エルフの「王女様」だって、英雄に憧憬れてもイイじゃない！ ２

第25話 ある女の司祭の結末

また―――強襲れた（おそわれた）……これで３件目……。

軍団の再編成を終えさせ、魔界を急襲させる手筈が整えられた頃合でのこの騒動……。

この事態を放っておいてはまずい、全軍の士気にも関わるから。

だとてその準備は整えられている―――ここは一つこの事実を隠蔽し、進軍させるべきか。

「幸い」ながらも、この事実を知り得る立場にあるのは『賢者』自身のみ―――をいい事に、『賢者』は自分達の世界の街の一つが何者かによって襲われ、壊滅した事を隠し、再編成し終えた各軍団に対して「出撃」の命令を下したのです。

だとて…………闇の暴走は止まらない―――

　　　　　　　　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

次に“闇”の申し子の狙い目に定められてしまったのは、『賢者』が崇める“神”を奉った大神殿がある「総本山」と言うべき場所でした。

本来であれば、闇や影の属性を持つ者は、聖や光の属性に「弱い」とされているのですが……

「（ヒッ！）ヒイィッ……！　か……神よ―――ご、ご加護を！！」

「神―――神などどこにも居りはしない……どこを、どう探しても。」

「光」ある処には必ず「闇」や「影」は存在する。

それはこの世の理（ことわり）―――だからこそ、光充ち溢れる大神殿こそは、逆説的には「闇」や「影」の力は強まってしまうのです。

それに、聖なるを崇め神を奉る聖職者であったとしても、「心の闇」は存在する。

それは特に、この世界の大神殿の権威者である『賢者』の態様を見ても判るように、この世界の聖職者の方が「心の闇」を色濃く抱えていたのです。

それは「慾望」であり「欺瞞」であり「偽善」であった―――そうしたモノを利用し、“闇”の申し子が現出する……。

地にまで着く“烏の濡れ羽”の長髪を引き摺りながら…………

すでに血色のない“蝋”のような白い面（おもて）をしながら…………

昏き（くらき）呪怨の籠った“深紅”の眸を宿しながら…………

胸元まで肌蹴た、まるで“未亡人の喪服”の様な、黒き衣を纏いながら…………

エニグマ（クシナダでもニュクスでもない者）は、暗冥から這い寄る。

そしてこの大神殿に務めている多くの聖職者の生命をその手にかけ、最後に残された女の『司祭』に絶望を言い渡す―――……。

ただ、その絶望の言葉を聞く限り、どこか哀しみの籠った……それでいてどこかすすり泣いているかの様にも聴こえてしまった。

そう感じてしまったからか、女の『司祭』は―――

「あなたのその哀しみ……この私では到底受け切れるものではありませんが。

この私一人の生命で多くの生命が救われるのであれば、この私の生命を奪って下さい。　けれどその代り、もう無辜（むこ）の民達の生命を奪わないで下さい。」

「あなたの様な考えの人もいるのね。　私が知るこの世界の者共は、皆一様にして血も涙もない獣の様な者達ばかりだと思っていたのに……。

けれどあなたのその願いには答えられない、私が愛していた人はお前達の仲間により穢されてしまったのだから。

でも私は、あなたの生命を奪うのは止めようと思う。　しかしその代わりに……生きた地獄を体感するといい―――……」

大虐殺があった只中で、唯一生き残ってしまった女の『司祭』。

その彼女の生命は、なぜかエニグマから奪われませんでしたが、そこも言ってしまえば互いの心の琴線が触れ合ってしまった事だと、そう感じたから。

けれども“闇”の申し子はこうも言い渡していたのです。

この惨状の中で、生き残ってしまった……その事こそが「生きた地獄」であると。

その言葉の意味を、女の『司祭』はこの後まざまざと思い知らされたのです。

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「そ―――そんな、わ、私をお疑いなのですか？？」

「ええい黙らっしゃいッ！　この神聖なる場所を多くの同胞たちの血で汚されているというのに、なぜおまえは唯一人生き残っているのだ！　それこそ穢らわしい者と相通じている証拠だとは思わぬのか！！」

「そ―――んな……わ、私はただ……。」

「（うん？）「ただ」？　「ただ」……なんだ。」

けれど急に“はた”と口を噤んでしまった。

「彼女」が言い分としている処が理解り、同情をしてしまった―――などとは口が割けても言え……いや、言ってはならない、それが女の『司祭』の直感でした。

だとて疑り深い女は、女の『司祭』が何を言いかけようとしたのかが相当気になり、同じ“神”を崇め同じ宗教を信じていた同胞（はらから）であったとしても、絶え難い苦痛を―――恥辱を伴わせる「拷問」「尋問」にかけたのです。

同じ「人間」としての尊厳を奪い、扱いを劣悪にさせる事で精神を挫けさせ、洗いざらいを吐かせようとした。

鞭によって背の生皮が剥がれ、生爪までも剥がされ……ようとも、女の『司祭』は彼女（エニグマ）の事を一切吐きませんでした。

そしてここにきて非常に無駄な時間を費やしたモノだと思った『賢者』は、それでも腹の虫が収まらなかったか、女の『司祭』の身分やその装束を剥いだ上で、地下のうす暗い牢獄に繋いだのです。

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しかし…………そう――――――『地下のうす暗い』……そこには「闇」しか存在しない。

ゆえに、こそ―――……

「酷い仕打ちを受けたのね……。」

「あなた……は―――」

「闇」から滲み出した存在に“はた”と目が行く。

この世のなにもかもに絶望し、「闇」を受け入れた存在。

片や、自分が信じていた……信じようとしていたものに裏切られてしまった存在。

その誘惑（いざない）は甘やかでありつつも、真綿で包むように優しく包み込んでくる。

「私の名は、『エニグマ（誰でもない者）』―――私はあなたを歓迎しましょう。

そして抗うだけの“力”を授けましょう………」

　　　　　　　　　　　　は…………い―――

「さあ……この私の「負」の権能を受け入れるのです。

そしてかつてのあなたの敵―――魔王様に忠誠を……。」

　　　　　　　　　　　　　はい―――

誘惑（いざない）が受諾（うけいれ）られた時、“彼女”の手足にかけられた枷は腐り落ちました。

そして何とも形容のし難い言い表し様のない「闇」の奔り（うねり）が“彼女”の身に纏わり付き。

「なんなりとご命令を―――エニグマ様。」

「では、『闇司祭（ダーク・プリースト）クローディア』、あなたは以下の事を流言しなさい。

『魔界からの軍勢など来るはずもない。　もしそのような報を耳にしたなら、それは『賢者』様が密やかになされておられる実戦形式の演習なのだ。』

―――と。」

「畏まりました、ではその様に……。」

かつて純白で仕立て上げられた聖なる衣は、もう既にそこには存在していない（“彼女”の身には纏っていない）。

あるのは何色にも染まらぬよう仕立て上げられた漆黒の衣があるだけ。

それに最早“彼女”には後悔の念は視えない。　それはまた、畏敬の念を払い信じていた者から、また信じていた“神”からも裏切られた。

その見返りとしては「当然のことだ」と思い始めたから。

つづく