デートはドキドキの連続です1

 今日一番の目的は二人一緒に映った写真を撮ること。公爵家が懇意にする写真館へと連れてこられたわたしは、リオルク様と二人で長椅子に座っている。


 二人で写真を撮る場合、女性が一人掛けに座ってその後ろに男性が立つ構図が一般的ではなかろか。


「写真の構図は千差万別だ。婚約者なのだから、隣同士でも問題はないだろう」


 わたしの困惑を読んだのか、リオルク様が隣で口を開いた。

 いやしかし、隣では妙に落ち着かない。今日の彼がいつも以上に様になっているせいだと思う。


 写真館の助手の男性と女性が、わたしたちの髪の毛やドレスの乱れを直していき、いよいよ撮影が始まった。


 わたしは正直言うと写真が苦手だ。

 なぜって、機械を前に笑顔を作るのが下手だからである。撮り終わった写真を見ると、いつも頬が引きつっているのが密かな悩みなのだけれど、今回もそれが解決することは無いと思う。


 正直、今だってものすごく緊張をしている。家族写真ではなくって、今日は隣にリオルク様がいらっしゃるのだ。

 変な顔になっては大変、と思うと余計に身体に力が入ってしまう。


「お嬢様、もう少し柔らかい雰囲気にしましょう」


 撮影士さんからやんわりとダメ出しをされて落ち込んだ。

 改めて笑顔を作ろうとすると、難しくってわたしはその後何度かやり直しを要求され、そのたびに顔がかちこちに固まっていった。


「ごめんなさい」

「ディティ、焦らなくていい。きみはどんな顔だって可愛いから」

「でも」


 焦りで余計に顔から余裕が無くなっていく。


「ディティ、楽しいことを考えて。そうだな、今日はこのあとサロンに連れて行ってくれるんだろう? ディティはどんなケーキが食べたい?」

「ええと……。チョコレートを使ったケーキが食べたいです」

「ディティはチョコレートが好き?」

「はい」


 頷くと、隣に座るリオルク様が微笑んだ。


「ほら、可愛い笑顔だ」

 リオルク様が笑顔でわたしの頬に手を伸ばして、そっとつついた。


「俺としてはきみのほっぺたを食べてしまいたくなる」

「もう……。美味しくありませんよ」

「試してもいいのか?」

「だめです」


 ささやかな会話のやり取りに、心の中が自然とほころんだ。


「さあ、撮影を始めようか。ディティ、正面のカメラをチョコレートのケーキだと思えばいい」


「そんな子供じみた妄想はいたしません」


 からかうような口調に、ついわたしは唇を尖らせる。

 小さなころから心を許していたリオルク様と再び言葉を交わすようになって、最近ではつい砕けた言葉遣いと態度になってしまう。


 リオルク様と話したことで、緊張が解けたのかわたしは写真機を前に今まで一番自然に微笑むことが出来た。隣に座るリオルク様を感じるせいだろうか。


 なんとなくくすぐったくて、早く出来上がった写真を確認したくなる。

 何度かシャッターを切られ、構図を変え、最後はわたし一人きりの写真まで取る羽目になった。


「これは俺が持っておくためのもの。ディティの写真を持てるのは、婚約者である俺の特権だろう?」


 なんて言われてしまうと頷いてしまう。

 でも、わたしの写真をリオルク様が持っていると考えるだけで、なにやらむずむずとしてしまい無性に走り回りたくなってしまう。


 わたしも同じようにリオルク様の写真がほしいかというと、そこはまた複雑で。

 だって、絶対に恥ずかしい。どきどきして勉強が手につかなくなってしまいそう。


 ひとしきり写真を撮ったわたしたちは写真館を後にした。

 街を散策して、書店でお互いに本を選び合って、昼食を食べて、最後はサロンへと立ち寄った。


 わたしのおば様が経営をする人気店、幸福色だ。


 上階の特別室は、シックな内装で統一をされている。とはいえ、女性の好む色合いのため冷たさはない。壁紙も長椅子の布張り部分も花模様で統一されている。

 大きな窓からは中庭を覗き込むことが出来る。もうあと少ししたら色とりどりの春の花が咲き誇ることだろう。


 今はクロッカスやハナニラなどが慎ましやかに咲いている。

 ここでもわたしたちは隣同士に座ることになった。

 長椅子には当然のことながら等間隔にひじ掛けがついているわけでもなく。

 自習室や食堂の一人掛けの椅子が恋しくなる。


「ディティ、ほら、口を開けて」


 今日もリオルク様は通常運転だった。

 運ばれてきたお菓子をフォークで切り、わたしの口元へと運ぶ。


 おかしい。これはリオルク様への誕生日のお祝いのはず。どうしてわたしが甲斐甲斐しくお世話をされているのだろう。


「あの、今日はわたしがリオルク様に接待をする日なのに、どうしてあなたがわたしのお世話ばかりするのですか」

「……」


 少し強めに抗議するとリオルク様が押し黙った。

 もしかして、気分を損ねてしまったのだろうか。顔を青くしていると、リオルク様が頬をうっすらと染めた。


「なんだか、結婚後の予行演習みたいだ」

「ふえ?」


 脈絡のない台詞に、すっとんきょうな声が出てしまう。リオルク様はそんなわたしのほうへずいと身を乗り出した。


「今日は俺のために一日時間を使ってくれてありがとう。一日中可愛いきみを独り占めで来て嬉しかった。最後は俺にきみを労わらせてほしい」


「いいえ。リオルク様のお誕生日をお祝いしたかったのです。それに、リオルク様には勉強を教えていただいたり、お世話になっていますから」


 わたしは慌てて両手を前に出してぷるぷると振った。


「きみに祝ってもらえて俺は幸せ者だな」

「そんな。わたしなんて」


 リオルク様が言葉を重ねるから、わたしはますます恐縮してしまう。


「今日は俺の誕生日を祝ってくれる日なのだろう? ということは、俺がディティにケーキを食べさせたいという願いを叶えてくれる日、ということでもあるわけだ」


「えっ……」

 それはものすごく屁理屈ではないだろうか。

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