終章 桃井春流は、選ばれたかった

第39話 羽虫

 白木くんが過去を乗り越え、学校に戻ってくるようになった翌日。


 埋め尽くされた黒板のそばには、教師ではなく、生徒が立っていて、文化祭の実行

委員として私たちに提案する。


 箇条書きされた内容たち。


 私には、それはもう、どうでもよかった。


 うちのクラスの連中は、つまらない。文化祭だというのに、盛り上がる気配がな

い。クラスの出し物だって、ステージではなくクラス展示を引き当てる辺り、つくづ

く持っていない。


 地味なクラス。


 女子も、男子も、派手さのないやつらばかりで、一番明るいと扱われている連中だ

って、学年全体の枠の中で比べると十分すぎるほどに地味な部類だ。それなのに、自

分たちがさも主人公やヒロインになった気分で場を仕切るのがたまらなく寒いし、う

ざい。たったの三十人余りの狭い空間で威張り散らして、バカみたい。


 私は、いつだって苛立っている。


 このクラスにも。


 このクラスの空気に逆らうことが出来ずに、そのまま流されていく私にも。


 黒板の中の、箇条書きたちだって、きっとつまらないに決まってる。擦り減るチョ

ークが無駄だし、つまらない発想を促す文字を消すための時間と労力がもったいな

い。


 そう思っていたのに、私の視線は、黒板の中の隅にある一行に、釘付けになってし

まう。


 私が、私のことが嫌いだ。


 光を求める羽虫のように、目が、心が、あれにしろと、求める。乞うように、願

う。


 多数決を取る。


 地味なクラスの地味な連中は、きっと、これを選ぶだろう。


 私と同じ、光を求めて。


 まるで示し合わせたかのように、文字通り、満場一致で決まった。


 「じゃあ、僕たちのクラスは『コスプレ』で決定ね」


 地味なクラスの中では派手な部類に入る男子が、何ともご満悦な表情で言った。




 「へえ~。桃井ちゃんのクラス、コスプレすんの? 面白そう!」


 夕方、いつもの四人で学校から帰る。千夏ちゃんが、いつものように溌溂とした声

音で笑いかける。


 「確かに斬新だな。どんな格好すんの?」


 「ええと…、それはまだ決めてないかも…」


 蓮井君が、いたずらっぽく笑いながら、


 「そういうのはさ、結構大胆に攻めた方がいいんだぜ? こう、なんか…派手に

よ、肌とか晒しちゃってよ!」


 「もう~、のぶくん!」


 千夏ちゃんが、蓮井君の頬をつねる。


 「分かった、ごめんってば!」


 痛そうに顔を指から遠ざける蓮井君。


 「な、なあ、圭からも何とか言ってくれよ」


 「あ、ああ。ええと、僕は、あんまり…」


 話を振られた白木くんは、反応が悪かった。言ってしまえば、私の話なんか興味が

なさそうに、チラと一瞥しただけで、その後は私の目を見向きもしなかった。


 さらに、


 「あれれ~、白木くんは、そういうの好きじゃないの~? 私はてっきり~」


「なっ! やめろっての! 自分の彼氏には誠実を望んでるのに、僕は変態扱いか

よ!」


「のぶくんはいいの! あんたみたいなむっつりスケベなんか、一番いやらしいんだ

からね。唯奈ちゃんも白い目してるわよ?」


「お前、冗談きついっての!」


「ははっ、チナツの言う通りかも。唯奈ちゃんってむっつりが好きなんだな」


「信隆まで! むっつりじゃないっての!」


「…」


疎外感。


 黙ってみているしかなかった。


 彼らの、人間としての器が大きいところが、羨ましかった。


 今はもういない、目黒唯奈の名前を出しても、白木くんは嫌な顔一つしてなくて、

むしろその場に、目黒唯奈がいるようで、そんな雰囲気に白木くんはどこか楽しそう

だった。


 目黒唯奈。


 白木くんの、大切な人。


 「春流ちゃん?」


 心配そうに小さな私を覗き込む綺麗な顔。


 「どうした?」


 「あっ、いや、何でもない。ちょっと季節の変わり目で疲れてるのかも」


 「ああ、そうね。急に寒くなったよね。お互い風邪ひかないようにね」


 「うんっ」


 体調不良に、見えてくれただろうか。


 不機嫌に、見えてなかっただろうか。


 三人の顔色を探りながら、今日も私は作り笑いを貼りつけた。

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