第6話 交錯そして開戦 ①

 銃声が鳴り響いた。

 植民地側、イギリス側。両者に戦慄がほとばしる。

 この一発が、開戦の合図だ。

「撃てぇい!」

 イギリス軍の少佐が声を荒げた。訓練の成果もあってか、先に動けたのはイギリス兵だった。

 先手必勝、銃弾の雨が植民地側を襲う。弾が土をえぐり、家屋を貫く。立ち込める土煙、飛び交う怒号。

「応戦しろ!」

 誰かが叫び、植民地側も応戦する。

 オリ―は咄嗟に身を伏せ、匍匐前進で植民地側が作った即席の壁にもぐりこんだ。銃弾が容赦なくあたりを連打する。目の前で一人が撃たれ、仰向けに倒れた。ゆすって声をかけるがもう何の反応もない。即死のようだ。オリ―はうめきながらもその男の銃を持ち、応戦する。土煙でどこに敵がいるのかわからないが、とにかく前に向かって撃ちまくった。

 一方、ロチカ。冷静だった。凄まじい戦争をいくつも経験してきたのだ。規模が小さすぎて慌てる要素はない。

 ロチカはどちらに加勢すべきか迷っていた。迷っている間に戦局は大いに動く。

 人数と経験、どちらも元々イギリス側が勝っていた。それに加え、先手を取ったのもイギリス側。強そうな態度を取っていたのにも関わらず、植民地側は十分弱で抵抗という抵抗もなく崩壊した。

「退却だ。退却しろ」

 どこからか声が聞こえた。オリ―は大声で言い返す。

「まだ戦える、逃げるのか!」

 オリ―の耳元を銃弾がかすめた。もはや応戦しているのは自分しかいない。

「いや、退却しよう」

 植民地側は散り散りになって逃げた。村の住民たちも慌てて逃げ惑う。イギリス軍の高笑いが村に響いた。

 誰かがロチカに言った。

「お前も逃げろ」

 ロチカは素直にそれに従い、集団の後についていくことにした。

 オリ―は逃げながら共に逃げている男に喚いた。

「ここでこんな簡単に敗走していいのか。いいや、ダメだ。君もそう思うよな」

「君は誰だい?」

「もっと戦うべきだった。今失った命はどうなる、無駄にする気か?」

「待て、君は誰なんだ?」

「だけど俺はいたって冷静だ。きっとまだ作戦があるんだよ。これは意味ある退却だと思うね。おい、ジャック、心配するな。俺を信じろ」

 オリ―は笑顔で自分の胸を叩いた。

「ジャックって誰だ。お前は誰なんだ!」

 植民地側はコンコードに逃げ込んだ。


 調子づいたのはイギリス側。少佐は意気揚々と軍をすすめ、銃や剣で家々を破壊した。この部隊は先遣部隊であったので、後ろから本隊が到着するのであった。

 本部隊の将軍トーマス・ゲイジがレキシントン村にやってきた。

「ゲイジ将軍、やりましたよ! あいつら一瞬でビビって逃げていきましたぜ、植民地らしいで逃げっぷりですな、ハッハッハッ」

 得意げに少佐はゲイジに言った。しかし、ゲイジは少佐を怒鳴りつける。

「お前は馬鹿か。何でこんなところであぐらをかいている。武器はコンコードにあるんだぞ」

「え? ここコンコードじゃないんすか?」

 ゲイジは呆れすぎてうなだれた。

「ここはレキシントン。そして今のはたかが前哨戦。本命はコンコードだ。すぐに軍を進めるぞ」


 コンコード。

 あらかじめイギリス兵が武器と弾薬を押収しに攻めてくる可能性は考慮していた。そのため、コンコードでは既に武器と弾薬を隠す作業が進んでいた。しかし、まさかこんなに速くイギリス兵が襲いにくるとは夢にも思わず、まだ完全には作業を終えてはいなかった。

「急げ!」

 レキシントン急襲の報が入り、コンコードは朝から荒れた。全ての人が家から飛び出し武器を持ちだす。ありったけの馬にありったけの武器を積ませ、各都市に武器を分散させる。急いで地面に穴を掘り、そこに武器を埋める人々も多くいた。やることがない人はいない。各都市に救援を伝えるべく、とにかく音を出し続ける必要があったからだ。ラッパを吹きならし、銃を空に向かって高らかに撃つ。火を起こし狼煙をあげ、太鼓を壊さんばかりの勢いで叩くに叩く。

 そんなやかましい音にも負けない声が響き渡る。

「きたぞ!」

 レキシントンから逃げてきた村人たが無我夢中でコンコードに向かって走り、その背後から、赤い軍勢が弱った獲物を捕らえる狩人の笑みを浮かべて追いかけていた。

 オリ―も懸命に走った。すぐ足元に銃弾がかすめる。冷や汗と本物の汗で、服が体にまとわりついた。

 隣で走っていた男の足に弾が直撃した。相当な不運の持ち主だ。声を上げて崩れ落ちる男。それを見て、オリーはすぐさま男を担いだ。

「いい、離せ」

 と男は叫ぶが、オリ―はそれを聞いて笑った。

「心配するな、ジャック、俺の走りは天下一だ」

「俺はジャックじゃねぇよ」

 コンコードの現場はますます混沌と化す。レキシントンから逃げてきた者たちもすぐに武器の隠蔽に参加し、騒音が膨れ上がった。逃げろ、戦え、という二つの単語がそこら中に転がっていた。すべきことを終えた人々はその二つの言葉に挟まれ、意味もなく右往左往し始めた。

 そんな中。

「戦える者はこちらにこい」

 と言う者が現れた。図太い声をした勇ましい男だ。その図太さに信頼を置き、戦う意志ある男たちは武器を持ってその図太い男に従った。

「その他の者は逃げろ。死ぬなよ」

 図太い男の集団はコンコードから出て川へと向かった。その他の人々はどこかへ逃げるか、どこかへ隠れる。

「いいのか。コンコードを放棄して」

 と誰かが言った。図太い男はにんまりと笑みを浮かべて大丈夫だと言う。

「奴らの狙いは武器と弾薬だ。探すことに熱中してしまえば、自然とほころびは生まれるさ」

 ロチカは図太い男の集団に紛れていた。この時点で彼は今のところどちらに加勢する気もなかった。例え弱体化した自分でも、戦局を大いに変える役割を担うことができると判断できたからであった。まだ見極めなければならない。というか、人間の戦い方、心情、垣間見える魔法界との文化の違い、そういったものをもっと吸収したい気持ちが強かった。

 どちら側につくのか、あるいは、戦争に参加しないのか。

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