第21話 旅へ ⑧
「まだ安心するな。森までは走れ」
ロチカは絞り出したような声で言った。
はっと気づいたように我に返り、部隊は先へと進んだ。
森に入ってすぐに一同は倒れこんだ。オリーは何とか息を整え、再び衰弱したロチカを支える。
「あれは何だったの?」
キャチューがロチカに説明を促した。ロチカの発言、それから実際見た獣。皆がロチカを見た。彼以外に誰がこの状況を説明できようか。しかし、ロチカは首を振った。
「わからない」
「わからない?」
戸惑いの声が上がる。
「だが、人間界の生物ではない」
「じゃあ、何界なの?」
「魔法界だ」
「は?」
流石に困惑の表情が一同に広がった。誰かが舌打ちをし、雰囲気が一段と悪くなる。
「おい、自称魔法使い。今はふざけていい場面じゃないぞ」
ファンが鬼の形相でロチカを睨みつけた。
「ふざけていない」
「普段ろくに仕事もしないくせに、邪魔だけはするのか」
「おい!」
オリーが立ち上がった。
「なんだ、オリー。この裏切り者を擁護するのか」
「ロチカは何もしていない!」
「いいや、言葉を濁してこいつは逃げている。間違いなくあの化け物はこいつが俺たちを殺すために送り込んだものだ」
「ちげぇよ!」
怒鳴るオリーの両肩をファンが掴む。
「オリー、冷静になれ。こいつは普段の生活から怪しすぎるだろ。昼は喋らず、夜はテントにこもったまま出てこない。そんな中、急にあんな獣が襲いかかってきた」
「もう一回言うぞ。ロチカは何もしていない」
「だとしても、こいつがいなかったら獣はきていない」
「何が言いたい」
「ここで殺そう」
オリーがファンの首を掴んだ。
「お前こそ、ふざけてんのか!」
そのとき、カスイが叫んだ。
「また何かきたわ!」
部隊に再び戦慄が走る。オリーとファンも手を引っ込めた。
「またあの化物か」
「違う……」
次の言葉を言う余裕はなかった。曇天の空から降り注ぐ、黒い数多の飛行物体が皆の視界に入ったのだ。
ロチカはうなる。
「クロガラか……」
今の俺じゃ無理だ。クソ。あんな最下級の魔物に、俺はこんな感情を抱いてしまうのか。王よ、こんなに弱った俺を、人間どもに侮蔑の目で見られる俺を見て何が楽しい。どうしてだ。どうして俺から力を奪った。
いい、もううんざりだ。
立ち上がることもなくただ木にもたれかかったロチカ。瞳を閉じた。
だが、やかましい声がロチカの頭を叩いた。
「ロチカ、さっさと指示をよこせよ!」
オリーに続きキャチューも叫ぶ。
「あいつを知ってるんでしょ。何か教えなさい」
ロチカは目を見張った。
「ロチカ!」
「ロチカ!」
他の皆も口をそろえてロチカの名を呼ぶ。逃げ出す者はいない。武器を構えて、迫ってくるクロガラから目を離さず、ロチカの指示を待っている。背を向けているファンも、部隊の誰一人として諦めている者はいない。
不意にロチカは、この場にそぐわないような温かさを感じた。
ロチカの口は動いていた。
「奴らは音で狙いを定める。個々に襲われると厄介だ」
「じゃどうする」
「敵を一ヵ所に集める。誰か一人だけ、大声を出せ」
「よし皆、それなら俺に任せろ。大声は得意だ」
オリーがクロガラの群れの真正面に立った。キャチューの命令でその他の仲間がオリーの周りに集結。
「銃は使うな、剣で刺せよ」
クロガラに囲まれる展開になる。そのとき、一方向しか攻撃できない銃よりも、全方向攻撃できる剣の方がよいのだ。ロチカの指示に従い、銃剣や短剣を構える一同。互いの間隔を調整する。
「互いに助け合え、守りあうんだ」
ロチカも戦いたかったが、体が動かなかった。木に寄り添ったまま、頭だけを働かす。
「カスイ」
一番小さな女性がロチカの元に転がってきた。恐怖を感じているものの、決意を決めたような顔をして、銃剣を抱えている。
「止めても無駄よ。私も戦うわ」
「止めてるわけじゃない。やってほしいことがあるんだ」
「え?」
「燃えそうな木の枝を集めてくれ。なるだけ多く、早く」
カスイは少し嬉しそうに頷いた。
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