第29話 ナディアの秘密

◼隆臣


 ナディアはコップのウーロン茶を全部飲み干してぷふぁ〜と息を吐く。



「疲れた……」


「説明ありがとさん。よくわかったよ」



 俺はナディアのコップにウーロン茶を注ぎながら言う。実際は半分もわからなかったけど。正直ナディアの話はよくわからないから早く終わって欲しい。



「まだ説明は続くぞ」



 そう言ってナディアは話を続けた。もうやめてくれー!



「話は今このときに戻る。マリーノファミリーのボスであるロマーノはシュヴァルツの大魔法を復活させようとしている。

 尚子が持っていた虹色の魔力石オリハルコンはすでに神社の地下にある魔力源に魔力を吸収された。そして残り6つもこの東京圏に集結している。

 もし仮にシュヴァルツの大魔法が復活すれば再び争いが起こる。それが国家間のものになれば待ち構えているのは戦争だ。魔法と核と生物兵器のな」



 ナディアはそう言ってローブの内ポケットから虹色に輝く宝石を取り出し、



「私とクリスで1つずつ。さらにファミリー全体で3つ。残りの1つの場所はわからない。シュヴァルツの大魔法の復活には7つ全ての魔力石が必要だ。逆に言えば6つまでなら何も起こらない。だから私たちは1つでも魔力石を守り抜けばいいのだ。そして私が来たからには安心したまえ」



 ナディアはえっへんと薄い胸を張った。

 ナディアは特級の魔女だ。こりゃ頼れそうだ。

 早口でよくわからないことばかりを説明された俺たち一同の頭上には当然大量のクエスチョンマークが浮かんでいるがな。

 そんな俺をさらに置き去りにするように、



「そうだ。まだ伝えてないことがあった」



 ナディアは少し間を置き、



「私は全盲だ」



 と。



『……?』



 当然の反応だ。



「文字も見えないし、色もわからない。でも音でこの世界を見ている。喋ったりステッキで地面を叩いて音を出して、その反響で物体の位置や形を見ているんだ」



 衝撃を受ける8人にナディアは、



「あ、これを聞いたからって私を特別扱いしたりするなよ? 私は同情されることが一番嫌いなんだ。別に生まれつきだから生活に困っているわけじゃないし私には第九感という特別な才能がある。不自由なんてこれっぽっちも感じていない」



 そう説明してにっこり笑ってみせた。難しいことばっかり胸張って言う不思議ちゃんだけど、笑顔はすげーかわいくてびっくりした。

 すると、



「みゃおーん」



 開けていた窓から黒い子猫が広間に入ってきてこっちに歩み寄ってきた。



「ねぇちょっと……なんかすっごい懐いてくるんだけど」


「わ〜、やっぱりあのときの子猫さんだぁ〜! ちっちゃくてかわいい〜」



 黒猫は正座するジョーカーの太ももの上で小さく丸まった。

 ジョーカーは困惑。凛は黒猫の頭を優しくなでている。

 たしかに子猫はかわいい。しかし子猫を愛でる凛とジョーカーの方が100倍かわいいんだよなあ。



「こいつは!」


「あたしたちのじゃまをしてきた害獣だ!」



 尚子とハートはこの猫に対してあまりいい印象を抱いていないようだ。



「あ、飼い猫みたいだぞ」



 俺は黒猫に首輪がかかっているのを発見した。



「本当ですね」



 凛はそう言って薄汚れた首輪に注目する。



「エ……リ……オッ……ト。エリオットって書いてます。ドイツ語なのにまた読めちゃいました」


「わたしも読めるわ。確かにエリオットって書いてあるわね」



 凛とジョーカーは首輪に書かれたこの黒猫の名前を読み上げた。相変わらずなぜ未習得の言語を読めるのだろうか。不思議だ。



「今なんて言ったの? そこにいるのは黒い猫で首輪にエリオットってドイツ語で書かれているだって?」



 色や文字がわからないナディアはそう聞き返した。



「はい、そうですが」


「まさか……そんなことがあるはずッ! 隆臣、お前その包帯を取ってみろ」


「え?」


「いいから外せ!」


「お、おう」



 俺は言われたとおり腕の包帯を外す。

 するとエリオットは俺の方に来て腕の傷をペロペロと舐めた始めた。痛っ!



「これは……そんな馬鹿な!」



 ナディアだけでなくその場にいた全員が驚愕。それもそのはずだ。黒猫が舐めた部分の傷が完璧に治っているからだな。



「傷があとかたもなくなっている。痛みもない」



 俺は傷のあった場所をつんつんしながら言った。



「信じられない……まさかこんなことがあるなんて」



 ナディアは鈍色で光のない2つの瞳を丸くし再び説明を開始する。



「この猫には舐めた傷を外傷も内傷も関係なく完治させる不思議な能力がある。まあ魔獣の類だ。

 この能力を持ったエリオットという名前の黒猫はかつて黒の魔女――リンカの愛猫だった。

 なのにどうして370年以上経った今でもこいつは生きているの? ああダメだ。時差ボケで頭がぽわぽわする」



 ナディアは頭を抱えた。



「とにかく! 怪我をしたらこの黒猫にその箇所を舐めてもらうといいわ。機嫌が悪いときは好物のはちみつをあげればすぐに機嫌がよくなると思うから。たぶんだけど」



 ナディアはそう言って立ち上がり、



「尚子、お風呂借りていいか? 私そろそろ寝たいんだ」



 時計を見ると9時過ぎだった。



「わかった。三浦、ナディアを風呂に案内――」



 ――ブーブーブーブーブーブー



 尚子が部下を呼んでナディアを風呂場に案内させようとしたそのとき、誰かのスマホのバイブ音が聞こえてきた。



 To be continued!⇒

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