第四章 三人は、白木に会いに行く

第29話 回想

 夏休みが空けると、二学期が始まった。


 「よお! 元気か?」


 坊主頭の男子たちが三人そろって、朝っぱらから暑苦しく俺に声を掛けてくる。態

度は、自分たちの要望を叶えることに必死なせいか、ひどく下手から出ている。


 「戻ってくる気ねえのか?」


 「ああ…、まあ…」


 夏休みに一回も顔出してなかったんだから戻ってこないに決まってるだろ。諦め

ろ。


 「どうなんだよ?」


 どうなんだよ、って、雰囲気で察しろっての。


 「あの時は、俺たちも悪かったからさ」


 俺たち『も』って、なんだよ。


 クラスマッチ以降、かつての仲間たちが俺の復活を祝ってくれるのはありがたい

が、中学での野球は、草野球チームで過ごすことにもう決めていたから、俺はもうこ

の野球部には戻ることはない。茶坂先輩の件など知る由もないメンバーから、勧誘さ

れる。


 求められているというのは嬉しいものだが、やはり野球部にはもう戻る気はない。


 「ほーら、もうホームルーム始まるでしょ? さあ、席についたついた!」


 柏手と張りのある声で、坊主頭たちを追い払うチナツ。


 「ありがとな」


 「うん! のぶくんも、ちゃんと断らないと! また寄って来るよ?」


 「そんな悪い虫みたいに」


 相変わらずのチナツの容赦ない物言いに苦笑するが、ずっと前から寄り添ってくれ

るのは本当に心強くて、いつも感謝している。今では、恋人として幼馴染の垣根を超

えた付き合いをしているが、明るくて立派な彼女がより魅力的に見えて、今までより

も愛おしくなる。


 俺も、強くならないとな、と躍起になる。


 そういえば、実は誰よりも根性のあった白木と、夏休みが始まってから一度も会っ

ていない。その相方の桃井とも、会っていない。


 それは不安だった。夏休みに出かけると言っていた時までは絵文字までつけて返事

してくれていたのに、その数日後には、文字通り、音信不通になっている。


 「それよりさ、白木と桃井ちゃん…」


 「ああ」


 チナツの方にも連絡が来ていないらしい。


 「今日、桃井ちゃんに会ったんだけど、様子が変で、どこか元気がなさそうだった

んだよね。何かあったの? って聞いても、何にもないって。スマホが水没して使え

なくなったんだって。防水を搭載した機種の多いこのご時世に、見え見えの嘘を…」


 「だよな…」


 さらに、最悪な事実を、俺たちは知ることになる。


 夕方、『白木』と書かれた表札が掛かった門をくぐり、玄関のインターホンを鳴ら

す。


 応答した彼の母親らしき人物が、玄関を開ける。


 「ごめんね。圭なら、夏休みの間からずっと、家の中に閉じこもったままなの」


 「えっ…」


 せっかく訪問してくれたのに、と申し訳なさそうに謝る彼女の声は、とても重苦し

かった。


 それから白木は、二学期が始まって二週間、未だに学校には来ていない。







 薄暗い部屋の中。


 窓の隙間から見えた、三人の友人たち。


 大事な、失いたくない存在。


 「もう、僕なんかに、関わるなよ…」


 僕は、特異な『チカラ』を得意げに操った結果、人を死に追いやった人殺しで、大

切な家族を奪ってしまった、クズも同然の人間だった。


 こんな僕には贅沢なくらいに、成熟した彼らが、僕のために、時間を割いて会いに

来てくれている。


 「やめてくれ…」


 ダメなんだ。


 『彼女』を差し置いて、『彼女』を殺した僕が、幸せになったら。


 いつから手に持っていたか分からない、『鍵』を、力強く握りしめる。


 今日で何度目か分からない、過去の回想を、再び頭の中に巡らせた。

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