第28話 害悪

 「じゃあね!」


 「うん…」


 「こらっ! あんまり自分を責めない!」


 「分かってる…」


 駅にたどり着いたころには、午後の三時を過ぎていた。


 厚い雲が、どんよりと空に重くのしかかる。


 「雨降りそうだし、白木くんもリフレッシュしたらちゃんと帰るんだよ?」


 「うん…」


 上の空だった。


 桃井さんの言葉のほとんどが、僕には届かなかった。


 しばらくは家に帰りたくなかった。外をふらふらと歩いていないと、自分の無力さ

に打ちのめされそうで、耐えられなかった。


 僕は、結局なにもできなかった。


 役立たずだった。


 そして、ただの…。


 「人殺し」


 後ろから、刺すような視線を感じた。


 懐かしい声だった。


 耳に入れるだけで、僕の全てを否定しつくすような復讐の闇を感じる『彼女』の

声。


 「あんたなんかに、人を救うことなんて出来ないのよ」


 僕は、後ろを振り向いた。


 「今回の件で分かったでしょ? あんたは、あんたの『チカラ』は、あんたという

存在は、誰の役にも立たないただの害悪でしかないのよ」


 小さな体躯に、大きな目と、それを覆いつくすように濃い睫毛。


 シャツの襟にちょうど触れる長さの黒髪。


 「唯花…ちゃん…」


 口が、辛うじて動いた。身体から震えが止まらなくなる。真夏の西日に照らされな

がらも、寒気が走るのを嫌というほど感じる。


 「馴れ馴れしく呼ばないでくれる? 人殺しのくせに。人の姉を殺したくせに」


 「っ…」


 「まあいいわ」


 少女は、顔を歪ませて笑った。生き返ったと錯覚するほど、『あの子』によく似て

いる顔で、目の前の人殺しに、不敵に笑った。


 「あなたの大事な人も、奪ってあげるから」


 動けない僕を、目もまともに合わせられない僕を一笑し、その場をゆっくりと去っ

ていった。

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