第47話 活動拠点につどう者達

情けないことに、彼は―――何も出来なかった……彼自身に宿るいにしえの英霊の仇も取れずに、ただ無為に囚われの身となってしまった、だけ。

この後どうしてか、自分達の仲間に会わす顔があろうか。


ヒヒイロカネは、抵抗する事も儘ならないままに捕縛され、その身柄をラプラス共の都「グリザイヤ」まで移送されていました。

その道中に、こんな事を耳にする―――


『こんなガキをグリザイヤまで移送しなけりゃならんとは、ついてねえなあーーーオレ達。』

『おおよ、大体『賢者』様はどんなお考えで、こんなガキを……』

『なあーーーこのまま、面倒臭ぇから、盗賊に襲われておっ死んだてことにしちまわねえかあ?』

『おお、そうだそうだそうしよう―――』


次第に、臭わされてくる自身の死の影。 程度の倫理観念や道徳観もなく、いや―――人面獣心の者にそれを求めたのが間違いか。

けれど、彼の死は―――彼の命脈は、ここでは断たれない。 彼の終焉こそはこの現在よりも遥かな未来。


では、だとするならば?


ヒヒイロカネも彼らが口々に囃し立てている事を聞いていたから、今日この日が自分の運命の日と思ってしまいましたが、それにしても中々―――そう、中々自分を殺害行為に及ばなかった?及ぼうとすらしなかった??

すると、移送している檻車の隅の影から“にゅるり”―――と??


「(ひっ?!)だ……誰だお前は―――??!」

{私ですかあ~? 私の名は『加藤段蔵』―――ちょいと私の仕事序で《ついで》ですが、あんた利用させてもらいますよ~~}


“影”が……意思を持って喋っている?動いている??

ヒヒイロカネ達の世界―――魔界にも「影魔」と言う討伐対象のモンスターはいました。 いましたが、あの者達は喋る事はなかった。 そこだけを考えて見ると、この『加藤段蔵』を名乗る者は、程度以上の知能を備えている―――と思わなければなりませんでした。

けれども、不思議には感じた事……この檻車には、自分を殺す気が充満していたのに、今は微塵も感じられない。


「あ……のっ、ちょっと聞いていいか?」

{なあ~んですう~?}


「さっきオレを殺そうとしていたヤツら……」

{ああ~~~そいつらなら、冷たいモノ言わぬ物体になってますよ。}


この檻車の殺気がなくなった原因は、目の前にいる“なんだか訳の分からない者”……一応人のなりはしているように見えるものの、まるで“影”まるで“闇”でもうごめいているかのごとくに不確かなものだった。

けれど、そんなヒヒイロカネでも理解した事、この“影”のような“闇”のような“なんだか訳の分からない者”―――『加藤段蔵』を名乗る者は、今は少なくとも敵ではないことを。

とは言え、そうは言っても―――


{でぇ~~~も、こいつら死ぬ瞬間、自分の身になにが起こったか判らなかっただろうなあ~~~。 あのさぁ、訳の分からないままおっ死んだヤツの面って、思いの外間抜けで笑えてくるものだって事、知ってたあ?}


今の一言で、「取り敢えず今のところは味方」と言う事が判ってきた。 何しろは「異常者」の弁。 “人”を“魔物”を“生きとし生ける者達”を、殺したくてたまらない―――と言う、『殺人衝動』……けれど今は、大人しくしているより外はない。 なにしろ“彼”は、この正体不明の者の気紛きまぐれで生かされている様なものなのだから。


         * * * * * * * * * *

しかし、そんな彼の想いとは裏腹に、事態は進行していく。

そう今の彼は、ラプラスに囚われてしまった身、これからその身柄はラプラスの都「グリザイヤ」に移送されている途中……


{おやあ~ようやく見えてきましたね。}

「あの街は……?都??」


{みたいですねえ~~なもんで、アレがラプラスってヤツらの都、グリザイヤってヤツでしょう。}

「ふうん…… …… ………… ……………………って、ちょっと待ってくれ? そう言えばあんた、オレをここまで移送しているヤツらを殺しちまったんだろう??」


{なあーーーーに言ってんスか、今更。 けぇど、心配する事なんざないんスよ。 ―――ほぉーーーれ。}

「ひっ?!し、死体が、死体が動いた?? あんた、屍霊術師ネクロマンサーか、なんかか??」


{はあ~~? なあーーーーにトンチキな事を言ってるんスか。 この、『人中の魔王』率いる一党の中でも、可愛さ爆上がりの『加藤段蔵』ちゃんが、おどろおどろしい屍霊術師ネクロマンサーなんて、性質の悪りぃ冗談スよ。

こいつはねえ、私の≪人間道じんかんどう≫のいち、「人体操術」てヤツです。 便利ですよぉ~?モノ言わぬ死体は人形とさして変わらないですしねぇ。 けれどそれ以上に、慾に染まり切った人間を意のままに操るなんて朝飯前―――てなヤツです。}


その存在の異常性が良く判る、またその一言。 人をまるでモノを扱うかのような言動。 しかも……―――?

この檻車がグリザイヤの大門に差し掛かった時、御者をしていた『加藤段蔵』の方を見ると……??


「げっ?! あ、あんた―――!!」

「ふへへへ、なまじ知られちゃならない私の顔を晒すヘマなんて犯したくないッスからね。 だ・か・ら、こいつらの顔を拝借したまでさ。 ま、あんたはそこの隅の方で震えてな、そうすれば怪しまれんでしょう。」


その者の言う通り、この世界の住人ラプラスに成り済ます事によって易々と都の中まで入り込んだヒヒイロカネ達。 しかしやはり囚われの身となっているヒヒイロカネは収監施設へと収容され、この後彼を待っている拷問の時間まで放置されている―――


「ぃよい―――しょっ……と。 ヤレヤレ、同じ背丈恰好見つけるのも一苦労だよ。」

「あんた……『加藤段蔵』―――さん? いや、「ノエル」様?」


「あーーーん?何言ってやがるんスか。 “私”は“私”だ、他の誰と間違えるなんて失礼じゃないんスかねえ?」

「す、すまねえ。」


他人の空似と、自分とを間違われて気分が好くなるわけがない。 そうは言ってもよく似ていた。 ヒヒイロカネ達冒険者が所属している「ギルド」のマスター。

黒豹人族であり、またその人も忍術と言うものを極めていた。 そして目の前の少女も、黒豹人の忍―――これは単なる偶然の一致なのだろうか、しかし彼が知っているノエルは性酷薄な事はなかった……

{*とは言えヒヒイロカネは、ノエルの人生の総てを知っているわけではない。 無論ノエルがかつて『盗賊団首魁』をしていた事など知る由もないのですが。}


それよりも、この『加藤段蔵』を名乗る黒豹人の忍の少女は、一体何を……?


「ま、判り易く言えば、この死体はあんたの身代わりっスよ。」

「オレの……“身代わり”?!」


「だあってそうっしょ? あんたが収監されているここに、あんたがいなくなったらどう言う反応をするか、想像するに難くはない。 しかし“のようなもの”を置いとけば少なくとも時間は稼げる。」

「なるほど……それで、オレをどうしようって?」


「取り敢えずは、まあ、私らの活動拠点に来てもらいましょうか。」


ヒヒイロカネは、訳が分かりませんでした。 が、取り敢えずの処は自分の事を救ってくれそうだと言う事は判った為、“彼女”の言うがままについて行きました。

けれども目的が皆目わからない―――なぜ“彼女”は自分の事を救おうとしているのか、また、ラプラスの都に活動拠点を置いて何を為そうとしているのか……


        * * * * * * * * * * *

「ただいまあ~~~今戻りましたよ。」

「あら、早かったのね。」

「それより首尾よくいったもんだな。 足は着いてねえだろうなあ?」


「へっーーーへへ、冗談キツいや兄ちゃん。 この私を信用してくれているから、私に任せたんでしょう?」

「あの、それ兄妹だからって、依怙贔屓えこひいきだと思いますッ! わたくしも、旦那様への愛がもっと深ければ……」

「ああらあら、寝言と言うのは言葉通り“寝て”から“言う”ものよ?」

「姉さま、そのくらいにしておきなされ。」


ひとつの居住にひしめき合っている者達……6名。

「淡い蒼の髪に眸をしたエルフ」「ただの冒険者」「黒豹人の忍」「女僧侶」「両眼を眼帯で覆った(尼)僧形の女剣士」「美丈夫の武辺者もののふ

そのいずれもが初見だった―――と思いきや。


「(あれ?)そう言えばあんた―――オレ達の前に現れた……」

「はい?ああごめんなさい、どちらさまでしたか。」


「オレ達の事、もう忘れたのか?」

「はい……今日が初見になるはずですが。」


「クス。クス。クス。 あらあらまだ耄碌もうろくするには早いですわよ?『静御前』。」

「黙りなさい―――『破界王ジャグワー・ノート』。 黙らぬと言うならその舌先三寸斬り落としてくれよう。」

「おいおい、お前らの仲の好いとこは認めてやるがさ。 今は大人しくしとくべきだ―――そうは思わないか。」

「うふふ、そうね。 全くあなたの言うとおりだわ。」

「あーーーっ、そう言って私の兄ちゃんにベタつくなーーーっての!」


「喧嘩は、するなよ。 お前らを平等に愛してやる―――その一点で妥協したんだろうが。 全く……モテる男はツライぜ。 なあ?あんたもそう思うだろう?」


ど……同意を求められてもなあ? いやしかし、うらやましいと言うか何と言うか……これだけの美女を抱えて全員を『平等に愛してやる』なんて、不器用なオレには到底出来ない事だ。


一見すると普通の冒険者の様にも見えた“彼”。 しかしその“彼”の周りには絶世の―――傾城とも言える美女が集まっていました。 しかも彼女達を『平等に愛する』……それでも“妥協”―――妥協をしなければ、恐らくは血で血を洗う抗争となっていただろう……

{*とは言っても、そう言うヒヒイロカネも彼を取り巻く集団から好意を寄せ集めている事に、気付いていない……「ニブドン《ニブチン鈍感野郎》」のようである。}



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