第18話 旅へ ⑤

 ファンとジェイ&アールが再び睨み合っていた。


 キャチューに言われてから数日間は白人も大人しくしていたが、ほどなくしてまたカスイあたりにちょっかいをかけ始めた。

 キャチューは料理当番を白人ペア、黒人ペアにするなどして人事を工夫し、何とか大事にならずに数週間は持っていたのだが、ただの時間稼ぎにしかならなかった。ジェイ&アールの質が悪い行動に痺れを切らしたファンが、ついに二人に詰め寄ってしまったのだ! 無論、ジェイ&アールもそれを望んでいた。

「もうお前たちの行動を見過ごすことなどできん。痛い目に合わせてでもわからせる」

「フン、わからせるのはこっちの仕事さ。俺たちだってこの瞬間を待っていたんだぜ。白人と黒人の差をここではっきりと知らしめてやる」

 ファンの体格はかなりよく、ジェイ&アール二人揃ってようやく均衡がとれるくらいだ。

 今にも野営地が爆発しそうだった。

 しかし、今回はその場に偶然オリーがいた。他の人々がビビッて三人の間に割って入れない中、オリーは堂々と三人の間に入って喧嘩を中止させようとした。

 オリーは白人である。酒場で働いていたこともあり、白人至上にまみれた生活をしていたので、それが自分の一部になっている一面はある。だからこの部隊を見て驚いたのだが、彼自身が特別自らの肌色を誇りに思っているということはない。何故なら彼もまた、暴走という特徴で時として虐げられる側の人間になることがあったからだ。ましてや最近はどの人種にも属さない謎の魔法使いと一緒に行動をしている。白人だ黒人だ女性だと人を分類するようなことは、オリーにとって面倒くさいことになっていた。今この場は、白人と黒人が言い争っていることが問題なのではなく、喧嘩をしていることが問題なのだ

「あ、何だよ、オリー。お前、白人のくせに黒人の味方をするのか」

 ジェイが突っかかる。

「そういう意味じゃないさ」

「じゃあどういう意味だよ」

「喧嘩なんてするなと――」

「どけ、オリー。中立のフリをするな。お前も所詮白人。俺を侮蔑していることくらいわかっている」

 ファンも頭にきている。

「ひどい」

 オリーの心は傷ついた。

 ファンがオリーの制止を振り払ってアールの胸倉を掴んだ。アールは睨んだ。

「今すぐ、その汚い手をどけろ」

 今回はアールも引き下がらない。本気でやる気だ。

「お前らが二度と汚い手口を使わないと約束するならどけてやる」

「黒人が白人に向かって命令するのか?」

 アールはファンの顔面に唾を吐いた。

「お前らは大人しく俺ら白人にひれ伏してればいいんだよ!」

 ファンが大きく舌打ちをする。場の雰囲気が変わった。始まる。

「私たちは、仲間よ!」

 脇から勇気を振り絞ってカスイが叫んだ。皆が顔を向ける。

「自由を手に入れるために一緒に戦っている、大切な仲間。争う必要なんてない!」  

 散々に嫌がらせを受けてなお、彼女の声に震えはなく、透き通っていた。

 もちろん、白人が大人しく聞くわけがないが。

 ジェイが金切り声を上げる。

「仲間だと、白人様とお前らがか? 笑わせるな。お前らは白人の奴隷なんだ。道具なんだ。喋る道具なんだよぉ!」

 言いすぎだった。しかし、周りの白人たちは声を上げて賛同する。

「こいつ、言ったな!」

 ファンが叫び、他の黒人たちも激昂。

 今回ばかりはキャチューでもどうにもならなかった。暴言が飛び交い、熱が高まる。

 ついに、ファンが怒り狂って拳を繰り出した。

 しかし、オリーがそこに割って入った。幸か不幸か、その拳はオリ―の顔面に深々と突き刺さる。地面に倒れるオリー。地面に顔がめり込まん勢いであった。

 最初観衆は盛り上がったが、急に黙った。何かのスイッチが入ったかのように、オリーの周りの空気が淀み始めたからだ。

 ちょうど、水を浴びにテントから出ていたロチカが異変に気がついた。驚いて叫ぶ。この任務中にこの雰囲気を感じるとは思わなかった。

「おいおいおい、オリーが暴走するぞ」

「暴走?」

 キャチューが尋ねる。

 次の瞬間、オリーは地面を殴っていた。

 轟音鳴り響き裂ける地面。オリーは暴走してしまった。

「何だ、コイツ!」

「どうした急に!」

 ひたすら地面を殴り続けるオリ―。声をかけても聞こえた様子を一切見せず、手を血だらけにしながらも動きを止めない。狂気じみている。ファンたちの顔もさすがに引きつっている。

「こいつ、自分で自分を殺す気か!」

「止めろ、オリーを止めろ!」

 オリーの豹変に直面し、観衆の声が一致した。

「よし、ジェイ、アール、腕を押さえろ」

 叫ぶファン。しかし、二人は抵抗した。

「お前が命令するな、お前がオリーを怒らせたんだ。お前が責任をとれ」

「そんなこと言ってる場合かよ」

 すると、オリーがファンを掴んで投げ倒した。ジェイとアール、喝采。

「おぉ! いいぞオリー、もっとやれ。下僕たちに白人の恐ろしさをわからせてやれ!」

 するとオリーはジェイとアールの首も掴んだ。

「何で?」

 喚く二人を、オリーは散々に振り回した挙句投げ飛ばした。ファンの上にジェイとアールが積み重なる。

 観衆の中に恐怖が走った。次はこっちか。しかし、二人を投げ飛ばしたことで満足したのだろうか。彼の暴走はそこで奇跡的に終わった。

 オリーは肩で息をしている自分に気がついた。目の前の光景に唖然とする。倒れてうめいている三人に、えぐれている地面。血だらけの腕に、恐れおののいている仲間たち。

「……まさか、また」

 キャチューが近づいてきた。まずい、弁解せねば。

「違うんです。これはその、決して彼らが憎かったということではなく、ただ単に……」

 キャチューはそのまま右手を上げ、親指を立てた。

「ナイス」

「……へ?」

 投げ飛ばされた三人は、仲良く同じテントで数日間寝込んだ。

 それ以来、少し大人しくなった三人であった。


「オリーを怒らすくらいなら、喧嘩しない方がマシだ」

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