第5話 お昼休みは波乱の予感2

 結果、いつもの三人プラスリオルク様という奇妙な組み合わせで食堂に向かうことになってしまった。


 生徒たちは基本的に食堂で昼食をとることになっている。用事がある生徒は前日までに頼んでおけばバスケットに軽食を詰めてくれるけれど、こんなことならわたしも持ち帰り用のお弁当を頼んでおけばよかった。


 けれども、先週末はまさかこんなことになるだなんて思ってもみなかった。


 生徒会長であるリオルク様は目立つのだ。背が高く、品があり、存在自体が目を引く。


 その彼が女子生徒たちと一緒に歩いているという光景に、すれ違う生徒たちが二度見をしていく。


 正直、びしばし突き刺さる視線が痛くてかなわなかったのだけれど、わたしはスープとパンを選んでテーブル席へ着席をした。


 今は何も喉を通る気がしない。目立つのは苦手だというのに、リオルク様が同じテーブルだというだけで、人々の注目を浴びているのが分かる。


「フレア、もしかして体調が悪いのか?」

「いえ、ちょっと胸がいっぱいで」


「風邪のひき始めかもしれないな……」


 ちゃっかりわたしの隣の席を確保したリオルク様がやおら腕を伸ばしてきた。


「ひゃっ」

 わたしのおでこを、リオルク様が触っている。


「熱いな。それに顔も赤い。今すぐに医者を呼んだ方がいい」

「大丈夫です! いたって健康です」

「しかし」


 大きな声を出してもリオルク様は若干不満そうだ。


 いきなり触れられたら、男性への免疫が無いわたしのことだ。顔だって赤くなるに決まっている。


 しかし、思ったことを口に出せないわたしは、ただ口を何度か開けて閉じてを繰り返すのみ。


「動けないのなら、俺が抱きかかえて医務室に――」


「ええと、ちょっと最近食べ過ぎで食事制限をしようかと思っていたのですが、ものすごくお腹が空いてきました!」


 なにやら不穏な台詞を吐かれそうになって、わたしはリオルク様の言葉に被せるように大きな声を出した。


 もうこうなったら自棄である。


「……そうか」

 よかった。どうやら、納得してくれたらしい。


「じゃあ俺の肉料理を分けるよ。ほら、フレア口を開けて」


 わたしが安堵をしたのもつかの間。リオルク様の次の言葉は予想の斜め上を突き破った。


「なっ……」


 一口大に切った鶏肉の香草焼きをフォークに刺してわたしの口元へと運ぶリオルク様。


 これはもしかしなくても、食べさせようとしている……。


 わたしは驚愕に目を見開き、顔を硬直させる。

 同じテーブル席に座る友人二人がどんな顔をしているのかを確認する余裕もない。


「リオルク様!」

 思わず口を開くと、すかさず鶏肉を突っ込まれた。


「はい、フレア」


 にこにこ顔のリオルク様に目をぱちぱちと瞬いてしまう。

 こんなにも嬉しそうな顔を見るの、一体何年ぶりだろう。


 もぐもぐと咀嚼をすると、ローズマリーのよい風味が口腔内にふわりと広がった。


 王立ルスト学園は王都の郊外に位置し、生徒たちの胃を支える食料は近隣の農村から仕入れられている。新鮮な食材ばかりのため、食堂で提供される食事はどれも美味しいのだ。


 と、そのときである。

 カランという音を耳が拾った。


 ハッと気が付くと、ソーリアが手からナイフとフォークを滑り落としていた。

 隣のデイジーは人形のように固まっている。


「美味しい? ディティ」


 衝撃的な光景に意識をどこかに飛ばしている二人をよそに、リオルク様は笑顔を保ったままわたしにそんなことを問いかけた。


「あ、あの! わたし、もう十六歳です。こここういうことは、お行儀が悪いです」


 鶏肉を急いで飲みこんだわたしは羞恥心で熱くなった顔のままリオルク様に抗議した。


「昔は俺が食べさせていただろう」

「い、いつの話ですか」


「ディティが五歳頃のことだ。舌ったらずな口調で、リオルクおにいちゃま遊んでって、可愛かった」


「そっ……」


 んな昔のことなんて覚えていません。という台詞は続かなくて。

 喉から空気だけが通り抜ける。


「お二人は、幼なじみなんですの?」


 現実に戻ってきたらしいソーリアが、まだどこか魂が半分ぬけたような声で割って入った。

 リオルク様はソーリアの方に視線を向けて、笑みを深めた。


「そうだ。俺とディティいや、フレアは幼なじみなんだ。互いの母親同士が親友でね。この学園で、同室だったんだよ」


「まあ。そうですの」


 リオルク様の説明にわたしも頷いた。

 わたしのお母様とリオルク様のご両親は共にこの学園出身だ。貴族の家とは所縁ゆかりのないお父様は別の寄宿学校に通っていたのだけれど。


「お二人の婚約は、本当のことなのですわよね?」


 そのまま聞きたいことを口に乗せるソーリアの態度は堂に入っている。さすがは生粋の貴族のお嬢様だ。


「もちろん。フレアには昨日婚約を打診したんだ。俺の両親と彼女の両親には事前に根回しをして、結婚の許可は取り付けていたけれどね。こういうのは、直接俺の口からフレアに伝えたいだろう?」


「そうですわね。やはり求婚というのは誠実さが求められますわね」

「フレアも十六歳になったからね。この年頃から婚約者がいるのは、特別というわけでもないだろう」


 上流階級の結婚は、家と家の契約のようなもの。近年では自由恋愛の末に結ばれる夫婦も増えては来ているものの、大抵は同じ階級から相手を選ぶ。


 実際、わたしの同級生の中にもすでに婚約している子がいる。

 昨日は何が何やら分からないうちに、うっかり頷いてしまったけれど、あれは本気なのだろうか。


 だって、これまでずっと避けられてきたのに。

 どうして急に。


「それにしても、生徒会長、普通に笑顔だね」

 正面に座るデイジーがこっそりとわたしだけに囁いた。

「……そうね」


 正直わたしもびっくりしている。女嫌いで、女性には滅多に感情を表に出さないのではなかったのだろうか。


「女性に対してのあれ程までに徹底していた鉄面皮はどこに行ったんだか」

「……どこだろうね?」


 いつになく愛想の良いリオルク様の態度に気をよくしたのか、ソーリアが彼に質問攻めをしている間、わたしたちはこそこそとそんなことを言い合った。

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