太陽の息子と月の娘 上

目を閉じて、もう1度空の青さを見て。

スホは王宮の庭園に寝転がってそんなことをずっと繰り返していた。

王宮の外はお祭り騒ぎ。楽器の音も聞こえてくる。

しかしスホがそこへ顔を出せば恐らくその場の雰囲気に水を差すことになってしまうことをスホがいちばんよく分かっていた。

また継母であり、現王妃のラヒが自分の存在を煙たがっていることをスホは肌で感じていた。

しかも王妃ラヒの産んだ子供は女の子でありスホから見たら異母妹であるがスホがいる限り王位はないに等しかった。

その事をいちばん口惜しいと思っているのはラヒである事もスホは十分理解していた。

一応この国の王位継承第1位の王子なので必要最低限の護衛は着いているが今日は近くには居ない。というよりスホがまいたというのが正しい。

スホには心が休まる瞬間はほとんどないのと変わらない。

いつも完璧な王子を期待されている。

聡明かつ武芸にも秀で、顔に感情を出さない。そして聡明であることを隠す技術が必要だった。

なんの偶然か、スホは全てを早く身につけることが出来たし苦手ではなかった。

自分が生まれてから母妃が亡くなる頃にはスホが後継者に決定したがその事でなぜライバルのはずの異母兄シンが心から喜んで祝福してくれたのか、いまならスホにもわかる気がする。元々兄には野心など無い。権力や争い事が嫌い、武芸も苦手。そんな兄からしたら王位継承の順位など重荷であり煩わしいものだったのだろうとスホは思う。

スホは8歳という年齢ながら王宮は家でもあるが戦場であると思っている。

特に現王妃ラヒから自分の亡き母妃であり最初の正妃であるハヨンに対する嫉妬のような憎悪を見ていていつの間にかどこか冷めた子供になっていた。

今日のいちばんの邪魔者である自分は王宮内に居場所がない、かと言って父が王宮外に出すことは許さない。

スホはすることがなくいつの間にか暖かい陽の光の中眠りに落ちていた。



どれくらいたったのだろう。スホが目を覚ますと目の前に自分と同じ歳位の少女が自分の顔を覗き込んでいた。

スホは寝ぼけながらに少女のくっきりとした二重まぶたの大きな瞳や長いまつ毛、左目の下に泣きぼくろがある、白い肌に小さな赤い唇を見て整った顔だなあと思っていた。スホは夢だと思っていたのでぼーっと少女の顔を眺めていたが段々と目が冴えてきて驚いた。

「だ…誰だ!?お前!」

スホが急に起き上がったので少女も驚いてしりもちをついた。

きゃ!と小さな悲鳴が聞こえてもう1度スホが冷たい声で尋ねる。

「誰だ。どうやってここに入り込んだ。俺の顔を直視していいと思っているのか」

王族の顔を拝顔するのはまず王族が顔を上げて良いと言ってからの掟になっている。

少女がすぐに佇まいを正し、俯いて答えた。

「申し訳ありません。右大臣家次女、ソウと申します。本日はスホ様のお顔を拝顔すること、王様よりスホ様の許可なくして良いとのお言いつけでしたので…ですが大変な無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした」

ソウと名乗る少女はハキハキとスホの問いを全て答えた。

「父上が?」

スホが訝しげに言う。

「はい。父が此度の祝い事に祝辞を王様にお伝えすべく参上した次第です。私は王様からスホ様と過ごす様に、と言われて参りました。女官からスホ様がこちらにいらっしゃることを聞きましたので…ただ眠っていらっしゃって…その…王様のお言いつけもありましたし余りに麗しいお顔立ちでしたのでつい…」

ソウが気まずそうにスホの顔を覗き込んでいた理由を話した。右大臣は父王の旧友であり、スホも親族のように感じている家臣である。スホはそういえば今日右大臣が娘を連れて王宮に来る、また名はソウであると父王から聞いた様な気がする。

それにまずもってソウの身なりがそれを語っていた。貴族の中でも上の身分。主に王族の外戚に該当する貴族しか着られない布を使った服装であった。確か右大臣家はもうかなり遠縁になるが外戚にあたる。そしてソウと名乗る少女の顔に右大臣の面影を感じた。ようやくスホも納得し地面に腰を下ろした。

「そうか。右大臣家次女か。分かった。父上が俺の顔を直視していいと言ったということは今日は身分抜きで会えということだ。だから佇まいを直していい」

スホは疑った手前バツが悪くてぶっきらぼうに言った。ソウは嫌疑が晴れ安心したのか顔を上げた。

「外は祭りだろう。行かなくていいのか?」

スホが間があるのが嫌でソウに聞いた。

「構いません。私にはお祭りよりスホ様と過ごす時間の方が貴重です」

ソウはつい即答してしまったがまずい、と思った。仮にもスホの継母である王妃の出産を祝っての祭りだ。ご気分を害されるかもしれない、そう思った時だった。

「はははっ」

スホが笑い転げる。ソウには訳が分からない。

「私、面白いようなことを申しましたでしょうか?」

ソウが本気で分からない、という顔をするのでスホはますます笑えてくる。王宮内で王妃の出産を祝っての祭りと王子と過ごす時間どちらが貴重かなんて普通なら比べたり、どちらの方が大事だと堂々とは言えるものでは無い。それをソウははっきり言ってのけた。しかも迷うことなく即答ときた。スホにとってたまらなく痛快な一言であった。このやり取りでスホはすっかりソウを気に入ってしまった。スホの笑いが収まってからスホが聞いてきた。

「なぜ俺と過ごす時間の方が貴重なんだ?公の祭事にも顔を出さない、言ってしまえば民にとって不快な気持ちにさせる王子じゃないか」

ソウはこの質問にもすぐに答えた。

「スホ様は公の祭事に顔を出さない、のでは無く出せないのでは?それにスホ様は顔をお見せにならない分、どんなお方なのか噂が色々ございます。しかしどれも良い噂しかないのです。ですからここにいる民の1人の私は不快な気持ちになるなどもってのほかでむしろこの国の王子様は顔を見せなくても素晴らしい噂しか出ないほどのお方なのだ、と誇らしく思います」


ソウは自分にできる限りスホの素晴らしさを言おうと思った。それは来る道中で単に気の毒だと感じていたそれとは違う何かで自分で自分を貶すスホを自分がせめて守ってあげたいと思った。

だって貴方が外に出られないのは貴方のせいではないでしょう?


スホの周りは常に嘘を言う大人たちで溢れていてどんなお世辞も聞き飽きていた。だからお世辞は信じないようにしていた。なのにソウのその言葉は8歳という年齢を感じさせない発言ながら8歳という年齢だからこその正直さが混在していてその言葉はスホが今まで知らなかったスホの胸の中に嵐が吹き荒れているような感覚を引き起こした。


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