最終話 The purpose is not to die

 無傷の俺を不思議に思ったのか、目の前のそいつが口を開いた。


「お前が魔王か・・・・・・」


 落ち着いているとも、達観しているとも取れる口ぶりだった。

「口も聞けるのか。驚いたぜ」

「魔王がなぜここに」

 それが疑問符なのか感嘆符なのか、やはり疑問符か。

「えらく棒読みだな。そんなんじゃ会話にならねーぜ」

「会話。必要ない」

「必要かどうかは俺が決めるんだよ」

「・・・・・・」

「だんまりか。おいキメラ。お前のご主人様はどいつだ?」

「ご主人様」

 それは初めて聞いた、というようだ。

「お前を作った奴の事だよ」

「パパの事」


 パパだと? グレイシードはこいつにそんな呼び方を教えているってのか?


 ちっ。

 悪趣味な野郎が居たもんだ。


「残念だが、そのパパを殺しに来たのがこの俺だ」

 たじろぐキメラ。俺との実力差を感じたうえであきらかに動揺している。

「どこだ? グレイシードは」

 すごんで見せる。

「させない。ぼくが相手をする」

 人語を話すそのキメラは臨戦態勢をとる。

 全身の鱗の色が青く変化した。

 硬く美しいブルー。触れれば滑らかに指が滑っていく。そんな想像をさせるような。

 その肌は装飾品を思われるほどに美しく光る。


 そして瞬時に両手を体の前に移動させた。

 その構えた両手から水魔法が飛び出した。それもかなりの高威力。

 驚いてそれを正面から食らうがダメージは無い。この体は異常なほどの耐久性を持つ。例えるならば魔力の防護衣のようなイメージだ。


 どうやらこいつは鱗の色で属性を操っているようだ。

 それって弱点を晒しているだけじゃねえか?

 再び繰り出された水弾を俺の指先がはじく。それは霧になって消えていった。

 キメラの顔が明らかに焦って見えた。


 キメラは大きな翼を広げて後方に飛んだ。ちょうど俺との距離をとった様子になる。

 そして今度は全身が黄色に染まる。

 黄色。今度は多分、雷魔法だな。

 俺の予感は的中する。キメラは雷を身に纏い、がれきの山の中から手ごろな鉄骨を掘り出した。それにも雷が纏われ、強力な磁場が発生した!

 奴の持つ鉄骨に周囲の鉄片が吸い付くように集まっていく。

 その状態で、奴はそれを俺目掛けて投げてきた!


 恐るべきキメラの腕力よ。

 さながら砂場に落とした磁石の様に、成長したその鉄骨の総重量は、ゆうに数トンを超えている。

 玉掛けの資格をもつ俺が言うんだ、間違いないだろう。そんなことは良いとして、あれをまともに受ければ大怪我じゃ済まされない。


 電気には電気だ! 


 俺は奴よりも強力な磁場を作り上げた。

 投げられた鉄骨群はそれに吸い込まれるようにして軌道を変えた。


 キメラが明らかに動揺している。

 まるで初めて自分の能力を超える者を見たように。

 自分の実力が通じないことを理解したようにキメラは落胆する。


 そうだ。

 これが俺とお前との力の差だよ。


 奴の体が緑色に変わっていく。


 今度はなんだ?風の攻撃か?

 そう身構えたが杞憂に終わった。どうやら戦意はないようだ。

 もとの肌色が緑色なのだろう。

 キメラは言った。

「パパ、ここには居ない」

 そうか、性急すぎたか。



「お前、名前はなんていうんだ?」

 キメラはたじろぐ。

「別に俺はお前を殺しにきたわけじゃねえ。分かってるよな? お前のパパがどれだけ罪を重ねてきたのか」

 キメラは答えない。

 キメラってのは魔物と魔物の配合だって聞いていた。

 だからそれには知性は無いのだと。

 だがどうだ? 

 こいつにはちゃんとした知性がある。それも話せるくらいに上等な知性だ。

 こいつ、もしかして・・・・・・。


「魔王。パパは悪い人じゃない」

「ああ、そうだろうよ。奴は魔人だ。お前の精神を操るのなんて簡単にできる。俺はお前のパパを知らねえが殺されてもおかしくない程の悪いことをしてきたんだ」

「ちがう。ちがう!」


「違わねえ!!」


 キメラは口をつぐんだ。

「頼む。俺はお前を殺したくはねえ」



「・・・・・・パトリシア。」

 キメラは言った。


 始めは何かの呪文かと思ったが、どうやら自分の名前を教えてくれたらしい。


「パトリシアって、お前まさか女か?」

 パトリシアはコクリと頷く。


「そうか、パトリシア。お前はキメラなんだな?」

「そうだ。人と悪魔から作られた」

 やはりそうか。

 パトリシアは人を使ったキメラ・・・・・・この世界の倫理観はどうなってるんだ。

 いや、俺がおかしいのか?・・・・・・クソ!

 だが悪魔ってのはどういうことだ?悪魔といえば召喚術の中でも最も高等とされるものだ。

 悪魔は魔族や魔物とは全く異なった存在。それは神の使いである天使と対をなすもの。魔界に住むものだぞ?


 人と悪魔の配合ってことは、半分神様だって言ってるようなものじゃねえか。

 だけれど、こいつには何の罪もない。

 出来れば俺は、こいつを自由にしてやりたいのだが・・・・・・恐らくパトリシアの半分の悪魔は召喚術によるものだ。

 その召喚術を施したのがグレイシードだとしたら?


 グレイシードの死は召喚術の解除、すなわちパトリシアの死を意味する・・・・・・。


「パトリシア。お前、ここに閉じ込められていたのか?」

 またもこいつはコクリと頷く。




 その時、背後から物音が聞こえた。


「魔族め! くらえ!」

 がれきの影から三人の研究員が顔を出した。

 奴らは大砲のような武器を構え、それを俺に向けて発射した。

 そうか俺は魔族に見えるのか。なぜだか誇らしいじゃないか。


 大きな発射音と共に、無数の火炎弾が俺の体に降り注ぐ。

 恐らくは魔力を動力源にしているのだろう。だがそれは大した殺傷力を持っていなかった。

 パトリシアの攻撃の5分の一程度の威力だ。このまま昼寝ができるぜ。

 反撃しようとしたとき、パトリシアが先に動いた。

 パトリシアは研究員たちの背後に素早く回り込み、手刀一閃。研究員たちはバタバタと気絶していくのだった。


「おいおい、そんなことして大丈夫なのか?」

「あいつら、嫌いだった。でも殺しはしない」

「・・・・・・そうかそうか」



「お父さん!!」

「井上さん! 突然どうしたんですか!?」

 芳田と帆乃佳、竜族の少年、確かサガンとか言ったか。三人が駆けてきた。


「聞いてくれ」


 俺はグレイシードがここには居なかったこと、それからパトリシアの事を話した。


 理解してもらえないだろうと思ったが、俺はパトリシアを連れていきたいと言った。

 芳田は難色を示したが、帆乃佳たちは笑って迎えた。

 どうして俺が、こんなにこいつに肩入れしてしまうのかが今分かった。


 パトリシアと、いつかの帆乃佳を重ねてしまっているからだ。


 肝心の本人の意思を聞いていなかったが、パトリシアの表情が柔らかくなったのを見て、俺はそれ以上を聞かないことにした。



「ところで、一次試験はどうなったんだ?」

 すっかり忘れていた。

「そんなの中止に決まってるじゃないですか」

 芳田がため息交じりに答える。なんだこいつ残念がってる?この戦闘狂め!

「闘技場周辺は大混乱よ!」

 腰に手を当て、帆乃佳が責めるとも心配するともとれる表情で、やはり責め立てた。

 ああ、なんて大きくなったんだ。お母さんそっくりじゃねえか。自然と涙が浮かんでくる。

「これをお父さんが?」

 がれきの山と倒壊した建物を見てサガンが聞いた。お父さんだ!?また言ったな!?

「そうだ。お前には無理だろうがな!」

「うわ、この人サガン君のこと敵対視してますよ・・・・・・」

「お父さん・・・・・・」


 俺はこの時、誰かの事を忘れていることに気付く。

 芳田と俺は暫く目を合わせて考えた。


「あ!!! ミキは!?」


 ちょうどそのタイミング、遠くから呼ぶ声が聞こえる。

「いのうえさーーーん!! よしださーーーん!! どこいるのーーーーー!?」


 闘技場の方向から蔦を周囲に大きく広げ、魔族感丸出しのミキが歩いてくる。

 そうだすっかり忘れていた!


 芳田が「ここだよ!」と手を振ったのを合図に、横に居た帆乃佳がミキに駆けていく。


 驚くミキ。全力で走る帆乃佳。


 俺たちは二人の関係性を知らなかった。

 だけど抱き合い、涙を流しあう二人を見て、その親密さを理解した。

 普段は末っ子キャラのミキ。普段はしっかり者の帆乃佳。

 普段と違う、「二人の世界だけの二人」がここには居る。

 種族や世界を超えた、何か重要なものを二人は既に持っているらしい。


 俺はここまで来れてよかったと、心の底から思ったのだった。



 既にグレイシードは、この国にはいなかった。

 というか行方をくらましていた。

 まるで俺たちの行動を予期し自ら姿をくらましているかのように、周到で計画的な失踪だった。

 オルテジアンの軍部はもちろんのこと、研究所や王族までもが彼の行方を知らされていなかった。


 グレイシードはパトリシアのことを研究所に閉じ込めていたらしい。

 愛情を与えられなくても、パトリシアはグレイシードを父だと慕っていた。

 それが普通だと聞かされていたのだ。

「放ってはおけない」。

 それが素直に感じたことだ。



 奴はこれからも多分どこかで誰かを傷つける。

 その目的が何なのかは結局分からないままだった。

 俺たちは失敗し、作戦は振り出しに戻った。


 だけれど今までと違うことがいくつかある。

 今までと変わったことがいくつかあるのだ。


 それは様々な出会いからなる人々の成長だ。

 きっと世界は誰かのシナリオで動かされている。

 それを運命と呼ぶべきか、はたまた使命と呼ぶべきか。

 いや、どちらとも呼ぶべきではないのかもしれない。


 いま俺たちが経験していることは、ゲームや漫画のテンプレートに沿ったシナリオではない。

 何度も書いては消して、悩みながら恐れながら進む歴史の片隅なのだ。



「愛する娘を救うこと」


 俺の物語はいま始まった。

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【完結】魔王の生まれ変わりらしいんだが何か質問ある? 手塚ブラボー @bravo_teduka

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