第17話 始まる悪意の侵蝕

スオウでの事変を皮切りに、そこかしこで沸き立ってきたラプラスの襲撃。

その事にスゥイルヴァン女王と成ったシェラザードは、自らも身支度を整えると、その足を「ある場所」へと向かわせるのでした。


そう―――「ある場所」に……


       * * * * * * * * * *

実はシェラザードは、新国家樹立の承認を得る為と同時に、ある事を「勧誘者」に回答をしていました。


「―――それと魔王様、これまで先送りにしてきた回答を、ここで答えさせてください。」


「(……)構わないよ。」


「ありがとうございます……。」


彼女は以前、魔王カルブンクリスから『ある勧誘さそい』を受けていたことがありました。

そしてその勧誘は、即日の回答を望むのではなく、よく熟慮した上での回答でも「善し」と言う方向性を、勧誘した本人から打診をされていたのです。

とは言え、その回答は今現在でなくとも良かった……のでしたが―――


「私は、魔王様の”お手伝い”を致したく存じ上げます。」


「いいのかな、それで……タイミング的にはもっと後でも―――」


「いえ、これが私の―――私が熟慮した結果でございます。

私は不覚にも……私の不覚の所為せいで父や王国の皆を、多くの人達を犠牲にしてきました。

そんな犠牲の下に私は新たな国家を建てたのです。 だから―――……」


「判った。 もうそれ以上は言わなくてよろしい。」


「いえ、言わさせて下さい!!」


「私は、判った……と言ったのだ、シェラザード。」



生来からの熾緋いあかい眸を、更に熾緋くあかく染め上げている……

まるで、まるで焔……この方は今、紛れもなく激しく憤怒している。



それはまた、自分達が生きとし生けるこの魔界せかい蹂躙ふみあらされた経緯もあるのでしょうが。

なにより目を掛けていた者を、奴隷等と言う凌辱の極みに貶めおとしめてくれた者達への、あからさまなる怒りであったことをひしと感じるのでした。


ただ―――


「だが、よく決意をしてくれた。

私はその事に非常に感謝し、慶びよろこび以てもって現わさなければならないだろう。

スゥィルヴァン女王シェラザード、その決意を汲み我が臣下の序列に加わることを許可する!」


そう―――今やシェラザードは、一国の元首だけではなく、魔界の運営にも携わる最重要人物と成っていたのです。


「それで……許可を頂いたのはいいんですが、取り敢えずは何をすれば―――。」


「そこは君の悩める処ではない。 言わば君は私の臣下の中でも新参者だ、だから今のところは君自身の国造り―――土台・礎をしっかりと築くといいよ。」


けれどシェラザードはご覧の様に、魔王臣下の一年生……と言う事もあり、当面の間は自国の土台作りに励むよう言い渡されていたのです。


        * * * * * * * * * *

そうした最中での、この事変―――無論シェラザードが足を運んでいる「ある場所」こそは、『魔王城』……


「至急魔王様にお目通りを―――!!」


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そのまたある一方で―――こちらも“変化”は訪れていました。


その以前によこしまな者に取り憑かれてしまった―――



嗚呼……憎い憎い憎い憎い―――!



以前まではとあるクラン/PTに所属し、最終的には魔界侵略を担当した『ルキフグス』なる者を討伐せしめた英雄の一人……でしたが。

そうなるまでに『夜の世界を統べし女王ニュクス』なる者の侵蝕をその身に受けてしまい、僅かに人格や意志は遺るもののクラン/PTの一員クシナダではなくなってしまった者……。


ルキフグスが魔界を侵略した折、最も功績があったのは“その者クシナダ”……いや、クシナダに取り憑いてしまった者ニュクスと言って差し支えなかった……そして「戦役」が終結した時、また変わらぬ日常が訪れるモノだと思っていたのに―――


ふと耳にした、“悪友よきとも”の凶報。

悪友よきとも”の国が滅亡し、“悪友よきとも”自身も囚われ、奴隷にまで貶めおとしめられた……

そこでどうにか仲間の一人であるササラの助けを借り、“悪友よきとも”の身柄の確保まで至れたものでしたが―――



私が救い出した時感じられた……

私の“悪友あいするひと”の存在性グリマーが限りなく小さくなっていると言う事を……


       * * * * * * * * * *

{なるほどな……“あやつ”の意向を受け、奴らがついに動き出しおったか。}

{なに? どう言う事? 奴ら??}


{『勇者』を筆頭とする、このわたくしよりも一層性質たちの悪い連中の事だ。

その正体は「人間」と言う、わたくし達の最上位種だ。

このわたくし達よりも能力があり、以前から魔界を襲い来た者共すらも楽に殺せる……このわたくし達よりも化け物な、化け物共の寄り集まり……それが奴らと言う事だ。}


さすがに向う側の事情に通じていただけの事はあり、本来ならば秘匿であるはずの“彼ら『勇者』達”の個人情報が漏れ始める漏洩する……。

しかしその事を知り、クシナダであった者への侵蝕が、また一歩加速する……。



許せん、許せん、許せん、許せぬ―――!



クシナダは、もう“自分”が以前の自分ではなくなってしまっている事を知っていました。



自分の事は、自分が良く知っている―――……



だからこそ……



ニュクスよ―――この私を選んでくれた事、感謝する……

英雄とは成りながらも、私は他の仲間達の様に……

他国からの勧誘・要請・引き抜きには応じなかった……

私は私を偽っていた―――ああそうだ、私は『自分の事は、自分が良く知っている』とは言いながらも、結局のところは私は自分の事が良く判っていなかった……

してや―――産まれ故郷であるスオウにも、二度と足を踏み入れる事はなかった……

私は、憎い―――私が一番愛した人を、貶めおとしめてくれた奴らの事が……!!



それはまた、自身が『穢れけがれし者』であった事をよく理解していたから。



ニュクスよ―――多くを望まぬ……この私と同化しろ。

この肉体はお前にくれてやる、だからお前の権能を私に寄越せ―――!!



フフフフ―――いいわあ~? お前のその「悪意」。

実に清々しい気分が好い―――さあ……教えてやろうではないか、奴らに破滅と言うものを!!



この日―――この時を限りに、「クシナダ」と言う存在と、「ニュクス」と言う存在は、観測されなくなりましたこの現世からいなくなりました


いえ、正しく言うのならば、「クシナダ」ではありながらもクシナダではない、「ニュクス」でありながらもニュクスではない―――そうした不可解な存在が新たに産まれた……


後年、伝承ではこう伝えられている。


この魔界に舞い降りようとした厄災を祓った者達の中に、『誰でもない者』―――エニグマ成る存在が、……と言う事を。




つづく



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