第44話 100年前

「______今から100年ほど前。


 駆け出しの冒険者だった俺は、ここシベルである男に出会った。

 やけに真っすぐな目をした戦士だった。名前はタリウス・オブライエン。

 貧弱なその男は、その体に似合わず尊大な正義感を持っていた。

 タリウスの夢は「全種族の統一」。この世のすべての種族の平和だった。

 突拍子のないその発言には誰もが後ろ指を差した。

 俺だってそうさ。

 尊大すぎる思想に自分の体力が付いてきてないんだからよ。


 あいつはとにかく弱かった。

 そこら辺の魔物にも殺されかけるくらいにな。

 当時は今よりも魔物の数は多かったが、無理をしなければ死ぬほどじゃない。

 だけどタリウスはいつも死にかけていた。

 おそらくあいつは生き急いでたんだと思う。

 早く強くなりたかったんだろうよ。


 気が付いたら俺はタリウスと行動を共にしていた。

 危なっかしいあいつを放ってはおけなかったのが大きな理由だ。

 だがそれだけじゃない。

 あいつのひたむきな姿勢にいつからか惹かれていったってのは事実だ。


 俺とタリウス、それから女剣士のシェルビーの三人はパーティを組んだ。


 俺たちは数々の討伐をこなし、段々と成長していった。

 シベルの冒険者ギルドでは俺たちの名前を知らないやつはいなくなった。

 いつの間にかタリウスに後ろ指を差すやつもいなくなった。


 ここまではよかったんだ。


 この後、俺たちはとんでもない過ちを犯してしまう。


 あれはポイズンリザードを討伐するために『古代の祠』を訪れた時だった。

 首尾よく討伐を終えた俺たちは、王都へ引き上げようと荷物をまとめていたんだ。


 シェルビーがある物音に気が付いた。

 音のする方には洞窟がある。

 人一人入るのがやっとだって程の狭い洞窟だった。

 その中から人の呻き声が聞こえるっていうんだ。

 熱血漢のタリウスは、すぐにその洞窟の入り口を開いて中に這いずって侵入した。

 洞窟の中は蒸し暑くじめじめとしていた。

 少し進んだところでタリウスはある男を見つけた。それが、」


「グレイシード・・・・・・」


「ああ、その通りだ。やつは裸だった。それに衰弱しきっていた。すぐに王都に連れ帰って治療を施した。

 二、三日眠った後、グレイシードは目を覚ました。そして言った。自分は転生者だと。」


 グレイシードが私と同じ転生者・・・・・・。


 元は私と同じ世界に生きていたってこと?

 そして命を落としてこの異世界に転生した。

 だとしたらその強さの理由も頷ける。

 私がこの得体の知れない過大な能力を得たように、100年前の転生者も同じく、強大な能力を得て転生した可能性がある。


「グレイシードは一体どんな人物なんですか?」


「お嬢ちゃん。そんなことを今聞いてどうするんだい? いいやつだって言ったらやつの抹殺を辞めるのかい? 残忍なやつだと言ったら安心するのかい?」

「それは・・・・・・」


「いいかいお嬢ちゃん。俺はグレイシードの仲間だったんだ。少なからずあいつとの楽しい思い出だって俺の中には残っている。だけど今更、それを振りかざそうとは思わないさ。だってそれは無責任なことなんだから」


 無責任。


 ジャックさんが責任を感じているのと同じように、同じ転生者として、同じ世界を故郷に持つ者として、責任を感じずにはいられなかった。


 サガンはひたすら黙って聞いている。


 ジャックさんは話を続けた。

「自分が転生者であると明かしたグレイシードだったが、やつの体は不自由だった。転生前に失ったという両足は動くことはなかった。代わりにやつは不思議な能力を使った。『黒い黙示録アポカリプス・エンド』。それは精神破壊の能力だった。俺たちは徐々に、その攻撃に侵されていたんだ。まったく気が付くこともなく!」

 悔しそうな表情を浮かべるジャックさんを私たちはただ見つめた。


「それから俺たちは、わけのわからない正義を掲げて戦い続けた。数々の憎しみを生み続けながらな!」


 洗脳。


 それは影のように迫ってくる。

 そして当たり前のように寄り添ってくるのだ。


 再び口を開いた時、ジャックさんは懇願していた。


「頼む! あいつを殺してくれ! 俺にはできなかった。俺には精神の呪縛がまだ残っている。だから!」

 飄々としていたこの男の態度が変わった。

「あいつは今、軍事国家オルテジアンに居る。ここからだと馬で数週間はかかる。だが。」


 だが?


「俺の力をすべて与える。お嬢ちゃん。あんたにはその器がある」


 器。


 これが聖女の宿命ならば、受けなければいけないのかもしれない。

 天使ちゃんは使命だと言った。リンファちゃんは辞めてしまえと言った。ジャックさんは器だと言った。


 サガンは・・・・・・。


「俺がやる!!!」


 ジャックの口元が緩む。

 私の周囲に心地よい風が流れた気がした。


「俺に力を与えろ!」

 サガンは立ち上がって叫ぶように言った。

「聖女だ、器だ、勝手なことばかり言って、ホノカの気持ちはどうなる!? ホノカは一番の被害者だ!」


「ああ、それもそうだ。しかし驚いたぜ。そんな表情もできるんだな少年は」

 そう言うとジャックさんはピノさんに目配せをした。

 ピノさんは一旦奥に下がるとグラスをもう一つ持ってきた。

 それをサガンの前に置くとニコッと微笑んでボトルからお酒を注いだ。


「少年よ。酒はいけるほうか?」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「これは儀式だ。伝承の儀と言えるだろう。俺はお前のグラスに注ぐ、お前は俺のグラスに注ぐ。それを交互に飲み干す。何の意味があるのかって? ルールを作ることに意味があるんだよ少年。お前はお嬢ちゃんの代わりになるんだよ。器じゃねえ分、せいぜい無理するんだな」


 みるみる二人の顔色は紅潮していく。


 私はピノさんのお手伝いをしていた。

「ピノさん。これ、一体何なんですか? ちょっと意味が分からなくなってきました・・・・・・」

「わたくしも分かりませんっ」

 にこやかにそう答えるピノさん。


 しどろもどろに話す二人を要約すると、ジャックさんの力をサガンが受け継ぐ。そうすると転移魔法が使える。

 オルテジアンでグレイシードと対峙する。そういう展開を想定しているらしい。


 バタン!


「だ、だいじょうぶ!?」

 酩酊状態のサガンが倒れた。すかさずヒーリングを唱える。なんと酔っぱらいにヒーリングは有効なようだ。


「お! お嬢ちゃんやるじゃねえか~。ほらほらもっと飲め~!」

 だめだこの人。


「お、俺は負けないぞ・・・・・・」

 こいつもダメだった。


 こんな事してほんとに伝承されるのだろうか。


 まあいっか。


『俺がやる!!!』


 さっきはかっこよかったし。

 私をこうしていつも救ってくれる。

 サガン。いつもありがとう。


 二人の伝承の儀は朝方まで続いた。


 まるで結婚の挨拶に来た若い二人を、不器用ながら祝福している父親の様だ。そう私は思った。

 だが、そう思ったことは秘密である。


「サガン。頑張って!」

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