第10話 完成

 『チカラ』が解除されない!

 

どうして!

 

僕は、慌てに慌てていた。昼休みの時間はとっくに過ぎていて、五限が始まっている。まるで人っ子一人いないようなひどく静まり返った空間で、僕は鏡を見つめても無反応な彼女に焦りを覚えた。

 

「変な夢」

「夢じゃないってば!」


 男子トイレの水道で鏡を見せる僕は、音量の小さい怒声で彼女に一喝する。


 「じゃあなに?」


 「『チカラ』だよ」


 「ちから?」


 「そう!」


 僕は、この際だから、言った。実際に、発動してしまったから、その責任を取るつ

もりで、『チカラ』のルールについてをすべて打ち明けることにした。


 「だから、その…ごめん」


 先ほどのアクシデントについて、僕には全く非は無いのだが、僕のような暗い男子

とあんなラブコメみたいなシチュエーションになってしまったことを申し訳なく思っ

てしまったから、謝罪しなければと思った。


 「気分、害したよね? こんな僕なんかに…」


 「へえ、そうなんだ」


 「はあ?」


 「優しいね」


 彼女は、ニヤリと、屈託のない笑みで僕を見つめた。思わず顔が綻んでしまいそう

なくらいに照れてしまい、彼女から目を背けてしまった。


 でも、なんで…。


 「優しくないだろ? 君にとっては不愉快だったことを帳消しにするために『チカ

ラ』を使って、その結果、君は今日一日分の記憶と、大切なもの、もしくは大切な人

に関する記憶を失ったわけなんだよ?」


 彼女の思考が全く読めなかった。


 「バカねえ、あんた。そんでもって自分本位」


 「え?」


 「だって、私のために、その、なに? 『チカラ』ってのを使ってくれたんでし

ょ? だからそれは、あんたの好意から来るもんじゃん? 私のために使おうって」


 「でも、その結果…」


 「結果はどうあれ、良かれと思って頑張る気持ちが大切って話じゃん! …って、

誰かにもおんなじこと言った気がするけど、まあそれはともかく。…ていうか、感謝

すべきポイントが私にはあるんだからね。あの大っ嫌いなカエルみたいな顔の先生の

授業サボれたし」


 「そんなの、全然割に合わない」


「だーかーら、そこが自分本位なんだってば! あんたにとってはちっぽけなことで

も、私にとってはすっごく大事なのよ? あのカエル男の顔を見るだけで不愉快だっ

たんだから。そういう意味ではあんたに救われたかもねー」


 「そんな問題かよ…」


 「そんな問題なの。なーんでもいいじゃない? この際。でも、私にとって最も大

切な人が、あんなのじゃなくて良かった~。潜在意識で惚れてたら危なかったわ。あ

んな油ギトギトガエル」


 口調と、教師に対する非難こそ乱暴そのものだったが、僕は少し、彼女の発言に励

まされるような思いだった。


 「だからさ。あんた目線ばっかりで物事を考えないの。なんでもかんでも、勝手に

自分のせいにして完結させんな、アホ」


 僕は、目を見開いた。


 第一印象の雰囲気で、短絡的で非常識だというイメージが、一気に払しょくされる

くらいに、彼女は達観していた。


 中学生にしては、完成されていた。


 そして、急に僕の肩をポンと叩き、思いもしない発言を僕に放った。


 「この時間さあ、どうせ今戻っても、なんとなく気まずいし、学校の近くのアイス

でも食いにいこーぜっ」


 「はあ?」


 本日、何度目か分からない疑問符を浮かべる僕を無視して、スタスタと、鼻歌を歌

いながら階段を降り始めた。

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