デートはドキドキの連続です2

「ディティ、口を開けて」


 すぐ目の前に、リオルク様の紺碧の瞳があった。こんなの、反則。だって、まっすぐに見つめらえるとそこから反らすことなんてできなくって。


 じわじわと顔に熱が集まってしまう。


 気が付くと、わたしは小さく口を開いていた。彼は嬉しそうにわたしの甘いケーキを食べさせてくれた。スポンジケーキが何層にもなったチョコレートのケーキの中には甘酸っぱいジャムが塗られている。


 甘さの中にほんのりと酸っぱさが混じって、その組み合わせのおかげでいくらでも食べられそう。

 その酸っぱいジャムでさえ、今はとても甘く感じてしまう。


 思わず目をつむってしまう。きゅっきゅと咀嚼をするところまでリオルク様に見られているかと思うと恥ずかしい。


 きっと、こんなにも動揺をしているのはわたしだけに決まっている。

 リオルク様は単に婚約者役を引き受けてくれたわたしの接待をしているに過ぎないのに。だって、小さいころだって彼はこんなふうにわたしにお菓子を食べさせてくれていた。


 あの頃と同じ感覚でされてしまうと、こちらの心臓が持たない。

 まあ、それは食堂でも言えることなのだけれど、今日は他人の目がない分、距離が近すぎる。


「美味しい?」

「……おば様のお店のケーキは絶品なんです」


 ぼそぼそと返事をした。まともにリオルク様の顔を見ることが出来ない。


 その後もリオルク様はわたしにせっせとケーキを運んだ。

 わたしはそのたびに、わたしはペット。ペットか妹みたいなものだから、と心の中で繰り返していた。彼のこの行為に深い意味はないのだから。


 何度も繰り返し念じていると、ふと心の中に影が生じて小さく首を傾げた。

 見えないくらい小さな棘が指先をかすめたような、何かの感じ。


「どうした?」


 リオルク様の声に意識を浮上させて、びっくりした。彼がこちらを覗き込むように顔を近づけていたからだ。


「ひゃっ」

 びくりとして体を後ろに引くと、リオルク様が「すまない」と素早く詫びた。


「いえ」


 わたしは胸の前に手を置いた。ああ、こんなにも近いと心臓が持たない。

 すると、何を思ったのか、リオルク様がわたしの手をそっと取った。


「ディティ……」


 なにやら熱心にこちらを見つめてくるではないか。呼吸が止まりそうに……いや、実際息の仕方がわからなくなって、わたしはじっと彼を見つめ返した。


 なにか、空気が変わったような気がした。


 リオルク様の瞳の奥に、わたしの知らない何かがいるような、小さな不安。これは一体なんなのだろう。目の前にいるのは小さなころから知っている人だというのに、まるで今日初めて出会ったような心もとなさが生じた。


 どうしよう。何か言わないと。頭の中で必死に考える。何かが訴えるのだ。このままでは駄目だと。その正体も分からないのに、わたしは懸命に考えた。


「あの! いつもリオルク様には大変お世話になっているので、今からわたしがリオルク様のことを接待します!」


 わたしは勢いよく立ち上がった。


「え……?」


 下からリオルク様の呆然とした声が聞こえてきたけれど、わたしはそれどころじゃなかった。接待って一体何をするのかさっぱり見当もつかないけれども、彼にお世話になっていることは本当のことで。先日の小テスト対策の他にも、わたしのために小テスト対策問題集を作ってくれたりして、本当に感謝をしているのだ。


「わたし、これからはもっと前を向いて頑張りますっ! 今までリオルク様やソーリアたちに守ってもらってばかりでしたが、ちゃんと自分の意見を言えるような、かっこいい女の子になれるように。だからその。今日はその決意を見せるためにも、わたしがリオルク様にケーキを食べさせて差し上げます!」


「えぇ!」


 勢いよく宣言をすると、リオルク様のお顔が崩れた。こんなふうに呆けた表情にもなれるらしい。それは年相応でもあって、わたしはこっそりと親近感を持ってしまった。


「はい! 何のお役にも立てないですが、このくらいはできます」


 部屋の中の空気が変わったことにも気を良くして、わたしはまくしたててしまう。


「いや、それは……いや、まずいだろう……」

「先ほどわたしには散々したではないですか」


 意趣返しも兼ねてわたしは言葉を重ねる。


「いや、して欲しいか欲しくないかの二者択一だと、して欲しい。けれども……これに手を伸ばしたら、それだけでは済まな……」


 リオルク様は膝の上に肘を置いて、前かがみなってしまわれた。

 なにやらぶつぶつと唱えているようだけれど、一体どうしたというのだろう。


 結局彼は苦悶の表情を浮かべ、何かに耐えるように「だめだ……」とばかり何度も呟いた。


 もしかしたら、男性の誇りを傷つけてしまったのかもしれない。遅まきながら、そのことに気が付いたわたしは空回りを自覚して「す、すみませんでした!」と平謝りをした。


「いや、ディティが謝る必要はない! せっかくの申し出なのだから、まずは俺の膝の上に――」


 と言いかけたところで扉を叩く音が聞こえた。

 絶妙なタイミングで入ってきたのはなぜだかお父様だった。


「今日はリオルクの誕生日の祝いだと聞いてね。私も祝いの品を持ってきてやったよ」

「お父様」


「ディティもいたのか。ほら、ディティ、こちらへ来なさい。男は狼なのだから、個室なんてとんでもないぞ」


 お父様の登場に目を白黒させていると、後ろからおば様が申し訳なさそうに顔を現した。


「ごめんなさいね。こいつうるさくって」

「本当……勘弁してほしい」


 リオルク様ががっくりと項垂れた。そこに何かを感じたのかお父様が「ほお。私がいては何か不都合でも?」とリオルク様に問いかけている。


 すっかり賑やかになった部屋で、わたしたちは席に座ってお茶会を再開したのだった。

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