【最終話】第48話 白銀の狼

 透き通るように青い空の下。小さな四人の子供達が転げ回るようにして森の中の小道を歩いている。やんちゃに走る二人の子供の後を、もっと小さな子供達がきゃあきゃあ言いながら追いかけていた。

 今、黒髪の男の子の後を追いかけていた黒髪の女の子が派手に転び、ほんのり赤くなった膝を抱えて彼女は泣きべそをかいた。


「ほら、あんまり走り回るなよ」


 黒髪の男が近づき、逞しい腕で女の子を抱き上げる。女の子はぐずぐず言いながら男の首に腕を回して抱きついた。


「だって痛いんだもの」

「かすり傷だ。家に帰ってお母さんに薬を塗ってもらいなさい」

「……うん。お父さん、肩車して」


 なんだ、元気じゃないか。と笑いながら男が女の子を肩に乗せる。急に目線が高くなった女の子は、肩までの黒髪を風になびかせながら嬉しそうにケタケタと笑った。


「お父さん。お姉ちゃんばっかりずるい」

「僕もやって」


 黒髪の女の子よりもう少し小さい二人の子供が男にすり寄る。男の子と、女の子。男は両の腕を伸ばし、二人の銀髪をそれぞれ優しく撫でた。


「もうすぐ家に着くから、それまで我慢していなさい。ほら、お母さんが迎えに来てる」

「あっ! 本当だ!」


 銀髪の男の子が一目散に駆けていく。出遅れた銀髪の女の子も、慌てて彼の後を追って走っていった。


 走っていく子供二人を見送りながら、娘を肩車した男はゆっくりと視線をあげる。その先にいるのは、ゆるやかな銀髪を風になびかせながら、黒髪の男の子を抱き締めている一人の女性。

 今、後を追った二人の銀髪の子供が、同時に彼女の元へたどり着くのが見えた。


「レティリエ」


 彼女の名前を呼ぶと、また少しだけ大人っぽくなった彼女が振り向き、自分を見て優しく笑う。その足元には、黒髪の男の子と、銀髪の子供二人が嬉しそうにはしゃいでいた。


「お母さん、抱っこして」


 銀髪の女の子が甘えるように足にすがりつき、レティリエがその子を優しく抱き抱える。女の子はくすぐったそうに身をよじりながら、レティリエの胸に顔を埋めた。


「お母さん、あったかい」

「そうかしら。きっとさっきまでジャムを煮込んでいたからね」

「やった! 今日はまたヤマモモのジャムがあるの?」


 女の子が嬉しそうに言うと、銀髪の男の子がムスッと頬を膨らませる。


「お母さん、僕も抱っこして」

「ハイハイ。順番こね」


 そうやって次々に優しく子供たちを抱き締めるレティリエを、グレイルは微笑みながら見ていた。いとおしげに子供達を見つめる彼女の顔は幸せに輝いていた。


「ほらお前達。あっちに沢山生えてる木からヤマモモを採ってこい。そうすれば、もっといっぱいジャムを食べられるぞ」

「ほんと? じゃあいっぱいとってくる!」


 グレイルの言葉に、一番年嵩の黒髪の男の子が反応する。彼は瞬時に狼の姿になると、父親が指差した方へ走っていった。


「あ、お兄ちゃん! 私も行く!」


 グレイルの肩から降りた黒髪の女の子も、小さな黒狼の姿になって後を追う。銀髪の双子も、慌てて小さな狼になって、兄姉の後を走っていった。


 四匹の小さな子狼の姿を眺めながら微笑むレティリエの腰にそっと腕を回す。自分の意図に気づいたであろうレティリエが、クスクスと笑ってグレイルを軽く睨んだ。


「あれ、わざと言ったでしょう?」

「たまには良いだろう? 夫婦二人の時間も大事だ」

「もう。二人の時間なんて、子供達が寝たらいくらでもあるのに」


 呆れたように笑う彼女がいとおしい。腰に回した腕をぐっと抱き寄せて、あごに手を添えると、自分を見上げるレティリエの頬が微かに紅潮した。もう結婚して何年も経っているのに、彼女は未だにキスをする時に恥ずかしがる癖がある。でも、そんな彼女がいとおしくてたまらないのだ。


 静かに目を伏せるレティリエの唇に優しく自分の唇を重ねる。体を離し、恥ずかしそうにうつ向く彼女の頭を撫でて、二人揃って子供達が駆けていった方へと目を向けた。


 日の光に照らされて煌めく銀髪。子供達の姿を眺める彼女の横顔は、何よりも誰よりも美しかった。


 きっとこの先、どんなに苦しいことがあっても、辛いことがあっても、彼女となら前へ進んでいけるだろう。

 希望に満ちあふれた、輝かしい未来を生きていくのだ。



 この美しい、白銀の狼と共に。

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白銀の狼 Ⅱ【続編】 結月 花 @hana_usagi

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