第10話 あるジャンルや要素のスペシャリストになる

 皆様はどんな小説や物語を書いているのでしょうか。


 私は基本的に「剣と魔法のファンタジー」を書いています。


 養護施設で保育園児の頃に読んだ『アーサー王伝説』の書籍に大きな影響を受けているからです。

 二歳から小学校に上がるまで養護施設で育ち、引き取られるまで実の父や母を知りませんでした。

 だから『アーサー王伝説』のアーサー・ペンドラゴンのように、「きっと王家や貴族のご令息に違いない」と思っていたんですよね。


 そういう思い込みというか信念というかがありました。

 だから私は「剣と魔法のファンタジー」に強いこだわりがあるのです。


 今「剣と魔法のファンタジー」を書いている方で、その基礎が保育園児の頃まで遡れる方はまずいないでしょう。

 たいていは「中二病」と称されるように第二次性徴期にマンガやアニメに魅せらせて「剣と魔法のファンタジー」の道へ踏み出す方が多いのです。


 では保育園児から蓄えてきた知識と情熱と、中学校に入ってから蓄えた知識と情熱。どちらがより深いと思いますか?

 もちろん私は貧困家庭の出身ですので、読みこなしてきた量は及ばないでしょう。

 しかし「剣と魔法のファンタジー」にこだわってきた年数は同世代人とは比較にならないはずです。


 私は「剣と魔法のファンタジー」においてはスペシャリストです。

 ただ、これ一本しか書いていなかったか、というとそうでもありません。


 私は貧困家庭育ちですが、七歳でパソコン(当時はマイコンと呼ばれていました)に目覚め、自作ゲームを作るためにかなりの分野の独学をしています。

 当時の流行りだったBASIC言語を独学で習得し、ゲームシステムを作るためにTRPG『Dungeons & Dragons 第二版』などに手を出し、BGMを作るために『楽典』を読みこなし、CGを描くためにお絵かきスキルを高めました。またゲームシナリオを書くために本多勝一氏や丸谷才一氏の「文章の書き方」本を読みこなしたのです。

 これら、他人から教わろうとすると何百万円かかるかわかったものではなくても、参考書ひとつで独学していったのです。


 流行りのシナリオを考えるとき銭湯脇のコインランドリーに置いてあった『週刊少年ジャンプ』を毎週熟読していました。


 だからなのか『聖闘士星矢』『ウイングマン』『CITY HUNTER』『きまぐれオレンジ☆ロード』などが好みで、ギリシャ神話の書籍や銃器の雑誌、変身ヒーローものの雑誌、オカルト雑誌などを買って勉強したりしましたね。


 たとえば「ギリシャ神話を舞台にした剣と魔法のファンタジー」というのはありふれていますよね。

 ですが「銃弾が飛び交う剣と魔法のファンタジー」「変身能力を持って悪と戦う剣と魔法のファンタジー」「超能力が使える剣と魔法のファンタジー」といったものなら、そうはかぶらないはずです。



 またシナリオを書こうにも、戦争を知らなければなりませんので『孫子』を熟読してマスターしました。


 「兵法を用いた剣と魔法のファンタジー」


 これがまさに『秋暁の霧、地を治む』の基本コンセプトなのです。


 「剣と魔法のファンタジー」を書くうえで、兵法書を通覧して達人の域にまで達しなければ、どうしても大規模戦闘に無理が生じます。

 実際の歴史を鑑みて、応用できる戦いがないか。多くは中国古典『春秋』『戦国策』『史記』の戦闘を俯瞰し、フランスの皇帝となったナポレオン・ボナパルトの戦術にも通暁しました。

 軍師カイが行なった機動力を生かした戦術も、ナポレオン軍の「分進合撃」を参考にしています。数で優位な反ナポレオン国家群による侵攻を、ナポレオン軍は各師団の指揮を師団長へ委ねて機動的に戦場を駆け巡って部分的な数の優位を築いて倒していく。

 この実例があったればこそ『秋暁の霧、地を治む』は「剣と魔法のファンタジー」でも「実現可能な大規模戦闘」を演出できたのです。


 「ギリシャ神話を舞台にした剣と魔法のファンタジー」では差別化ができません。

 「変身能力を持って悪と戦う剣と魔法のファンタジー」は、直接ではないですが、「異世界転生もの」で人間以外に転生したら入りますよね。その意味では差別化は難しい。でも強力な魔法で変身し、悪と戦うなんて『仮面ライダーセイバー』のようで見栄えがしそうですけどね。

 「超能力が使える剣と魔法のファンタジー」ならまだそれほど開拓しきってはいないかな。

 しかし「兵法を用いた剣と魔法のファンタジー」はそもそも書き手が少ない。

 兵法書を読み込んで、実践レベルで習得できる人自体が稀だからです。


 であれば、私は「兵法を用いたファンタジー」のスペシャリストになれます。


 もし私が歴史に詳しかったら。まぁそれはありえないですね。

 歴史書は兵法書以上に高額で種類も多く、世界の歴史すべてに通暁するにはお金も時間もいくらあっても足りません。

 ある国の一時代に強くなる方法もあります。たとえば織田信長が天下の覇権を握ったとき限定とか。幕末の新選組と攘夷派の戦いに絞るとか。



 実際問題としてマンガの和月伸宏氏『るろうに剣心』だって幕末の知識だけで書かれていますから「あり」なんですよね。

 和月伸宏氏が平清盛に詳しかったとしたら。おそらく平清盛を主人公にしたマンガは描かなかったでしょう。

 書き手にいくら知識があろうとも、読み手にも知識がなければ誰も魅力を感じないからです。よほど特殊な主人公だとか、断片的な史実しかなくあとはいくらでも創作できるだとか。そういった読み手を惹きつける魅力を持たせられれば、マイナーな題材でも爆発的なヒットをするものです。


 緋村剣心なんて幕末には存在していませんし、飛天御剣流なんていう剣術も実在しません。「人斬り以蔵」と呼ばれた岡田以蔵がモチーフでしょう。

 それでも剣心と飛天御剣流に魅力があったから、新選組や幕末明治の偉人が出てくるから『るろうに剣心』は一時代を築いたのです。



 ここまでジャンルのスペシャリストの話をしましたが、要素のスペシャリストも当然います。


 たとえば伏見つかさ氏は『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『エロマンガ先生』の二作で「妹属性」の最右翼となりました。

 他にも「委員長属性」だったり「眼鏡属性」だったり「ハーレム属性」だったり「年上趣味属性」だったり「巨乳属性」だったり「ツインテール属性」だったり。

 ライトノベルでは、その書き手は大ヒットさせた属性が付与される傾向にあります。

 ライトノベルの祖のひとり・水野良氏は『ロードス島戦記』『魔法戦士リウイ』などで「エルフ属性」ともいうべき属性持ちとなりました。

 少し異なりますがマンガの矢上裕氏『エルフを狩るモノたち』もエルフばかり出てくるので「エルフ属性」が付与されますね。


 ここがやっかいなところなのですが、作り手が読み手から付与された「属性」が、本人の本来の趣向と一致しない場合、往々にして「一発屋」で文壇から退場していきます。


 ですので、これから「小説賞・新人賞」を狙うのなら、自分本来の趣向と一致する「属性」の作品を書いてください。


 ですが、なんでもよいわけではありません。


 書き手が書きたい物語と、読み手が読みたい物語は、根本的に異なるものだからです。

 「年上属性」の読み手より「妹属性」の読み手のほうが数が多いのです。

 それでもあなたが「年上属性」なら「年上」を必ず作品に入れる必要があります。

 そうしてもなお「妹属性」を取り込む工夫も必要となるのです。


 あなたの趣向である「年上属性」だけを書くのが「書き手が書きたい物語」です。

 読み手の趣向である「妹属性」も書くのが「読み手が読みたい物語」を書く秘訣です。

 これについては次回に詳しく語りたいと存じます。



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