第5話 光の珠

『勇者』……『賢者』……そんな者達がシェラを―――?

許せない……赦せない!



不可侵の領域を侵犯されおかされ……存在の“澱みよどみ”が始まる―――

そう……これは“始まり”なのであって、始まってしまえば中断など出来るはずもない―――

ただ、彼女のなかに同居する者は気付いてはいました。


しかし―――ながら……気付いてはいたものの、何をするでもなかった。

ただ大海原に、その海面みなも揺蕩うたゆたう小舟の様に、己の存在を浸し、任せた……ゆだねた―――


       * * * * * * * * * *

それはそうとして―――


「『その造物主とやらも“善”であれば―――』って、どう言う意味なんですか、ジィルガ様!」


「その言葉通り……まあ一つの例えとして、その造物主の事を『神』と仮定しよう。

ただ、その『神』なる存在も、『“善良”ばかりではない』―――と、言っておるのだ。」


「つまり、“悪”なる存在も、いることはいるのです。

聞いた事がありませんか? 『邪神』や『悪神』のたぐいを。」


「聞いた事―――って言うより……見た事、読んだ事ならあるよ……。」


「その“呼称よびな”の方が的確やもしれんな。 いわゆる『勇者』だの『賢者』だのと宣うのたまう奴は、信奉する『邪神』の尖兵なのさ!」


「ちょっと待ってニュクス……じゃあ―――その……」


「察したようだな、『グリマー』。 そう言う事だ―――“わたくし”はその邪神に最後まで抗い続けた。 ただそれは賞賛などではない―――最後まで抗い続けた“逆徒”として位置づけられ、見せしめのためにこの地に遣わされたのだ!!」



なんだよ……それ―――

それじゃまるっきり、この人は被害者じゃないか……

邪悪なる神に盾突いてきた―――それがどうして闇に染まり切らなければ……



170のよわいを重ねても、まだ“若輩”であったシェラザードには、そこの処が判りませんでした。

“力”によって屈服を強いしいられながらも、“見せしめ”を強いしいられながらも、忘れる事はなかった『復讐』。

けれどその原動力は“怨み”であり“呪い”だった……だからこそニュクスは闇へと堕ちたのです。


こうして自分が疑問としている事が払拭できたシェラザードは、これから自分達が取るべき行動指針ロード・マップをこの4人だけで決め、一路マナカクリムへと引き返すのでした。


            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その一方―――


{なに? エヴァグリムが―――?}


{はい。 なんでも噂によると、ラプラス共によって―――だとか。}


{またあの者共が? しかし―――……}


{はい―――私も少し妙と思い、調査をしてみました。}


{それで―――……?}


定期的に互いの情報交換をしていた竜吉公主とウリエル。

そんな2人の間で交わされたのは、エヴァグリム消滅の報でした。

そしてその事象に関わっていたとされる、―――……


{『勇者』に『賢者』!}


{この私達でさえ口伝でしか伝わっていませんが、あの者共が担ぎ出されたとなると……}


竜吉公主にウリエルの両者も700年以上もの時を紡げてきた……にも拘らず、彼女達も“ヤツラ”の事に関しては、その実態は知らなかった。

しかし、だけは知っていた―――

『勇者』を筆頭とする命知らずな向こう見ずな者達は、この魔界に於いては大いなる厄いわざわいである―――と。


けれどそれを知ったとしても、ここで怖気づくわけにもいかない。

今を生きる自分達が、“ヤツラ”を食い止めなければ、魔界この世界は“ヤツラ”のモノと成り果ててしまうのだから。


けれど―――?


{勿論この事態は、魔王様も存じ上げておいでのハズなのだな?}


{当然そのハズです。 なによりあの方の持つ情報収集能力は、我らのそれを遥かに凌ぎますからな。}


{ふむ……しかしそれにしては妙だな―――なのだとしたら、もう既に布令の一つも出てもよかろうものなのに……。}


{言われてみれば―――しかし、何らかの手立ては講じているハズです。}


        * * * * * * * * * *

しかし―――この後1年、魔王からの布令は出る事はなかった……。

魔王カルブンクリス程の者が、まさかエルフの王国が滅亡んでほろんでしまった事を、知らないハズがない―――


ですが……『ハズ』―――そう、言わば“希望的観測”。

『そうなってくれればいい』―――と言う、願望。


『グリマー』であるエルフの王女の国が、ラプラス共によって滅亡ほろぼされてしまった―――しかも事の経緯を聞く限りでは、王女は虜囚の憂き目に曝され、奴隷の身に堕とされかけたとも言うのに……



なぜ動かない―――

なぜ……魔王様は―――



竜吉公主自身、深く関わり過ぎてしまったから―――こそ、王女の国や王女自身が侵犯おかされた事を心配したものでした。


しかし一年―――『エヴァグリム滅亡』と共に『奴隷となってしまった王女』の凶報も耳にした。

一年―――経つというのに、特段として魔王からの施策方針は何もありませんでした。


『なにもしない』……まるで見放した―――見捨てたかのように思えた、見えてしまった……。


『なにもしない』……魔王の下には優れた部下もいると言うのに、『動かした』との話も聴こえてこない……。


だからこそ―――


         * * * * * * * * * *

「(……)―――見つけたわよ、ベサリウス。」


「何ですかい? 公主さん―――」


「あなた何をこんな処でぶらついているの。 ちゃんと魔王様の部下として―――」



あ゛あ゛~~~あ゛―――面倒臭ぇって時に、面倒臭ぇお人に絡まれた事もあったもんだ。

けど、これでいいんですよねえ? 主上リアル・マスター―――『求められちまった』もんですから、色々話させてもらいますよ。

ええ~~それゃもう“色々”と―――ね……



マナカクリムで特に何をするでもない―――いわばぶらついているヘレナ(ベサリウス)を見つけ、凄い形相で詰め寄って来る“自称ちゃん”(アンジェリカ)。

その事に、殊の外自分を目の敵にするこの女性から、特に『面倒臭い事』……

そう―――へレナ(ベサリウス)自身の主上リアル・マスターである方から、予め言い含めさせられていた事…………


             ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「皆も―――エヴァグリム滅亡と、それに関わる王女奴隷化の事は耳にしていると思う。

そう……つまり“あちら側”が愈々いよいよ魔界の征服に向け、本腰を入れてきたと言う事だ。」


「お畏れながら魔王様―――発言する機会のお許しを。」


「いいだろう侍従長サリバン―――発言を許可する。」


「ありがたき幸せ……では、お一つお聞かせ願いたいのですが、ラプラス共はなぜ彼の国を? それに王女を……?

彼の国の王女様が『グリマー』である事は、魔界こちら側しか知らないハズでは?」


「いや……そこはもう希望的観測を述べるべきではない。

そう言う事だ、気付いてしまった者がいるのだ。

“あちら側”の「教会」なる集団が、この私の『闇の衣』に対抗し得るたった一つの有効的手段―――『光の珠』成る存在に。」


「『光の珠』―――……」


「『常夜の闇に閉ざされた世界』と言われている魔界―――その魔界の中でも一際強く輝ける「躍動せし光」こそ『グリマー』……

この存在性が正常に働いていれば、私達に大いなる恩恵をもたらしてくれる。

だが……貶しおとしめられ、さげすまれ、はずかしめられ、けがされ―――そしておとされ……

正常に働かなくなってしまった時、光は最大限に弱まってしまう、そしてそのタイミングで生命を断たれてしまえば―――」


「まさか―――ラプラス共でも扱う事は可能だと??!」


「ローリエの時は段階を踏んでいなかったから、その死と同時に『グリマー』としての特性は次代つぎなる『グリマー』……シェラザードに受け継がれた。

私も迂闊だったよ―――例のシステムの構築を急ぐあまりに注意力は散漫だったようだ。

だが、今ここで過去を振り返ったとしても、もう戻りはしない……。

遅きに失してしまったかもしれないが、ここで講じ得る手立ては打っておく。

だからと言って口外は一切してはならない―――万が一口外して情報が漏洩するようなことがあるようならば、それが例え私の臣下だとしても厳罰を以てもって対処することを、最初にここで宣言しておく!」



       ただ―――“求め”られれば、その限りではない……





つづく



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