第42話 お願い

 「めっちゃ似合うじゃん!」


 「そ、そうかな…」


 文化祭の二週間前。


 私は、茶坂先輩に、スマホの画面を向けながら、照れくさくなりながらも顔が歪ん

でしまうほどに喜ぶ。


 一人で熟考していたコスプレの案は、先輩が評価者になってくれただけで、凝り固

まった思考が面白いくらいに柔軟になり、滝のようにアイデアが湧きだした。


 小説と同じくらい、母親の姿見に移る自分に食い入ることになるとは思いもしなか

った。


 「先輩は、どっちがいいですか?」


 「どっちでもいいよ」


 「もー、適当」


 緊張して聞いてみたものの、相変わらず彼は軽々と冗談を飛ばす。


 「どっちもかわいいから、決めきれないや」


 直後に放たれた優しい声音が、とても嬉しくて、目を合わせられなかった。


 本当に、優しい人。


 でも、千夏ちゃんの時みたいに、騙されたくないから、慎重に、彼と仲を深めてい

きたい。白木くんだってそうだ。あの日の『彼』だと信じていたのに、裏切られたよ

うな気持だった。


 私だけが、彼の特別になれたと、勘違いしてしまっていた。


 なによ。


 目黒唯奈なんて…。


 私は、彼にとっては、何番目に必要な人なんだろうか。


 目黒唯奈の次? その妹・目黒唯花の次? 青島さんの次? 蓮井君の次? 千夏

ちゃんの次? あの時庇った男子の次?


 茶坂先輩に掛けられた優しい言葉とは比にならないくらいに、胸が締め付けられる

ように苦しかった。


 遠くの席で、目黒唯花と楽しそうに話す白木くんが、幸せそうで、その光景を目に

する度に、胸の奥が絶望の業火に焼き尽くされてしまうようだった。


 「…ねばいいのに…」


 「どうした?」


 視界にひらひらと揺れる茶坂先輩の手で、ようやく正気に戻った。


 「いや、何でもないです!」


 「ああ、そう? それならいいんだけど」


 察しのいい彼には、何でもない訳がないことくらい把握しているだろう。


 この人は、本当に優しい人だな。


 「春流ちゃん」


 すると彼は、妙にあらたまった面持ちで私の名前を呼んだ。


 「お願いが、あるんだ」


 「えっ…、何ですか?」


 いつもにこやかに笑う彼が、真剣な顔つきで私を直視する。思わず目を逸らしそう

になった私は、急に黙り込んだ彼の、言葉を待つ。


 三秒くらいだろうか。店内の私たち二人だけが沈黙になり…。


 彼は、ようやく口を開いた。


 「俺と一緒に、ベストカップルに出てほしい!」


 そう言いつつ、深々と頭を下げる先輩。


 あまりの驚きと困惑に、私はその場で卒倒しそうになった。


 


 ベストカップル。


 文化祭の恒例行事にして過半数の生徒たちからは人気がある企画。


 私には無縁だと思っていた行事が、気付くと隣り合わせにいた。


 適応できない程の急展開だったが、私の答えは、OKだった。


 普段の私らしからぬ即決を促したのは、もはや言うまでもない。


 見返したかった。


 あれほどまで一緒に行動を共にしたのに、ヒロインになれなかった私は、白木くん

に思い知らせてやりたかった。


 でも、それでは茶坂先輩を利用しているようで気が引けるが、どうしても、見せつ

けてやりたい、見返してやりたい思いに、心は突き動かされた。


 「ありがとう!」


 真っ暗になった帰り道で、彼は本当に安堵しているような様子だった。


 静謐な秋の夜風に一抹の寂しさを感じる。私は、この季節の夜が、好きだった。こ

の些細な寂しさと涼しさが、私の心をくすぐるように、むず痒くて、それがまた良か

った。


私は、申し訳なさと、小さな復讐心を抱えたまま、本番三日前の夜道を運命の人にな

りえる人と、歩いた。

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