第19話 それぞれの欲望

 クラス委員長選抜戦において王子キングが一票も得る事が出来ずに消えたことにより、他の候補者達はこの戦いの厳しさを知っただろう。そう思って横に立つ男子達を見る。


「デュフフ。一票も得る事が出来ないとは、奴はクラス委員長候補の面汚しよ」

「ふん。所詮奴は王子キングと言ったところで、邪龍を殺した俺と違うただの人間にすぎん」

「奴はロリータ四天王最弱。ここからはそうはいかないぞ」

「いいぞ、これで票が割れる可能性が一つ減った。この調子で俺の番まで票が動かなければ、勝てる!」


 ……ホント、自分の事しか考えない奴等ばっかりだ。


「よっしゃー! そしたら次ぃ! 我こそはって奴前に出なぁ!」

「そしたら次は僕が行こう。クラスを引っ張る委員長というのなら、率先して前に出なくてはいけないからね」


 そう言って爽やかに前に出たのは小さな巨筋きょきんこと大男ビックマンだ。確かに奴は筋肉に異常な拘りを持つ以外、そこそこまともな性格をしているからな。票を持って行かれる可能性がある。


 そう考えると先に投票を行った方が有利なのかもしれない。少なくとも初めて出会った同士の投票ではないのだ。ある程度相手の性格を知っているのだから、わざわざアピールしなくても投票に影響しないだろう。


 そう考えていると、大男ビックマンは黒板にチョークで何かを書き始める。必死に背伸びをして出来るだけ高い位置に文字を書こうとするのは、やつにもプライドゆえか。


 やがて文字を書き終えた大男ビックマンは振り向いて笑顔を向ける。


「僕が委員長になった暁には、この公約を果たすと誓おう」


 公約か。確かに委員長を選ぼうというのだから、人柄以外に公約というのは必要だ。とはいえ、たかが高校のクラス委員長を決める為に公約を出すなんて聞いたこともない。だが、だからこそ注目を浴びることになる。


『朝の読書タイムの撤廃』


 大男ビックマンが出した公約はこれだった。


 朝の読書タイムと言うのは八時二十五分から十分間は本を読むというこの学校の決まりだ。とはいえ、読書タイムとは名ばかりで、教科書を読んだり宿題をしたりと、結構みんな自由にこの時間を使用している。


 その為この時間が苦痛ということなど在り得ず、無くされたところで嬉しくもないのだが……


「代わりにクラス委員長の名の元に、朝の筋肉マッスルタイムを実施しよう」

「……は? 筋肉マッスルタイム?」


 あまりに真剣な表情で言うが、その顔と内容が一致しない。そのせいか反応が一瞬遅れてしまった。


「そうだよ主人公ヒーロー君! 僕は常々思っていた。あの朝の十分間を筋トレに費やせば一月で二十二日。つまり二百ニ十分、三時間半の筋トレが出来るんだと言う事を! 僕は本を読むよりも筋トレしたい! だからあの時間は読書タイムではなく筋肉マッスルタイムにするべきなんだ!」


 全く悪意のない笑顔でそう告げる大男ビックマンだが、結局のところそれってお前の願望じゃねえか! 


「朝の読書タイムは学校で決められた行事。アンタが委員長になったからって撤廃出来る筈がないわ」


 唐突に、腕を組んで妙に不機嫌そうに紗冬シュガーが異議を申し立てる。


紗冬シュガー、それを決めるのは僕達じゃない。そして、僕は委員長になったらどんな困難にも屈することなくこれを実現する所存だ。この件に関しては、例え桜庭教官の折檻を受けても止まる気はないよ」

「くっ」


 大男ビックマンの真摯な表情に、紗冬シュガーが悔しそうに一歩引いた。小さな声で、あの時間は学校内でも堂々と本が読める時間なのに、と言っているが、本くらいいつでも堂々と読めばいいのに。


「僕のアピールタイムは以上だ」


 もしかしたら彼ならばこの学校のルールの一つ変えてしまうかもしれないという期待感がある、そんなスピーチが終了した。


「それじゃあ投票の時間だぁ! 大男ビックマンが委員長に相応しいと思うやつは手を上げてくれぇ!」




 一人、また一人と自分が委員長になったらどう好き勝手するかを語るこのアピールタイム。決してどうクラスを良くするかを語らないところがこのクラスの駄目なところだろう。


 そしてクラス委員長決めも終盤に差し迫ってきた。残っているのは後三人。俺と紗冬シュガー天使エルフだけだ。


 それぞれが己の思いを語ったこのクラス委員長決めだが、そのほとんどが自分の都合のいいクラスを作ろうとしているだけで、わかっていたが誰もクラスの為にとか言うやつはいなかった。


 ――伝説レジェンドの場合。


「俺が委員長になった暁には、このクラスを一致団結させ、過去に類をみない伝説を創り上げようと思う。まず手始めに――」


 色々話していたが、長すぎて途中から誰も聴いていなかった。特にこのクラスを一致団結させての部分でみんな夢物語だろうと鼻で笑う始末。どんだけ自分達が協調性ないのを自覚してんだよこのクラス。


 ――天使ミカエルの場合。


「ぼ、ぼぼぼぼぼぼっぼぼっくが院長になったあかかかかかあ」


 直前まで何か厨二みたいなこと言っていたが、緊張しすぎて何言っているのかわからなかった。噛み過ぎである。そもそも決めてるのは委員長であって院長ではない。当然、天使ミカエルに投票するやつなどおらず退場となる。


 ――不可思議光線の場合。


「我が委員長になった暁には! クラスメイト達のコミュニケ―ションの一環として! 自由にお互いの体に触れ合い! ペロペロし合い! 尊重し合う! そんなクラスを作っていくことをォォォォォ!!!!」


 まだ演説の途中にも関わらず数人の女子によって公開処刑となった。うちのクラスの武闘派の戦闘能力は高い上に容赦がない。一瞬にして『見せられないよ』状態に陥りモザイク処理が必要な状態となってしまった。


 もしあのまま行けばクラスの半分ほどの票が奪われていた可能性が高く、危うく負けるところだった。俺自身、もう少しで不可思議光線に投票してしまいそうだったくらいだ。奴の洗脳光線は本当に恐ろしい。


 ――雲広うんこうの場合。


「不可思議光線……お前の意志は確かに受け継いだ! そう、男なら、紳士なら言わねばならぬ時がある! 俺が委員長になった暁にはイエスロリータ・ゴータッチを信条とし! ロり体型の子を優遇することをここに誓いまぁぁぁぁぁ!!!」


 モザイクが少し大きくなって、その中に放り込まれた。


 ――天使フェリスの場合。


「ワタクシが委員長になった暁には! クラスメイト達のコミュニケーションの一環として! 自由に同性の体に触れ合い! ペロペロし合い! 尊重し合う! そんなクラスを作っていくことをォォォォォ!」


 不可思議光線と雲広うんこうの公開処刑を一時止めて、天使フェリスをボコり始める数名の女子達。当然、天使フェリスも演説途中で退場となったため参加資格を失った。


 人は何故同じ過ちを繰り返すのか。というか不可思議光線にしても、天使フェリスにしても、時折『パンツが見え――ッ!』と喜色の声で言っているがもしかして見えてるのか? 見えてるならちょっとだけ羨ましい。後、雲広うんこうの『せめてロリに蹴られたい!』と言う声に関してはもう末期だと思う。


 今ではこの三人、クラスの扉の前に、燃えるゴミ、燃えないゴミ。変態なゴミと三種類に分類された状態で並べられている。ちなみに天使ミカエルは言いたい事が上手く言えなくて悲しみに暮れていた。


 まあ、正直言えばここまでのメンバーに票が集まらないのは分かっていた。何せ基本オープン変態ばかりである。天使ミカエルはまあ、このクラスで頭角を現すには色々と足りないな。


 本番はここからだ。


「……ハア。ようやくアタシの番かな」


 そう言って気怠そうに教壇の前に立つのは紗冬シュガー。ギリギリまでヤル気などなかったにも関わらず、天使エンジェルちゃんと廊下に出てから急に委員長をやると言いだした。その理由は不明だが、少なくとも表面はマトモな人材である。


 とはいえ、今の彼女はどこか力が抜けている。最初のやる気満々だった姿からすればどうにも覇気に欠けていた。もしかしたら、勢いで委員長をやると言った手前引くに引けなくなってしまったのかもしれない。


 クールビューティーと言うに相応しい彼女の美貌と瞳が真っ直ぐ教室を射抜く。それだけでクラスの雰囲気が一変した。何というか、ドロっとしたように空気が重く、妙な圧迫感が教室を覆った。


「アタシが委員長になったら、席を男子は男子同士、女子は女子同士で隣り合うようにする。このクラスの男子は危ない奴が多いからね。男女が隣同士で机同士をくっつけてたら何が起きるかわかったもんじゃない。その為の処置さ」


 以上、と教壇から離れる紗冬シュガー。これに困惑しているのは俺だけじゃないはずだ。実際、司会進行をしている偉人グレイトも訝しげな顔で紗冬シュガーを見ている。


「おいおいおい紗冬シュガーよぉ! 本当にそれだけでいいのかぁ!?」

「別に委員長の仕事なんて誰がやったって一緒でしょ。だったら、公約だけ伝えとけばいいの。後はクラスの子達が決めてくれるんだからさ」


 すでに投票に興味がないのかそっぽを向いている。やや耳が赤くなっているところを見ると、柄でもないことをしたと恥ずかしがっているのかもしれない。


 しかしそんなシンプルな姿勢が功を成したのか、チラホラと手を上げる者が現れた。


 気弱な性格をしていて男子が苦手な女子筆頭である紅瞳ウサギちゃんと推薦者である天使エンジェル、あとモザイクの中からレズの天使フェリス


 そして男子では女子嫌いの王子キングとホモの大男ビックマンが手を上げて合計五票が紗冬シュガーに入る。


「……ま、こんなもんか。別に、誰かに理解してもらおうなんて思ってないしね」


 少しだけ寂しそうにそう告げる紗冬シュガーを見て、もしかしたら彼女は男子が苦手なのかもしれないと思ってしまった。


 普段の態度からそうは見えないが、そうでなければ席を男子は男子同士、女子は女子同士で隣り合うようになんてしないと思う。


「だからクラス委員長にそんなこと決める権利なんてないんだって。どいつもこいつも難聴か? それとも脳味噌が可笑しいのか?」


 歩木鈴ぽこりんがぼそっと言うが、誰にも届いていなかった。

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