第42話 ペルソナ・ノン・グラータ《招かれざる厄災》

身元も正体も不明の何者かがラプラスの世界に現れ、或いは魔界軍に―――或いはラプラスに甚大な被害を負わさせた……ばかりだと思われていましたが、この異変と同様の異変が、魔界も覆い尽そうとは―――


しかし、魔界を覆った異変は、ラプラスの世界での異変とはおもむきを異にしていたのです。

それというのも―――魔界を覆った異変と言うのは、なんと……


「出会え!出会え~~! 手透きの者は主上のみが居座る事を許される玉座がある間まで直行せよ!!」


魔王城内にて響き渡るのは、黒豹人の一族であるサリバンの怒号でした。

決して犯せざるべくの場所を、犯した―――けがした不届き者がいる。

それはこの度シェラザードの故国だったエヴァグリムを襲い、滅ぼした『勇者』だったのであろうか?


否―――。


誰の許可もなく、傲岸不遜ごうがんふそんに魔王の玉座に腰を下ろし、待っていたのはそんな生易しい存在ではなかった……。

それに、この事態の急変を魔王に告げない訳にはいかない。 万が一の為にと、サリバンはラプラスの世界の征伐を目的とした出師の際に手渡されていたものを使用し、魔王にこの事を伝えました。


       * * * * * * * * * * *

その一方―――サリバンからの急報を受けた魔王カルブンクリスは。


「(警戒はしていたものだが……その網を掻い潜り逆襲の一手を繰り出してくるものとは、な……。)

那咤、私はこれから一度魔王城へと戻る。 その間待機をしておくんだ、いいね。」


「<指令オーダー>――<受諾アクセプト> 那咤はこれより待機任務に移行いたしますが、那咤を破壊しようと試みてくる者達への対処はいかがいたしましょう、マスター・カルブンクリス。」


「ふむ……その確率は低いとはいえ、放任しているわけにも行かないか。 よし、ならば敵と認識した時のみ反撃を許可しよう。」


「畏まりました。 では、データ上にある魔界側の者に関しては無条件で反撃をしない様にいたします。」


自分達が、(ほぼ)全軍を以てラプラスの世界へと征伐に出掛けている間に、別行動の隊を編成して逆襲を掛ける。

ただこちらとしても、ここまできて軍を返すと言うのは愚の骨頂と言えたモノで、互いに咽喉元に切っ先を突き付けられた状態でどちらが先にその切っ先を退かせるか……いわゆる「チキン・レース」の様相も呈してきたのです。

ただ、サリバンの報告によると、くだんの身元も正体も不明の何者かが現れた場所が異常だった。

魔王城―――魔界の中央行政機関の官庁が集中し、同時に最大の防衛機能を兼ね備えた「城塞」に、身元も正体も不明の何者かがいるのだと言う。


身元も正体も不明の何者か……ラプラスではないとすれば、一体何者……?


複雑な胸中、感情を抱いたまま魔王カルブンクリスは自分の城へと帰還を果たした―――……


        * * * * * * * * * * *

「早く腰を上げなさい! 大人しくこの場を去れば、命だけは見逃してあげましょう。」


サリバンの説得は、自分達の主上の座が得体の知れない者に奪われてから続いていました。

しかし、聞く耳を持たないのか、それとも聞く耳を持っていないのか……玉座に腰を下ろし、ひじ掛けに頬杖をついている不遜者は、「うん」とも「すん」とも言わない。

何か喋れば―――喋ってくれれば、こちらもなにかしらの対処リアクションが取れようものなのに……

そんな―――侍従長サリバンでさえ対応に苦慮していた処に……


「すまない、待たせたね。」

「主上―――! 申し訳ございません……この私の力が及ばなかったばかりに。」


「いや、君や君達の弟妹達は実に好くやってくれている。 それより、どこのどちら様かは知らないが……何の用なのかな。」



―――なるほどな、聞いていた以上に化け物だ。 しかも配下の者の心をガッチリと掴んでやがる。

「やあ……初めまして―――と言うべきかな? それより先に弁解をさせてくれ。 オレがあんたの“椅子”に居座るのはオレの本意じゃない。 “あるヤツ”から頼まれてなあ……。」

「(……)君の『本意じゃない』? では一体何者の……」


「まあそれより聞いてくれよ。退屈はさせやしないからさ。」

「出来れば、手短にお願いしたいものだね。 何分こちらも重要な案件を放って戻ってきたのだから。」


       * * * * * * * * * * *

魔王カルブンクリスが魔界の異変を感知し、戻っていた頃。 残された那咤にある脅威が迫っていました。


「<索敵感知>――<完了>那咤を解体・破壊を目的とした意志の集団が迫っている事を確認しました。」


たった一人(機)で多くのラプラスを葬り去った。 その事を周知したラプラスの上層はすぐさまにこの難敵に対処する為の軍団を編成しました。

報告によれば、その難敵は機械や機構システムによって動いているのだと言う。 だとするならそう言った者達が適任―――と言う事で、至急『機械士』『解体士』等が選別され、派遣されたのです。


……が、那咤は感じていました。 本来の敵は、その者達ではない―――と。

では、那咤が本能的に感じ取った“敵”とは……?


『あら―――、あら―――、何事かお困りですか?』


「<解読不能>――<解読不能>――これより機構システムを緊急停止致します。」


那咤に搭載されている「太極符印Mk-2」を以てもってしても、この戦場に現れた一人の不可思議な者の実態は判りませんでした。

いや……判りたくはなかった。 マスターに解読を命令されれば、出来なくはなかった……出来なくはなかったものでしたが、後の事を計算するなら「無理はしない方が良い」と言うのが最良の回答だった。

だからこそ太極符印Mk-2が熱量過多オーバー・ヒートをする前に、緊急停止をしたのです。

しかしこれでは、那咤は格好の標的……ラプラスと得体の知れない“化け物”の様な者により、破壊蹂躙の憂き目に曝されるのだろう……


すると……思わぬ出来事が。

なんとこの得体の知れない何者かは、自分以外の何者に対し、感心が無かった。 ラプラスだろうが、全身を兵器で組み立てられた機械人形だろうが―――『唯我独尊』とでも言う様に歩を進め、その場から去ろうとしていた。

けれどラプラスにしてみれば、得体の知れない者が自分達を無視して素通りされるのを看過出来なかった。


のちの、今にして思う事……あんな者など無視しておけば良かった―――と。


しかし、出来なかったからこそ後悔の念がある……


「待ちな、どこへ行く。」


『―――はい。 わたくしは、わたくしが愛するの下へと。』


愛する者の下へと行く為にその歩を進めるのだと言う。

「よくある話し」―――だと言う、愛する者を求め、また愛される者の下へと行きたいと言うのは。


のちの、今にして思う事―――どうしてあの時、その者の言う通りにしておかなかったのだろう……


しかし、言う通りにしておかなかったからこそ後悔の念がある。


「残念だがそれはそれは出来んな。 我達は機能停止をしているあのガラクタを処分する命を受けてきたのだ。」


『そのような事を仰らずに……どうか、どうかわたくしの願いを―――』


しかし、その者の願いを聞き届けなかったからこそ―――


『ああ……そうなのですか、どうあってもわたくしの願いを、聞き届けて下さらないと言うのですね。』


その、得体の知れない者は、外見みかけは「聖職者」のようでした。

言葉遣いも丁寧で、オークの鼻息で手折たおれてしまいそうな、一輪の花の様だった……


しかしそれは、所詮外見上みかけのうえでの話し―――


『では、仕方がありませんね。 押し通らせて頂きます。』


「聖職者」というからには、物理攻撃は不得手としているはず。 そして何より、(この世界の)常識に照らし合わせてみると、防御力もあまりないものだから真っ先に狙われてしまうと言う習性を持ち合わせていました。


けれどその者は……「聖職者」であって「聖職者」ではない―――と、するならば、一体その者は何者?

だからこそ、形容のし難い何者得体の知れない“化け物”の様な者か……と言う表現が似つかわしかった。

それに那咤は気付いてしまっていた。 優したおやか、ひ弱、軟弱で貧弱……

ですがその者の裏に潜む“凶暴性”をいち早く感知していたからこそ、機構が熱過多システムがオーバー・ヒートする前に、緊急停止をしたのです。


『では、失礼をいたしますね?』


そう言うが早いか、何か鞭のものが、得体の知れない者の下半身部分から発出され、「機械士」の右側頭部を捉え―――た??


……かと思うと―――。


『≪首を刈り取る死神の鎌≫

うふふふ……あはははは――――ハッハッハッハッハ! 聞いていたより随分と柔らかいモノですねえ?わたくしにしてみれば利き脚ではない方の脚でだけですのに……まぁるで完熟トメイトウのようになってしまいましたわあ?』


当初「聖職者」だと思われていた者は、徐々にその本性を曝し始めました。 本来であれば「回復」「治癒」「蘇生」等で味方を支援する魔法職であるはずなのに、その者は―――

「機械士」の右側頭部に自身の左脚の蹴りを当てると、引っ掻けるようにそのまま地面へと叩き付けた。

その者は知っていた……血の、臭いを。 血の臭いに酔い、痴れ、その「拳」で「肘」で「膝」で「脚」で相手を駆逐する術を体得した者。


あのまま―――素直に通しておけば……


しかしもうその念は遅きに失していた……。

もう……止まらない―――止められやしない、止め方なんて知りもしない。 血に飢えた獣の本性を曝した者は、動く者がいなくなるまでその生を貪り尽くす……


「く……ぅうっ!この人外ひとでなしめ!!」


人外ひとでなし……? この、わたくしの事ですか? では問い掛けを致しましょう―――『お前には、このわたくしが何に見える?』

言っておきますが、このわたくしは“人間”です。 ええ、間違いなくそうですとも。 ですが、更に言及するならば、敢えてこう申しましょう。

『わたくしは“人”だ……、“人”の皮を被った“オオカミ”なのだ。』

後悔をするがいい、お前ども。 このわたくし……『破界王ジャグワー・ノート』に目を着けられたのが運の尽き―――と。』


狩りの名手は、弱者のフリをして獲物の方から近づかせ、動けない様に捕えた後その骨までむさぼり、しゃぶり尽くすとされる。

その者……『破界王ジャグワー・ノート』も言ってみれば、狩りの名手でありました。

それに『何に見える?』と問われた者は、最早その者が聖職者には見えなかった。 だからこそ「化け物」―――と、素直に解答かえしてしまうのですが……

「化け物」と言われた『破界王ジャグワー・ノート』は……やおら目を細め、愉悦に浸った顔を晒し―――。


『クス―――、クス―――、クス、たぁいへんよくできました。 これでわたくしも真に愛しの夫……『人中の魔王』様の良き妻となれそうです。

それではお前、多勢の徒党を組み、か弱きわたくしの邪魔をしてくれたお前共。 それが今やたった一人お前しか残りませんでしたが、精々わたくしどもの前途ある幸福を祝福してくださいね。』



では―――ごきげんよう、死ね。



今回、機械仕掛けの神仙を破壊する為にと構成された部隊は、グリザイヤから出立したまま以後の行方は判らずじまいとなりました。

その事に、さすがに違和を感じた『賢者』は、至急捜索隊を組織しましたが、捜索隊が見つけたものとは既に腐敗が進み、痕跡が失せつつある件の部隊の残骸でしかなかったのです。

この事を『賢者』は重く受け止め、この一件の事を『ペルソナ・ノン・グラータ《招かれざる厄災》による障害』と位置付けたのです。



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