第7話

 フロランが少し席を外した隙にレインニールの姿が消えた。

 一緒にテーブルについていたコルネイルに非難する表情を向ける。

「どこに行ったか、聞いた?」

「知らねーよ。いろいろ事情があるんだろーよ」

 あれだけ食べれば。


 フロランが用意していた食事は、ほとんど無くなっていた。

 さすがにコルネイルが気を利かせて、他のテーブルへ回したものもある。けれども、レインニールは出されたものはきちんと食べていた。

 そうなれば、当然、言わずもがなである。

 それを察して、コルネイルは好きにさせたのだ。


 納得していない顔でフロランが周りを見回す。

「てか、お前。何持ってきたんだよ」

「え?プリンだけど、コルネイルも食べる?」

 ワゴンを押して戻って来たフロランは可愛らしく首を傾げる。

 コルネイルは頭を抱える。

「何でプリンにクリームやらフルーツやらチョコがのってるんだよ」

「美味しいわよ?」

 空腹ならな!

 絶望を通り越して呆れ果て、いつも巻き添えにされるおのれの身を憐れむしかなかった。



 ふわりと暖かい風が髪を揺らす。

 頬にかかるそれを耳にかけ背中へ流す。

 ドレスの裾がふわりふわりと草の上をそよぐ。その様を何気なしに眺めてしまう。


 近くを小川が流れ、遠くで小鳥の鳴く声がする。

 耳を澄ましていると誰かが近づいてくるのが分かった。


 音だけでなくとも誰が向かってきているかすぐに気が付いた。

 たまたまなのか、自分を探しに来たのか、おそらく後者だろうとレインニールは察して顔を上げた。


「こんな所で待っていてもお前の望む者は来ないだろう」

 レインニールが背を預けている大樹はその昔、聖域が作られたころ待ち合わせに使われていた場所だった。

 思い合う二人が目印にした木は伝説になり今も語り継がれている。


 ゆっくりと相手を確認する。

 地の礎、アレクシだった。

 彼は眉をひそめ、不機嫌をあらわにした。

「陛下がお待ちだ。中庭に戻れ」


 動かないレインニールにしびれを切らしたのか、アレクシは彼女の肩に手を伸ばす。

 しかし、わずかなところで身を翻したため、捕まえることが出来ない。

 向かい合う形になったアレクシは唇を噛む。

 レインニールが睨んできたからだ。


 まるで警戒心むき出しの子猫のような態度に、一度、ため息を吐いて首を振る。

「レインニール、いい加減にしないか」

 取り押さえようと再度、腕を伸ばせば、今度は背を向け目の前の小川に入り込んでいく。


 ハイヒールを履いているにも関わらず、ドレスのスカート部分を摘み上げ小川の中央まで進んでからアレクシへ向き直る。

 止めようと手を伸ばしたままの状態で、アレクシは固まっていた。


 彼も盛装をしている。就任式に出席するため礎らしい威厳ある姿に仕える者たちが整えてくれた。そのため、小川に入るのに躊躇した。

 見越していたのか、レインニールは見下すような冷たい笑みを浮かべる。


「ご心配なさらずとも、昔のような愚かな真似はしておりません。ご安心くださいませ」

 小川の中にいるレインニールのドレスは水を含み、色が変わり始める。

 それを気にする様子も見せず、優雅な礼をして顔を上げる。


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