第18話 キング ~悲しい過去を持つ男~

 クラス委員長。それはクラスでもっとも権力を持つ者のみが得られる称号である。その称号を得るためならば、誰かを欺こうが、力を振りかざそうが、脅迫しようが、賄賂だろうが、ありとあらゆる手段が許されるという。


 何せクラス委員長である。


 かつて戦国時代、己が天下を得る為に戦った大名達のように、俺達は命を賭けて戦わなければならないのだ。そうしなければ、待っているのは敗北のみ。


 このクラスは正に弱肉強食。戦う意志のない者は、他者に食い物にされるのが自然の摂理である。


「デュフフフフ」

「うふふふふふ」

「腐腐腐腐腐腐」


 教室の前に立った俺は、横に並ぶ猛者へんたい達を見て、少なくともこいつらには負けられないと思ってしまった。


「さあ!! ここからは選手となった伝説レジェンドに代わってテレビのボリューム60デシベルこと真田偉人グレイトが実況に入らせてもらうぜぇ!!! みんな、よろしくなぁ!!!」

「解説は私、半歩下がってクラスを見る女こと徳川歩木鈴ぽこりんがお送りします」

「おいおい歩木鈴ぽこりん! 声が小せぇぞ!? せっかくの機会だもっと腹から声出してアピールしてみろやぁ!」

「黙れカス」

「……え?」

偉人グレイト君は元気でいいですねって言ったんです。私も生まれ持った持病がなければもっと大きな声で解説するんですけど……ごほっ、ごほっ」

 

 歩木鈴ぽこりんは残念そうな顔をしてから、ワザとらしく口元を押さえる。その姿は正に病弱で薄幸の少女といった雰囲気だ。


 だが自分の声で耳が可笑しくなってる偉人グレイトとは違い、俺達は確かに聞いた。天使エンジェルちゃんとは別ベクトルで毒舌っぷりに俺達は若干引き気味である。


 そもそも生まれ持った持病とか、今どき信じるやつなんて……


「そうかぁ……持病なら仕方ねえ。仕方ねえよ。わりぃなぁ嫌な事を思い出させちまってよぉ……う、ううう……マジで済まねえ……御免、ごめんなぁ……」

「信じるのかよ!?」

「……本気の馬鹿ですね。正直ドン引きです」


 いや、歩木鈴ぽこりん。確かにこんな如何にもタイでムエタイやってました、みたいな色黒の男が大泣きする姿は確かにドン引きだが、そこは罪悪感に駆られるところだと思う。


「さあ、そろそろ時間も押してきているので巻いていきましょうか。正直誰が委員長でも関係ないですし、ちょっと面倒臭くなってきました」

「おい解説」

「何ですか? 恋人に推薦されて、『あぁーやりたくない。本当はやりたくないけど推薦されたから仕方ねえわぁ。マジでやりたくないんだけど、推薦されちゃったし、面倒だけど俺が委員長やらないとなぁ。いや、やりたくないんだよ。委員長なんてさ。ただみんなの立候補と違って俺推薦だし? 推薦された以上、やるのが男ってもんじゃん? なんていうのかな、推薦されるのって、やっぱり自分じゃわからない委員長としての素質? みたいなものがあるって見抜いてもらったって事だしさ。いや、やりたいわけじゃないよ。だけど他はみんな立候補だし、俺推薦だし、ならやっぱ期待を一身に受ける身としてはさ、やりたくないけど、ちょっとは頑張ろうかなって、そう思うんだ。ま、頑張るって言っても本気じゃないけどね。だって俺、みんなと違って委員長とかやりたいわけじゃないし』とか内心で思いながらチラチラしている主人公ヒーロー君?」

「思ってねえよ! チラチラもしてねえよ! そもそも唯一神ゆいかは恋人じゃねえし、どんだけウザい奴だよ俺!?」

「え、気付いてなかったんですか? 主人公ヒーロー君は基本的にウザいタイプの人間ですよ?」

「真顔で言うな本気で傷付く!」

 

 つーか横の変態共! うわこいつウゼェ、みたいな目で見てくんな。思ってねえからそんなこと! 


 確かに委員長やりたいわけじゃない。ここに立ってるのも唯一神ゆいかに推薦されたからだし、この変態達の巣窟の委員長なんてやりたいわけじゃ――

 

「オッシャー! そしたらアピールタイムだぜぇ! 自分こそは委員長に相応しいって事を皆に証明してくれよぉ!」

「――っぅ! 今俺は一体何を考えてた!?」


 偉人グレイトの大声が、俺の思考を遮った。


 何を考えていたかは忘れてしまったが、何か考えちゃいけないことを考えていた気がする。今はそれどころじゃないのに。そう、今は正にこのクラスの委員長を決める大切な会議の時間だ。


 俺は如何にこの猛者達を出し抜いて委員長になるかを考えなくちゃいけない。無駄な思考は命取りになるってわかってる筈じゃないか! 


「ふう……偉人グレイトのおかげで冷静になれた」


 さて、冷静になった今、考えるのは如何にして票を獲得するかだ。チラリと横を見る。


 そこには伝説レジェンド不可思議光線ふかしぎこうせん雲広うんこう天使エルフ天使ミカエル紗冬シュガーといったいつもの変態達と、意外な事に不良の天使フェリスる気満々で立っていた。


 そして、それ以外にももう一人、男子がいる。


 まさかの金髪碧眼。ハリウッド俳優かお前はと言わんばかりの超絶美形な爽やかボーイ。イギリス人とのハーフである彼の名前は黒板に書かれている通り、王子・ブライアン。


 確かにキラキラネームであるが、彼なら王子と言われても違和感のない。なにせオーラが違う。もう遠目から見てもキラキラ輝いているレベルのイケメンなのだ。


 普通の学校なら間違いなく女子が群がってきて、そのまま醜い争いが始まる。


 ライバルの上履きに画鋲を入れたり、ネットに色々な情報を書き込んだり、他の女子と結託して一番彼に近い女子を陥れたり、少女漫画でありがちな展開は全て行われる事間違いない。


 しかもこいつ、俺の知る限り変態ではない。もちろん、まだ油断は出来ない。出来ないが、少なくとも今の段階では変態らしい行動など取っておらず、毎日規則だたしい学園生活を送っていた。


 さらに帰国子女で英語はペラペラ。代わりに日本語がやや怪しい所があるが、それでも日常生活を送る分には十分な語学力を持っている。


 俺の知る限り完璧と言ってもいいほど幸福な人生を送っている王子。もし彼に不幸があるとすればただ一つ。


「ドーモ、王子キング・ブライアンです。僕がイインチョになっタラ、女子をこのクラスから追い出シマス。女の子、コワいです」


 イケメン過ぎて中学時代にさっき思った内容を全て体験して、女子恐怖症になってしまったことだろう。


 何でも中一の時、アメリカの学校で周囲の女子の怖さを知ったらしい。そして、あまりの怖さにお淑やかと言われる日本の大和撫子に憧れて、日本にやってきた。しかし現実は無常で、やはり日本でも似たような目にあったらしい。


 俺が聞いた一番怖かった話は、水泳の授業の度に制服と下着とタオルが新品に代わってしまうという話。あと、自分が噛んで捨てたガムを拾う女子を見たと聞いたときも背筋が凍った。


 この学校のやつ以外にそんな変態がいるのかと、恐れおののいたものだ。


 これにはいくらイケメンだろうが、流石に同情する以外にない。もっとも、何人かはそれでも羨ましいとか言って王子キングに呪詛の言葉をぶつけていたが。


 基本このクラスの奴等は変態だが、王子キングは周囲を変態にする。まあ、元々この学校のやつらは変態だから彼の影響を受けるやつはいなかった。おかげで比較的穏やかな生活を送れているらしい。それでも女子は怖いようだが。


 ちなみに王子なのにキングって名前なのは、別に誰も突っ込まなかった。だって、今更だし。


 そして当然だが、王子キングに票を入れる者は誰一人いなかった。


「シカタありません。ツギこそは必ずや、イインチョになってミセます」

「残念だったなぁ王子キング! でも女子も大切な仲間だぜぇ! 追い出すなんてしちゃいけねぇ! いけねえよ!」

「と言うより、そもそも委員長にそんな権限ありません。日本語と常識を学び直せクソゴミ虫」


 こうして王子キングの第一回委員長決定戦は幕を閉じた。残るライバルは後七人。果たして俺はこいつらを出し抜いて、委員長になれるのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る