第48話 開幕そして再開

 情報屋は更にこう続ける。


「お前さんたち、グレイシードに会おうってのは無理な注文だぜ」

「それはどうして?」


「グレイシード卿はこの国の王族の次に身分が高い人なんだぜ? おいそれと一介の冒険者が会えるわけがないだろ? だが、」

「だが?」

「この国家魔術師の採用試験に挑めば、お目にかかる機会くらいならあるかもなっ、ていう話だ」

「希望的観測ってわけね。だけど私たちはグレイシードに会わなくちゃいけない。それが例え僅少な可能性だとしても、試験に挑むしか方法はないってわけね」


「お姉ちゃんたち、なんでそんなにグレイシード卿に会いたいのかは聞かないでおくけどよ、あの人の命を狙う輩は日常茶飯事に出現するんだ。それを返り討ちにしちまってるていうんだから、グレイシード卿は相当な実力者だぜ? 毎年たくさんの暗殺者が吊るしあげられてるのを俺は見てきたが・・・・・・ありゃ酷いもんだぜ」


「・・・・・・」

 私たちは黙り込んでいた。

 私たちがやろうとしていることは暗殺なのだ。

 綺麗ごとでは済まされない。どんな卑怯な手を使ってでもグレイシードを殺す。

 それが正義。それが復讐。それが私たちの旅の目的。


 ____失敗。そのリスクは大きく、失敗は私たちの死を意味する。

 私たちは戦争を仕掛けに来た。剣をふるうことができるのは斬られる覚悟がある者だけだ。



 情報屋は更に続ける。


「なにもこの国で優秀なのはグレイシード卿だけってわけでもないんだぜ。部下の1人に人型のキメラが居るらしい。噂話の域を超えねえが、何でも武装魔法兵の持ってるって話だ。にわかには信じられねえ話だがよ」


 おしゃべりな情報屋は予定の二倍の金額を請求してきた。

 出し渋る私たちにこう話すのだった。



「グレイシード卿の弱点を知りたくはないかい?」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 宿に戻った私たちは作戦会議を開いた。


 私たちに残された道は結局のところ一つだけ。

 居場所も分からないグレイシードをおびき出すには潜入しかない。

 そこで私とサガン、リンファちゃんの三人は『国家魔術師採用試験』にエントリーすることになった。

 一次試験は『戦闘』。

 戦闘向けのサガンとリンファちゃん。そして魔力量の膨大さから私が選ばれた。

 対人戦は初めてだったけど、二日後の試験に向け私たち三人は特訓を始めた。


『グレイシードの弱点』。


 情報屋の話が本当ならば、その準備も必要になるだろう。

 あっという間に二日間は過ぎていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 _______試験当日。


 試験会場であるここ国立公園の中央には闘技場が作られていた。


 石畳の闘技場の周りには円状に客席がある。

 ざっと見積もっても10000人以上の観客が観戦できそう。


 その闘技場の正面に位置する観客席の上には貴族の特別観覧席がある。

 観戦に便利なうえ、そこは魔法兵に警護された安全地帯となっているみたい。


 観客席に座りきれないほどの数の観戦者。

 至る所で屋台のおじさんや、飲み物の売り子の声が聞こえる。


 緊張している私にサガンが飲み物を買ってきてくれた。

「ありがとう」

 その飲み物を受け取って口を付けた。温かくて甘い。とても落ち着く。





『静まりたまえ!!!』


 魔力拡声装置の大音量が会場に響き渡った。

 オルテジアン軍参謀長オルテガだ。

 オルテガは人々を静まらせたあと、装置から身を引いた。


 そして、特別観覧席の中央にある玉座から老人が一人立ち上がり、聴衆の面前に姿を現した。

 オルテジアンの現国王様が登壇した。


 騒がしかった聴衆は水を打ったかのように静まり返った。


『ゴホン。・・・・・・我がオルテジアンの国民よ。

 新たな力を得る時だ。存分に楽しめ。すべては国家の為! ここに開幕を宣言する!』


 シンプルな挨拶に沸く聴衆。

 国民はこのイベントを素直に楽しんでいるように見える。



 なんとなく周囲を見渡してみると、ある違和感に気が付いた。

「サガン・・・・・」

「ホノカも気付いたか? いる。この場所にあいつが」


 鋭い魔力の残り香を辿る。

 それはシベルで出会った「ヨシダ」と名乗る男のそれに間違いなかった。



 休憩所を抜け、案内所を過ぎたころ、私たちは追ってきた魔力と大きく性質の違うもう一つの魔力の存在を確認していた。


 異質で禍々しく、強大で暴力的。

 触れればただでは済まされない。とても危険な香り。

 サガンの顔色が険しくなる。


 だけれど私は他の違和感を感じずにはいられなかった。


 魔力の周囲から感じられたのは、私の故郷、こことは違う世界、そう、『日本という島国』の匂いだったのだ。


 この魔力の持ち主は、もしかすると私と同じ日本からの転生者かもしれない。

 敵なのか、それとも味方なのか・・・・・・。


 だけれどもっと気になったのは、その禍々しい魔力と「ヨシダ」が一緒にいるという事だった。

 ヨシダはと共にいる。

 それにヨシダの目的はグレイシードの抹殺。

 これにはどういう意味があるのだろう。



 と、そのとき私はふと気が付いた。


 何の疑問もなくとらえていた「ヨシダ」という名前。それは日本人特有の苗字『吉田』ではないか!

 なんでこんなことに今まで気が付かなかったんだろうか!

 だけれど無理はなかった。この世界に慣れ親しんでいた私に、今更日本人的な感覚や解釈は頭から抜け、無くなっていたのだから。

 それにヨシダは、日本人の顔つきとは少し違った顔つきに見えたのだ。

 そう、この世界にありふれているような顔つきだったのだから気付かなくたって無理はなかったのだ。



 これ以上探るのは危険なんじゃないのか?

 サガンと私は話し合ったが、ここで引き返すようじゃグレイシードに勝つことなどできないのではないだろうか。それにヨシダと一緒に居るのがグレイシード当人だという可能性も捨てきれないじゃないか。

 グレイシードは転生者だったというジャックさんの言葉がよぎった。


 大きな柱の裏。

 そこから二つの大きな魔力が香る。

 私とサガンの二人は恐る恐る様子を探ることにした。

 柱との距離は約20メートル。魔術師の感覚では完全に射程範囲内。

 まさにギリギリだった。


 ヨシダの姿を見つけた。

 やはりこの既視感はヨシダに対してのもので間違いなかったのだ。

 そして、ヨシダの隣には30代後半くらいの男性が立っていた。

 禍々しい魔力を滲ませたその男性は、硬そうな黒髪に無精ひげ。死んだ魚の目のような瞳をしている。

 漆黒のマントを身に纏い、これまた漆黒で装飾のないロッドを持っている。

 さながらとでも形容できる男性。



 気怠そうにしているその男性を、私は知っている。





「・・・・・・お父さん・・・?」

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