第6話 事情説明をお願いします1

 次の休息日、わたしは実家へと里帰りをした。多忙な両親と確実に面会をするために、わざわざ寮から電報まで打って帰宅の予定を知らせた。


 王都メルデンにある我が家に一歩足を踏み入れた途端に「フレア!」とお父様からぎゅうぎゅうと抱きしめられた。


「はいはい、こらこら。まずは外套を脱がせてあげなさい。それからここでは寒いでしょうに、移動をするわよ」


 お母様に宥められたお父様はしぶしぶわたしを離してくれた。

 わたしは、ふう、と息を吐き出して外套を脱いで侍女に渡した。


 応接間の暖炉には火が入れられていて、すぐに暖かいミルクティーが供された。

 わたしはそれにはちみつをたっぷりと入れてスプーンでくるくるとかき混ぜる。


 我が家のいつもの味にほっこりする。

 寮生活も楽しいけれど、やっぱり慣れ親しんだ味というのも大切で。

 この一週間の疲れがとろとろと体から外へ流れていくようだ。


「それで、お話って。リオルクとの婚約のこと?」


 お母様はわたしがカップの中身をあらかた飲み終わったところで話しかけてきた。


 話が早くて助かる。わたしは大きく頷いた。


「そうよ。わたしとリオルク様が婚約って、一体どういうこと? しかも、両家で認めた正式なものって……。だって、そんなのわたし知らない」


 とにかく、あの日以来大変だった。


 わたしは小さいころから人見知りで、注目されることが何よりも苦手なのに、この数日ときたら、人生で一番注目を浴びているのでは、と思うくらい人々の目が痛かった。


「子供の頃に約束をしたのでしょう? いいわねえ。幼なじみって」

「え、ええ? 一体何のこと?」


「あら、忘れてしまったの? でも、リオルク以上に素敵な人なんていないと思わない? わたし、彼を義息子にできるだなんて、嬉しいわ」


 お母様は少女のようにはしゃいである。


 一方のわたしは、寝耳に水で口を大きく開けてしまった。約束? 子供の頃? そんなの知らない。


「ほら! やっぱりフレアは覚えていないじゃないか! なにが僕たちは結婚の約束をしたから見守っていてほしいだ。ちくしょうっ! 大体、私は反対だったんだ。だって、フレアはこのあいだ十六歳になったばかりなんだよ。婚約だなんて早すぎる。というか一生結婚なんてしなくていいくらいだ。私が何不自由ない生活を――うっ……」


 お母様の隣に座りつつ、わたしの方に身を乗り出してきたお父様だったけれど、話の途中で体を前に出し呻き声を出した。


 座っているお父様の太ももを、お母様が容赦なくつねったのだ。

 お父様はお母様にとっても弱い。昔、惚れた弱みだと言っていた。


「はいはい。最終的に勝ったのはリオルクよ」

 お母様はぴしゃりと言うと、お父様がガバっと顔を持ち上げた。


「しかしだな!」

「あの子はちゃんとあなたとの約束も守ったじゃない」


「……誰だ、初恋は成就しないものだなんて言葉を残した先人は」

「リオルクの粘り勝ちねえ」


 両親がわたしの知らない話を始めてしまった。

 おかげで、頭の中が疑問符ばかりになって、わたしは目の前に座る彼らをじっと見つめた。


「あなたが生まれたとき、アデリーと話したのよ。もしも、フレアとリオルクが結婚をしたらわたしたち、両方の親になれるのねって。願いが叶って嬉しいわ」


 お母様の中では、わたしとリオルク様は婚約を通り越して結婚したかのような扱いになっている。


「でも、お母様。わたし」


「だめだぞ。フレアをあんな腹黒のもとに嫁に出してたまるものか! ……うぅ――」


 再度先ほどと同じ主張を始めたお父様だったけれど、再びお母様の無言のつねりによって撃沈させられた。


「リオルク以上の青年なんていないし、フレアを任せられるのも彼だけよ」

「しかしだな……」


 お父様が地を這う声を出す。


「わたしだって、フレアのことは可愛いわ。なにも、気のない二人を無理矢理結び付けるだなんて、そうは思っていないわよ。恋愛結婚のすばらしさはきちんとわかっているつもり」


 この言葉の前半分はわたしに、後ろ部分はお父様に向かってのものだ。

 わたしは抗議の言葉を封じてお母様の話に耳を傾ける。


「フレアが学園を卒業するまでには、まだ二年以上あるでしょう。リオルクだって、卒業後は大学に通うのだし、結婚はまだ先の話だわ」

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