第37話 同じ

「だからさ、私は私のやりたいようにやるだけよ」


 僕は、泣き出しそうになった。


 『人殺し』の事実に対して、まるで最初から知っていたかのようにほとんど驚かな

かった彼らは、それでも僕の友達でいてくれると、宣言した。


 さっきまで決め込んでいた決心が、揺らぐ。


 人を、唯奈ちゃんを殺した僕が、幸せになっていいわけがないのに、目の前の『仲

間』の存在が、僕を希望へと導く。


 いいのかな。


 唯奈ちゃん。


 僕の声が届くのなら、今この光景が見えるのなら、君は、許してくれるかな。幸せ

になっても、いいのかな。


 「うっ…。…っああああああああああああああ!!!!」


 抑え込んでいたものが、決壊し、なだれるように大粒の涙と情けない声が漏れた。


 あの時、事実を知った瞬間の悲しみと同じくらい、抑え込んでいた感情が爆発して

止まらなくなった。


 崩れ落ちて、地面に手と膝、頭を付けて、背中を丸くて、泣きじゃくった。






 「白木」


 「圭坊」


 「白木くん」


 泣き止むと、今までのしかかっていた重圧のようなものが消え去ったように身体が

軽かった。


 悪寒を誘う九月の風は、今となっては清々しいものに変わっていた。


 「ありがと…」


 照れくさくて彼らの顔を直視できないまま、感謝を述べる僕に、誰も文句は言わな

かった。


 ノートを見せよう。


 ポケットに入った鍵に意識を注ぎ、覚悟を決めた。


 彼らは、僕を『人殺し』だと知った上で、それでも僕のことを信じてくれた。だか

らもう、隠す必要はない。


 唯奈ちゃん…。


 真実がつづられた、あのノートを、僕は彼らに見せ…。


 閉めていたはずのドアが、開いた。


 「っ!?」


 開かれたドアを越えて、こちらへ向かってきた。


 怨霊のごとく、ゆらゆらと浮遊するように、駆け寄る『彼女』に、背中を向ける三

人は気付かない。


 次に、騒がしい音が響いた瞬間、


 「どうした?」


 「白木くん?」


 三人が、後ろを振り返ろうとした時には、もう遅かった。


 彼らの隙間を通り抜けた小さな体は、僕に向って手を伸ばし、後方へと押し出し

た。


 フェンスのない、後方へと。


 足元の低い出っ張りに足を引っかけ、体勢を後ろへ崩す。


 途端、唯奈ちゃんの姿をフラッシュバックする。


 体勢を崩し、高い場所から落ちた彼女の、死。


 良かったのかな。


 これで、良かったんだな。


 報いは、来た。


 やっぱり、死んだほうがよかったみたいだね。


 同じ死に方で、同じ痛みを知ることが出来るよ。


 むしろ、君よりも二年余りも生きてたこと、謝るね。


 唯奈ちゃん。


 仰ぎ見る空は今まで見てきたどんな景色よりも壮大で、爛漫で、綺麗だった。


 死ぬ前に、唯奈ちゃんによく似た、唯花ちゃんの顔が見れて、良かった。





 空を仰いだ直後、僕は背中に圧力を感じ、進行方向とは別の方向に押し出される形

になった。


 代わりに、何かが、いや、誰かが落ちた。


 僕を殺しに来た唯花ちゃんを追いかけるように足音を鳴らし、その足音の主は屋上

から転落しようとする僕の方へとやって来た。


 誰かが、僕を助け、代わりに落ちたのは明白だった。


 では、いったい誰が…。


 僕は咄嗟に下の地面に目を注いだ。


 もしかして、青島さ…。


 違った。


 『チカラ』に絶望し、『チカラ』による万引きを行った頃の旧友にして悪友が、固

いアスファルトに横たわっていた。


 「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 結果的に、別の相手を突き落としてしまった唯花ちゃんは、翔の友達だった僕以上

に取り乱し、不安定な走り方で、屋上から階下へと逃げるように走り去った。


 「翔…。なんで…」


 突然の惨事に感情が追い付かなかった。


 ただ、脳内の回路が上手く稼働しておらず、下にいる彼を呆然と見るばかりだっ

た。

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