第36話 作戦会議

 集落に戻ったローウェンは、早速レベッカとクルス、そしてナタリアを集めた。場所は集落の中の一室を貸してもらった。机と椅子だけの簡素な部屋。だが、話をするには十分すぎる広さだ。

 机の上に置いたカンテラの灯りをぐるりと囲んで座る仲間を見て、ローウェンが口を開いた。


「俺達が組織の力で戦うというのは皆にも言ったな? だが、まだ攻撃を仕掛けるには色々と準備不足だ。だから、まずは信頼できるこの五人で動く。その上で今の状況を整理するぞ」


 簡素な部屋にローウェンの声が低く響く。


「俺達は群れが分断された状態だ。村に残された仲間にもこの状況を伝えたい。今のところ、ここの場所と村を行き来できるのはクルスだけだな」

「そうだね。でも僕も自由に歩き回れるかと言うとそうではないな。狩りもそうだけど、森で家を立てるための木を切ったり、獲物の解体をしたり、男はどうしても力仕事が多くなるからあんまり村にいられないんだ」


 ローウェンの言葉にクルスが返す。村の外での作業が多い分、こうやってローウェンの所へ行き来することは容易たやすいが、逆に村にいる仲間と話をする時間は少ない。


「そう。だからもう一人こちら側の人物を村へ送り込む。こちら側の状況を仲間に伝えると共に、逆にセヴェリオ側の情報も欲しい。俺達は、今やつらが何を考えているのか、何をしようとしているかの情報が圧倒的に少ない」

「でも、それをやるのは誰になるの? 本来であれば、そういうことはレティリエが得意よね」


 ローウェンの言葉を受けてレベッカがレティリエに視線を向ける。彼女の視線を受けて、レティリエは膝に置いた両手をキュッと握った。


「私を必要としてくれるのは嬉しいけど、私は一度ジルバという人から色々と探ろうとして失敗しているの。多分、私は彼から最大限に警戒されているわ」

「いや、レティ。お前は別の所で活躍してもらう。だからこの役割はお前じゃない」


 そう言うとローウェンはピッと人差し指を立てた。


「ナタリア、お前に任せる」

「えっ! 私!?」


 ローウェンに指されてナタリアが驚きの声をあげた。金色の目が真ん丸に見開き、わなわなと震える。


「私にそんな大役なんて無理だよ。だって私、力も強くないし、レティみたいに頭も良くないし……」

「ナタリア。お前は自分のことを過小評価しすぎている。仮にもクルスの妻だろ?」

「でもそれは……」


 ナタリアが不安気にクルスの顔を仰ぎ見る。彼女もレティリエ程ではないが、自分と夫が釣り合っていないという自覚があるらしく、申し訳なさそうに唇を噛んだ。


「ちょうどいい。ここで俺が分析したお前らの長所と短所を言っておく。まずはグレイルだが」


 ローウェンがグレイルを指差す。


「お前は間違いなく攻撃型だ。体格も良くて一撃も重い。戦闘のセンスもある。だが、図体がデカイ分素早さは平均的だな。まぁそれもごり押しである程度カバーできているみたいだが」


 自覚があるのだろう。ローウェンの言葉にグレイルが頷く。続いてクルスの方を向くと、ローウェンはなおも口を開いた。


「クルスはバランス型だ。突出した部分は無いが、力も速さも平均以上のものを持っている。戦闘の勘も悪くない。欠点らしい欠点が無いのは美点だな。ちなみに俺はスピード型だ。正直、体力や攻撃力にはあまり自信がないんだが、足の速さには結構自信がある。あとはまぁ知力で戦闘力をカバーしている向きはあるな」


 そう言ってローウェンはトントンと自分の頭を指で叩く。


「最後にナタリア。お前だ。お前は多分『特殊型』だと思う」

「特殊……型? 私、そんな力なんてないよ。だって狩りも下手くそだし、この前セヴェリオ達が襲ってきた時も、逃げることしかできなかったのに……」


 ナタリアが泣きそうな声で返す。だが、ローウェンは静かにかぶりを振った。


「いや。お前は多分、特定の状況で馬鹿力を発揮するタイプだ。クルスがお前に惚れたのは、目の前でお前がイノシシを倒したからだろう? お前はもともと、持っている力は決して弱くないはずなんだ。おそらく、誰かの為──例えばクルスの為など、目的が定まれば自分が思っている以上の実力を出せる。だから俺はお前に任せたい」

「でも……」


 泣きそうな顔で隣のクルスを仰ぎ見ると、クルスが優しい顔で微笑んだ。


「いや、僕もローウェンの言うことは間違っていないと思うよ。君はいつも自信無さそうにしているけど……たまに一緒に狩りをしていて、僕でも驚く程の動きを見せるときがある。その時の君は、他の誰よりも美しいよ」


 そう言って、クルスがいとおしげに妻の姿を見る。その言葉を受けて、ナタリアがキュッと唇を噛んだ。


「……私にも、できるかな」

「もちろんだよ。だって君は僕の自慢の奥さんだから」

「うん……ローウェン、私やるわ」

「よく言った。それでこそクルスの妻だ。頼んだぞ」


 ナタリアが拳を握りながらしっかりとローウェンを見据えると、彼は笑いながら頷いた。


「さて、次に欲しいのはやつらの情報だ。現時点で俺達がわかっている情報は、敵の群れのかなめがセヴェリオとジルバという人物ということだけだ。彼らの関係についてお前らが知っていることを教えてくれ」

「私もクロエという人から聞いた情報しか知らないわ。彼女は別の群れの村長の妻だったのだけど、セヴェリオ達の群れに襲われて旦那さんが殺されてしまったらしいの。今は形式上彼の妻と言うことになっているみたいだけど、彼女も彼らのことについてはあまり知らないみたい」


 レティリエが説明すると、隣にいるグレイルも頷く。


「俺は一度やつらと戦ったが、あいつらの連携は確かなものだった。あれは一朝一夕で身につく動きじゃない」

「ええ。彼らは昔から一緒にいるようだとクロエも言っていたようだけど……でも彼らの関係についてはわからないことの方が多いわ」

「ふぅむ……そうなると他の人物から情報を聞き込むしかないな」

「でも……誰に聞けば良いのかしら」


 レティリエが首を傾げると、グレイルがハッとしたように顔をあげた。


「俺達の群れから少し離れた場所に小さな狼の村があるのは知っているか? あそこにクロエの子供が預けられていて、ジルバのことを知る女が一人いた」

「なんだと? それはかなり有益な情報だな」


 グレイルの言葉を受けてローウェンが目を輝かせる。小さな狼の村、と聞いてレティリエも思い当たることがあった。


「もしかしてそこは、グレイルが私に隠れているように言っていた村と同じかしら。その村に入る前にセヴェリオとジルバに見つかって連れ戻されてしまったけど、考えてみればあそこに二人だけがいるのは不自然だわ」


 レティリエの姿を見て驚く二人の顔を思い出す。あの時はレティリエもパニックになってしまっていたのだが、新たに攻める群れを偵察に行くにしては彼らはあまりにも堂々としていた。本来であれば、他の群れの狼が縄張りに入れば交戦になることが多いからだ。

 二人の話を聞き、ローウェンが唸った。


「なるほど。その村に聞き込みにいく価値はあるな。レティ、グレイル、お前らに頼めるか?」

「あんたは行かなくていいの? ローウェン。戦況を把握して指揮を取るならあなたも一緒に行った方がいいんじゃないかしら」


 レベッカが提案すると、ローウェンは微笑んで首を振った。


「いや、こういうのはレティの方が得意なんだ。俺は大局を見て全体図を把握するのは得意なんだが、ささいなことに気づいてそこから理論を組み立てるのはレティの方がうまい。俺とレティリエは頭で戦うタイプだが、ここもそれぞれ強みが違うんだ」


 ローウェンが確かな目でレティリエを見つめる。レティリエもその強い眼差しを受けて、コクリと頷いた。


「わかったわ。必ず私達にとって有益な情報を掴んでくる。私とグレイルが一番状況を理解しているし、私達二人が見知っている情報もそれぞれ異なるもの。二つの目で見れば、きっと何かつかめるはずだわ」

「決まりだな。じゃあ、おのおの自分の役割に注力してくれ。俺達の力を見せつけてやろう」


 ローウェンの言葉を皮切りに、それぞれ自室へと戻っていく。きたる決戦の時に備えて、それぞれの役割をしっかりと見据えながら──

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