第43話 認識の枠の外から現れし者

未明の何者かによる魔王の玉座占拠事件。 今この時点で魔界の有力者たちはラプラス征伐の為にラプラスの世界に出征しており、この世界には不在でしたが、それでも万が一の事を考慮して程度の戦力は残していた。

中でも魔界の“本陣”とも言える魔王城は警備も厳重にしていたはずなのに……


なのに―――なぜか―――侵入を許してしまった……。


侵入を許してしまっただけだったならまだ良かったのですが、畏敬に値する主上―――魔王の御座を犯されるとは……。

その事はひどくサリバンの自尊心を、沽券プライドを傷付けてしまいました。


かつては、この魔界の確たる勢力の忍として雇われていた黒豹人の一族。 しかし盛者必滅のことわりにもある様に、ある契機を境に黒豹人の忍の一族は滅びに瀕しようとしていました。

そこを、「ノエル」と言う者が『緋鮮の覇王』なる者の仲間に加わり、また今代の魔王との絆の繋がりを経てまた息を吹き返した。

ノエルの弟妹達……5人、元は15いた兄妹達も死の運命からは逃れられず、5人にまで減ってしまった。 しかしこの残りの弟妹達はことごとく魔王になったカルブンクリスに雇われたのです。


その“恩”を―――“仇”で返す事になろうとは……


その事に、サリバンは悔しさの余りに拳を力強く握りしめるしかなかった。

悔しいけれども、そうするしかない、自分達は暇を持て余していたのでも、してやサボっていたわけでもない。

それどころかいつも以上に警戒を敷いていた……にも、拘わらず―――。


「ふっふっふ、お姉さんそんな怖い顔をするもんじゃないってよ。」


「―――ん、だと?貴様……」


「サリバン―――」

「(!)……申し訳、ございません―――主上。」


不遜だ、無礼だ、傲慢だ……この世界の統治者の前でよくそんな態度に出れたものだ―――だけど、この者は手強い……

一体いつからいたのだろうか?そんな事すら感じさせないまでに不明にさせられている……


サリバンの、その感覚はほぼこの何者かの能力の事を言い当てていました。

ただ怖いのは、ただその場に居座っているだけ……一体この者の目的とは? あわよくば魔王様の御座みざ簒奪そんだつしようとたくらんでいるのか……


「ああーーーそう言やあまだ言ってなかったなあ。 オレが……いや、オレがここへと来た目的を。」

「(……!)ちょっと待て、今君は『達』と言ったのか?」


「ああ言ったよ?割と明確に、な。」

「それでは「もう一人」はどこにいるのだ!?」


ふふふん―――さぁっすがだねえ。 今ので気付いちまったか、手前ぇでさえ知覚できない“もう一人”の存在に。

「まあその前にオレの話しを聞いてくれよ。 本来ならこういう危険は冒さないのがオレの信条だったんだがなあ……それを“あいつ”に泣いてせがまれちゃあ聞かないって訳にもいかないだろ?

だから……なあ?いわゆる超法規的手段―――ての? そう言ったのを発動させて無理を押し通したってワ・ケ。」

「『超法規』……だと?それはもしかすると、他の世界の意志が私達の世界に干渉すると言った意味なのか!?」


「ほほおーーーう、理解が早い。 話しが出来るってのはこうでなくっちゃあなあ? ああ、そうだよ?オレやその一党は“あいつ”からの請願に応えただけだ。 契りを……絆を、よしみを結んだこの世界の『破戒王女』の身に、またぞろ危険が迫っている―――からってな。」

「(なに……?)シェラザードにまた危険が?!」


「ま、オレが口を出せるのはここまでだ。 後の事はよろしくやってくれや……魔王同士で、な。」


魔王だ、と? そんなバカな……この魔界に於いての魔王とは私でしかいないはず―――なのだとすると、いつか師が言っていた事は真実なのか!?


魔王カルブンクリスの“師”―――『大悪魔』ジィルガ。 この存在が自身の修行の為にと、この魔界とは別の世界を彷徨さまよっていたことがありました。

その中の一つの世界に、自分達の世界とは異なり多くの魔王が乱立する世界があったと言う。 その世界でジィルガは正体を偽るなどして、ある一氏族に力を貸したものでした。

そしてこの魔界に戻った時に自分の弟子達に自慢話として話しをしたと言うのですが……

ジィルガの弟子―――カルブンクリスにササラも、その事は話半分に聞いていた。 けれどササラは「ある時機」に、そしてカルブンクリスはこの際に……お伽話だと思っていた世界の者達の訪問を受けた―――


そして未明の何者かの“男性”からの促しにより、存在を認識させた―――???


ば―――莫迦な?!この私が認識できなかっただと!!?


「初めまして―――『熾緋の君』。 私は……そうね、私の事は『蒼嵐の君』とでも言っておこうかしら。」

「君……は?エルフなのか。」


「ええ、そうですよ。 私はエルフ、故に私の世界では「エルフの魔王」とも呼ばれていました。」

「そうか―――判った。 それで用件は?ただ魔王の玉座に座りたいが為に危険を冒してまでこの城を訪れたのではないのだろう。」


「はい―――では率直に申し上げておきましょう。 先程私の“彼”が申していた事は、放置しておけばいずれはそうなる……と言う類のもの。 ある案件を放置していればあなたのご友人の一人である『破戒王女』の身に危険が迫る―――それを感じ取ったからこそ、私は超法規的手段を発動させたのです。」

「ふむ……だがしかし、シェラザードはあなた方とは関係ないはずでは? なのになぜ、あなたはそこまでの事が出来るのだ。」


「これは『報恩』です。 私は……いえ、私だけではなく私の仲間達は『破戒王女』に救われた事があるのです。 それが“恩”……と言うのであれば、その恩には報いなければならないはず。 あなたはそうは思いませんか?『熾緋の君』。」


気が、つくとその場にいた。 カルブンクリスが魔王に成りてより様々な能力の付加がありました。 その中でも「存在の認識」に関しては群を抜いており、不可視の存在から(魔)術等によって不確かにさせているのまでも認識出来ていた。

そうだったにも拘らず、自分の目の前に居座る不明の“男性”の横にはべっていたエルフと思われる“女性”の事までは、認識できずにいた……


それは驚異―――それこそは、脅威……

もしこの者が悪意を持っていたなら、魔王自身どころか配下の命さえも危うかったはず。 ただ幸いだったのは、少なくともこの2名は自分達に敵意を抱いていない。

それどころか、この魔界の特定人物『破戒王女』―――シェラザードとは関係を構築させている……?


それにしてもなぜ―――なぜ『蒼嵐』を名乗った淡い蒼をした髪と眸を持つ者は、危険を冒してまでその事を伝えに来たのか。

いや……?そもそもは促されるまでは存在を認識できなかった、そんな者が自分達を援助?

「なるほど、良く判ったよ。 それより一つ質問をいいかな?」

「ええ―――私に答えられる事であれば。」


「何故あなたは、そこの彼から促されるまで、この私が認識できなかったのだ。」

「ああ、その事ですか。」

「そいつはオレから答えてやろう。」


「―――いいの?」

「別に減るもんじゃなし、構わねえだろ。 まあとどのつまりだ、今の時点で言ってしまうなら、あんたに対して『認識の阻害』をかけていたのはオレだからさ。 だけどなあ、オレのこの能力は元々備わっていたわけじゃあない。 ある時機にこいつを10000回討伐する試練を突破したお礼に、こいつ自身の“権能”ってヤツをオレが授かってなあ。 そのお蔭でオレはやりたい放題……どんな反則級チートな能力を持ってるヤツでさえも、この『歪曲ディストーション』にかかっちまえば、文字通り赤子の手を捻る様に……って、な。」


「そんな事が―――……」

「信じられねえか?けどそれはあんた自身が身を以て知ったじゃねえか。」


畏ろしい事だ、ただ幸いなのはこの彼らがこちら魔界側についてくれている。 ならば、この状況を最大限に利用しない手はない。

「なるほど、良く判った。 それで、あなた方はこれから私達に手を貸してくれると?」

「ああ、『手を貸してやる』てのは満更ウソじゃあない―――。 だけどな、その時期じゃあない……。」


「(ん?)それはどういう意味だ?」

「それは私から説明を致しましょう。 これからの“未来”に於いて、ある者達の死が約束されています。」


「(ある者達……)ある者達―――だと?!」

「そうです。 あなたの旧き友人達に死が忍び寄っているのです。 それにこれは絶対不可避―――避けては通れない道、逃れ得ぬ宿命さだめ

私も、彼女達の死だけならばここまでの行動には至ろうとはしませんでした。 しかし、『熾緋の君』……あなたの友人達の死の延長線上に、『破戒王女』がいたなら……」


「なんて事だ……ニルやリリア、ホホヅキにノエルだけではなく、シェラザードまでも?! でも……その危機をどうやってあなたは予知しる事が出来たのだ!?」


「あなたは……に見覚えはありませんか。」

「(!!)それは……『エヴァグリムの誇り』!」


「この耳飾り《イヤリング》にはそんな固有名が―――私達の世界では、これは『誇り』までとでしか認識できていませんでしたが。 そう―――この『誇り』の元の持ち主の危機を、この『誇り』が知らせてくれたからこそ、無理を通してこの世界へと来たのです。」

「なるほど……そう言う事か。 しかし―――残念だ……皮肉だ、友たちの死の未来を知って尚何も出来ないでいると言うのは。」


「“英雄”と言えどその身は不死ではありません、不滅でもありません。 この世に生を受けた者はやがて死と言う逃れられない宿命さだめに直面するもの。 それは私の世界でも、あなたの世界でも、そして……不逞の輩の世界でも言えた事。

ですから、私達が出来る事と言うのは彼の4人様が死なれた後―――と言う事になります。」


未来に必ずや起こる予告を知り、カルブンクリスは肩を落としました。 それは自分の友人達の死を知りながらも何も出来ないでいる自分に……そのまた延長線上にシェラザードの死も臭わされていたのですが、この『蒼嵐の君』と、あと付き添いの男性―――……


まだ―――何かいる……


「おう、どうした。」

{言われたとおり、障害は排除したようですよ。}


「ふぅんーーーそれで?」

{各自、集合地点に集結しつつあります。 なもんで、DT兄も『イラストリアス』も重たい腰上げて下さいよ。}


「ケッ―――言ってろ、『加藤段蔵』。 ま、てなわけでお時間となったようだ。 ここからはオレ達のやりたいようにさせてもらうぜ。」

「いや……それよりも、今のは一体何だ? あれは人なのか?」


「ああ、人っちゃあ人だなあ。 だが、オレに付きっきりだったお蔭ですっかりと“闇”や“悪”に染まり切っちまったみたいでなあ。 ちなみに言っておいてやるがオレも人だ。 人だったが他人を追い詰め追い落とす事に関しちゃ悪辣だったもんでな。 だから呼ばれたもんさ……人の中でも魔王足りえる者―――『人中の魔王』とな。」

「(ク・ス)相変わらずね―――ああ気にしないでくださいね。 私の彼はああ言った処で気は優しいですから。」


「オイオイ止めてくれよ?オレへのイメージ下げさせるような事はよ……じゃ、行くしましょうか愛しのハニー。」


そう言うと彼と彼女はまた、私の認識の枠の外へと遠のいて行った。 それはあたかも白い靄でもかかるかのように。



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