……

 …


「はぁはぁ……ギブ……アップです……」


 アスナは大の字で寝転がっている。


 ふぅ、思ったより粘られたな。素振りの時も思ったけど、やっぱり凄く根性がある子だ。打ち合いを続けるうちに剣筋もよくなってきたし、やっぱり才能あるな。


「お疲れ様、よく頑張ったな」


「うぅ……結局師匠に一撃も当てられなかった……」


「初日はこんなもんだよ。後半は剣筋もよくなってたし、ちゃんと稽古を続ければ、一撃くらいすぐに当てられるようになるよ」


「本当?」


「ああ、本当だよ。だから、毎日頑張って稽古しような」


「うん!」


「カズトさん、アスナ、食事の用意ができましたよ。汗や砂を落としてきてくださいね」


「了解です。今日の稽古はここまでだな」


「そうだね、師匠」


「稽古中以外はカズトって呼ぶ約束だろ」


「そうだった。失敗、失敗」


 アスナは舌を出しておどけて見せる。


 はい可愛い。マジ可愛い。


「さ、砂を落として、昼食にしよう」


 俺は服の砂を手で払う。


「あ、私、砂まみれだから着替えてから行くよ。カズトさんは先に行ってて」


 そう言って、アスナは家に入って行った。


『脈ありだよ』


 アスナを見送ると、ユヤの言葉が脳裏によぎった。


 脈ありねぇ……実際どうなんだろう?アスナの言動もそれっぽい時は確かにあるんだけど、経験がないから判断できん。こんな事なら、学生時代に経験を積んでおけばよかった。告白された事もあるけど、稽古で精一杯だったから断ってたからな。まさに後悔先に立たずだ。


 ……いかんいかん。思考が変な感じになってきた。いらん事考えてないで、食事にしよう。


 俺は煩悩を払う様に砂を払い、思考を切り替えて家の中に入って行った。

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