第45話 聖女の力は・・・

 酒盛りが始まって数時間。


 眠くなった私はピノさんのお部屋で先に休ませて貰うことになった。

 ピノさんのベッドから見える町明かりを眺めながら、私はこれまでの旅のことを考えた。


 前世でグレイシードから殺され現世に転生した私。

 たくさんの出会いを経験し、そして仲間たちと共に今、グレイシードの尻尾を掴みそうになっているんだ。


 大切な人もできた。



 そして私は、前世の記憶に思いを馳せる。

 お父さん、お母さん・・・・・・。


 小学校六年生の時、私は反抗期を迎えていた。

 お母さんの声が嫌いで、顔が嫌いで、話し方が大嫌いだった。

 いつも面倒なことばかり言って、余計な事ばかりするお母さんが鬱陶しくてしょうがなかった。

 友達と居る時に外で会うと無視をした。知らないおばさんだって。

 ちゃんとわかってた。

 がみがみと五月蠅いのは、立派な大人になってほしいからだってこと、本当は知っていたんだよ。


 少し大きくなって、そんな時期を過ぎたけれど。

 あの頃の私の酷かったこと全部、まだ謝ってもいなかった。

 本当は大好きだったのに。

 ごめんなさい。

 お母さんより、お父さんより、先に死んじゃって、本当にごめんなさい。



 私が居なくなった日、二人は一体どんな気持ちになったのかな。

 悲しかったよね。辛かったよね。


 でもね。

 私はいま、ここで生きているよ。

 二人の自慢の娘は、ここで精一杯生きているよ。


 私は、大好きだった人たちの顔を1人ずつ思い浮かべた。

 そしてその名前を呼んでみた。


 お母さん。

 お父さん。

 おばあちゃん。

 ミキちゃん。


 会いたいよ。


 結局私の頭に浮かんだ人は四人だけだった。

 もう一生会う事のないその顔は一つづつ町明かりに溶けていった。




 ___翌朝。


「そうだお嬢ちゃん。あとで仲間を連れてきな。強くなりたいんだろう? 扉を開いてあげよう。なに、心配しなくても大丈夫だ。」

 ジャックさんはこんなことを口走った。扉?それを開けば強くなる?


「さ、帰るわよ!」

 未だソファに横になって動かないサガンを揺り動かす。



 何とかサガンが立ち上がった時、太陽は既に真上に差し掛かっていた。


 不思議とサガンの表情は晴れて見える。

 そして同時に不思議な魔力の揺らめきを感じることができた。


 どうやら伝承は成功したらしい。


 サガンの力強い様子とは裏腹に、ジャックさんの生気は失われつつあった。

「お嬢ちゃん。俺はこのために研究を続けてきたんだぜ? この先燃え尽きようが野垂れ死のうが本望ってもんだ」

 どっちにしても死ぬのは覚悟しているってことなのね。

 ピノさんの表情だけは硬い。

「それに少年。伝承の途中で気づいちまったんだが、お前に俺の力を与えてやれるってのは冥利に尽きるってもんだ」

「どういうことだ? 初めは器じゃないって言っていたが」

「そうだ、お前は器じゃなかった。だが、お前の魂はどうやら器だったらしいぞ。まったく笑える話しだぜ」

 魂なんて概念があったとして、体と魂に器としての違いがあるというのは、どういうことなのか、私たちには合点がいかない。

 正真正銘、健康で誠実な体の持ち主であるサガンが器ではなく、魂が器だったとは、それ自体に納得のいかない出来事のように思われた。


「なんだ? お嬢ちゃんは細かいことを随分と気にしているようだが、少年の体が否定されるのがそんなに嫌なのかな?」

「そ、そうじゃありません! ただ魂が器って、なぜなんですか?」

 ジャックさんは朝酒を引っかける。やや浮腫んだ顔に向かい酒を煽りながら、不誠実そうな声で話す。


「この少年も、お嬢ちゃんと同じように、転生者だってことさ」

 私も、そしてサガンも声を失った。


「転生者ってのは、単にお嬢ちゃんの様に異世界からのお客さんだけじゃあないのさ。輪廻転生っていうのは本当にあるんだぜ? こいつだって誰かの生まれ変わりなのさ」


 ____生まれ変わり。

 前世の記憶はなくても、一度母親の胎内に戻ったとしても、そこには前世の魂が宿っているという事なのか。

 ジャックさんは続ける。

「少年。信じられねえかもしれねえが、お前の魂はそんじゃそこらの魂じゃない。大枚をはたいても買えない。迷宮に潜っても拾えない。人事を尽くしても与えられることはない。お前は英雄サガンの生まれ代わりだ」

 風の谷の少年は、空の戦士『英雄サガン』の生まれ変わりだったのだ。


「お、俺が、俺が本当に空の戦士サガンの・・・・・・」

 様々な感情が”サガンの心”を駆け巡っていた。


 いや、あの日、自身の名前を捨て、自らを”サガンと名乗った少年の心を”である。

 音もなく伝う温かい涙は、サガンの濁っていた心を洗い流すように、しばらくの間その流れを止めることはなかった。

 人は心理に触れた時、わけも分からずに涙を流すものなのだ。


「泣きべそは辞めてくれ。酒がまずくなるといけねえからな。それよりも少年。お前の翼はどうして折りたたまれたままなんだ?」

「俺の翼は破れて使いもんにならない。空も飛べない。今は気にしていないが、これが使えればできたことも多かったはずだ」

 ふー。

 ジャックさんの短いため息が聞こえた。

「少年よ。いいから広げてみろ! お前の隣に居るのは誰だ?」

 サガンと私の視線がぶつかる。そう、聖女である私と。

 その瞬間思い立ったように服を脱ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと何してんのよ!」

「いいからホノカ見ててくれ!」

 私は両手で目を覆う。

 覆う。

 ちょっぴり隙間を作って覆う。

 隆々とした筋肉を見逃さないように、ちょっぴりの隙間から覗く。

 いや、わざとじゃないの!不可抗力よ!だって急に脱ぎだすんだもん!しょうがないじゃないの!


 私は私自身に言い訳をしていた。

 そんなことよりいい体・・・・・・。


「ホノカ」

「はい!」

「目を開けてくれ」

 ・・・・・・私は、元から瞑っていなかった目を、さも今しがた開けたかの様に開いて見せた。

 そこには彫像のように神々しく、完全体の雄大な翼が広がっていた。


「どうやらお嬢ちゃん。この少年にをしたんじゃないのかい? まったく若いってことは素晴らしいじゃないか」

「そんなんじゃありませんからっ!」

 顔を真っ赤にしていたのは私だけではなかった。


 だけれど、私とサガンの

 昨日、手を握って歩いた時に、サガンの翼は元の形を取り戻したということなのね。


 すごいじゃない。聖女の力。


 手を繋いだだけでこんな奇跡的な能力が発生するだなんて、正直なところ未だに実感はない。だけれどこれが聖女の能力だっていうのなら、存分に使ってあげようじゃない。

 それが私にできる精一杯のことなのだ。

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