第3話 素質

  教祖になれだって?



 何を馬鹿なことを言ってるんだこいつは。


「教祖になれだって?ファミレスでスカウトするものなんだな。

 ふざけるんじゃない。」


「ふざけてなんかありません。あなたにはその素質があるんです。」


 へらへらとしていた芳田の表情が、一瞬で変わった。


「あんた、芳田さんだっけ?まあいい。話だけなら聞いてやるよ。」


 井上は、半ば諦めて芳田の話に耳を貸すことにした。


「ありがとうございます。いきなりですが井上さん、あなたには魔力があります。」




「は......?」




「期待通りの反応です。というか、想定の範疇といった感じでしょうか。」


 あっけにとられている井上をよそに、芳田は真剣な面持ちで続けた。


「1000万人に一人、生まれつき魔力を備えた子供が生まれます。

 多くは魔力に気づかずに生涯を終えますが、ごく稀に、あらゆる刺激によって発動させる者が現れます。

 一般的にエスパーとか、超能力者とか呼ばれるのがそれです。

 訓練すれば、火も出せますし、水も湧いて出ます。電気を放出するのなんて楽勝ですよ。」


 ヤバいやつに捕まってしまった。


「いよいよ胡散臭い話を......。じゃあなんだ?証拠でもあんのか?」


 早く帰ろう。こっちまでどうかなってしまう。


 井上は立ち去ろうと考えたが、素性が割れている分、アパートにやって来られても面倒だと思い、話を最後まで聞いてやることにした。


「証拠ですか?そうですね、僕には魔力が見えるんです。これ結構貴重なスキルなんですよ。」


「そんなの証拠になるかよ。てかなんだよスキルって。ゲームかよ。」


「スキルって言うと大体伝わるでしょ?正式な名称なんて無いですよ。だって世間的には公表されてない事実なんですから。

 僕たちはスキルって言ったり、能力って言ったり、そんなところです」


 ニコニコと話す芳田は少し目を細めて井上を見つめた。


「僕のスキルは心眼。相手の魔力量、信念の強さ、心の動きや考えも少しだけなら読めてしまいます。

 時間を掛ければ結構な情報を読み取ることも可能です。ヤバいやつじゃないですよ。

 大丈夫です。アパートに押しかけたりしませんよ。」



 アパートに押しかけたりしないだと?まさか、ほんとに心を読んだのか?


「まさかです。読んだんですよ。」


 驚いた。こんなことが現実世界で起きていいのか?


 井上は恐怖を感じていた。


「落ち着いてください。少し心に壁を作れば僕の心眼は防げますよ。

 そうですね、脳の端っこで考える感じです。色んなことを同時に考えるのも効果的です。」


「そんなこと急に言われてできるわけないだろ!」


「信じて貰えてよかった。全然聞いてくれないんですもん。」


「俺にもそれができるのか?心眼だっけ?」


「残念ですが無理ですよ。これは僕の才能なんですから。井上さんにも何らかのスキルが発生するとは思います」


「じゃあ教祖って何なんだよ、お前がなればいいじゃないか!」


「お前って......なんだか口調がきつくなってますよ井上さん。

 それに僕じゃ魔力量が足りません。うちでは基本的に魔力量が多い方がトップなんです。

 気づいてないでしょうが、井上さんの魔力量、異常なほど高いんですよ。なんていうか、言うなれば魔王ってレベルに。」



「は......? まおう......?」



「最近、命に係わる出来事とかありませんでした?死ぬとこだったー、みたいな。そういうのをきっかけに覚醒されるんです。」




 確かに数か月前、俺は鬱状態で電車に飛び込みそうになったことがあった。


 あの日々は、俺という人間を確実に殺し、立ち直れないほどの傷を与えた。


 あれ以来、働く意欲も果て、社会に出る恐ろしさに震えていた。


 今日だって、リハビリのつもりで外出し、飛び込んだファミレスだった。


 アパートを出るのを何度も諦めては挑戦し、電車にも乗れず。


 特急列車がホームを通過する、大きな音と同時に過ぎる激しい風が死ぬほど怖かった。



 俺はもう人生を諦めていたんだ。



 それに、それに、


 なにか熱いものが込み上げてくるのを感じた。


 誰かと、誰かと会話をするのだって久しぶりだったんだ。



「井上さん、大丈夫ですか?」


 芳田は、井上の心が読みづらくなってきているのに気が付いた。


 こんなに早くコントロールができるなんて......!

 いや、僕のスキルを知ったうえで潜在的にシャットアウトしている!




 井上の目からは大粒の涙が溢れてきた。


 とめどなく流れる涙に、逆らうように顔を歪めている井上を、芳田しばらくの間、何も言わず眺めていた。



「辛かったんですね。」




 井上は立ち上がり、長い腕を差し出し静かに言った。


「僕と一緒に行きましょう。あなたを必要としている者がいます。」

















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