第2節 ヴェルナーとハイエルダール

 次の仲間は男性です。初対面であることを意識してか、彼は柔らかな表情で話しかけてくれます。


「自分はヴェルナー クライン。ほんとついさっきギルドに来たばかりで、他の2人とも知り合ったところなんだ。子供のころから親に引っ付いて各地を転々としていてさ。冒険者になろうと思ったのも、旅から旅の生活が好きだからってのもあるかな。行った先での食べ歩きも好きだしね」


 そこまで言うと一区切りおいて、


「とにかく、みんなこれから冒険者として新しく始めるメンバーばかりみたいだし、堅苦しい上下関係とか考えずにやれそうだからありがたいよ。自分は神官だから、戦いになれば癒し手としてみんなを支援できると思う」


 と挨拶しました。



 ヴェルナーと名乗ったその青年は、エッダと同じく人間の若者です。少し日焼けしているのは、彼の言う通り旅を続けてきたからでしょうか。見た目は落ち着いた雰囲気ですが、人と話すのは好きなようです。


 エッダは、ヴェルナーが打ち解けようとして色々な話題を振ってくれていると感じました。


 エッダやアニエスと違い、彼はフード付きマントの下に金属製の鎧を身に着けています。騎士のような重装備ではありませんが、動きやすさとバランスを取りつつ、防御力に気を遣っているのは確かです。


 食べ歩きが趣味という通り、テーブルの上にはギルドの軽食が並んでいますが、冒険者である以上は節制を心掛けているらしく、余分な贅肉はついていません。むしろ、重い装備に耐えられるよう体を鍛えているのが見て取れます。 


 もし戦いが起った場合、ヴェルナーは神官として仲間の傷を癒す必要がありますから、彼が真っ先に倒れることは許されません。その意味で、彼が自らの体力作りや防備に投資を惜しまない様子は、エッダにとって頼もしく感じられます。


 同じ冒険者でも、それぞれの技能によって装備も準備する部分も違うのだとも思いました。 



 エッダがそんなことを考えていると、横からアニエスが、


「エッダさんが来てくれたから良かったけど、さっきまでは先輩グループに入れてもらおうかって言ってたの。前に出て戦える人数が足りなかったし、仕事も教えてもらえるしね。でも、折角なら冒険者人生を一緒にスタートするメンバーがいいかなって。ギルドマスターからすれば、ワガママかもしれないけどね」


 そう言って笑いました。


 エッダもまた、もし1人じゃなくてパーティを組むとしたら、既に出来上がっているメンバーに追加で入るのではなく、新人同士で始めたかったのでワガママとも思いません。

   

 さっきはエッダの方こそワガママに見られても仕方ない感じでしたから、アニエスが気を遣ってそう言ってくれているのだと感じ、初対面ながらに人柄が分かった気がしました。



 するとアニエスの話を受けて、ヴェルナーが少し言いにくそうに、


「もし初めての冒険までに時間があれば、ファイター(戦士)として前に立てるよう準備してもいいかなとは思ってたんだけどね」


 と告白します。


 そうなの? とアニエスが歓迎した表情を見せると、ヴェルナーは慌てて否定しました。


「いやあまり期待しないで。少しは修行したんだけどね、基礎が完全に終わってないんだよ」


 そう言ってから、誤解されると思ったのか、修行がつらくて逃げ出したわけじゃないからねと笑って念押しします。


 じゃあ修行を再開しようよなどと盛り上がりだしたので、エッダも気分が楽になったのか、ヴェルナーに向かい笑って問いかけます。


「食べ歩きが好きなの? まさか、そのために冒険者になったとか?」


「食べることも好きだけど、食べ歩き日記を付けるのが趣味、といった方が正しいかな」


 そこでヴェルナーは、少しだけかしこまり話を続けます。


「父親が考古学者、母親が知識の神、キルヒアの神官でね。自分は母親の方を継いだけど、両親とも調査記録だけじゃ飽き足らず、食事だの旅先の風土だの、とにかくメモ魔でさ。自分もその影響かな。これ、この日記帳も親から譲り受けものなんだけどね。とにかく、親が遺跡や地下迷宮で仕事するのを横で見てきたけど、この稼業が旅行気分でやれるもんじゃないことは分かってるつもりだから。仕事も趣味も手抜きなしでいきたいね」


「地下迷宮……」

 エッダは、話を興味深そうに聞いていましたが、この言葉に反応しました。



 少し前、彼女には迷宮での苦い経験があり、まだ気持ちの整理がついていないのです。それもあって先ほどのような不安げな感じになったわけですが、エッダが考え込んでいるうちに待ちきれなかったのか、横から割って入るように新たな声がしました。


「ヴェルナーくんはキルヒア神の神官なのかい? ボク自身は神官じゃないけどネ、知識を重んじるタビットとしては、賢神キルヒアをご先祖のように敬っているからねえ。キミのご家族は考古学専門だっていうなら、さぞや皆さん立派な知識の探究者なんだろうネ」


 などと1人で楽しそうに話し出したのは、テーブル奥に座っている3人目の仲間です。


 

 彼は自分をタビットだと言いましたが、なるほど、確かに彼は人間ではなく、またアニエスのようなリカントでもなく、さながら真っ白なウサギが直立歩行しているような姿です。彼ら種族は、この世界ではタビットと呼ばれているのです。


 身長は人間の子供くらいでしょうか。椅子にちょこんと座っており、短い手足ゆえ足が床についていません。ローブを羽織り、宝石がはめ込まれた杖をテーブルに立てかけています。


 可愛らしい外見からは想像もつきませんが、タビットの知能が高く、魔法使いとしての才能に溢れ、知識探求に余念のない種族だということをエッダは思い出しました。



 エッダが興味深そうにそのタビットのほうを見つめると、タビットもエッダの方に向き直り話し始めます。


「あ、ボクだけ自己紹介がまだだったネ。ボクの名前はハイエルダール。大きな図書館で働いてたんだけど、世の中に出て見聞を広めたいと思ってネ。一念発起して冒険の旅に出ようってところなんだ」


 ハイエルダールはそう言ってペコリとお辞儀をします。

 しかしこの挨拶では相手に不安を抱かせると思ったか、さらにこう続けました。


「ああでも心配はいらないよ。冒険者ギルドでは駆け出しでも、魔法の勉強は怠ってないからネ。コンジャラー(操霊術)の心得はあるから、みんなのサポートなら任せてほしい。将来はあらゆる魔法を習得し、大魔導士かつ大賢者になるつもりだ。エッダさん、これからはどうぞよろしく頼むネ」


 

 操霊術とは、仲間の武器に魔力を付与したり、ときには敵を攻撃する魔法を行使したりと、色々と器用な力を持つ魔法体系の1つです。


 エッダは、このハイエルダールと名乗るタビットが堂々としていて、普通なら大言壮語になりそうな話をペラペラしゃべっているのが可笑しかったですが、不思議と気持ちの良い印象を受けました。屈託がなく裏表もない感じが、好ましく思えたのです。


「よろしく、ハイエルダールさん。それにヴェルナーさんも。私の背中はあなたたち2人に預ければ安心そうね。最初から良い人に巡り合えるなんて、とってもラッキーなことよね。じゃあ、改めてアタシも仲間に入れてもらおうかな」


 そう言ってエッダは隣の空いたテーブルからイスを1つ借りてくると、3人が囲むテーブルに陣取りました。



「話はまとまったみたいですね」


 ギルドマスター、彼女は30代前半くらいの人間ですが、うれしそうに4人を見つめています。落ち着いた物腰の彼女ですが、きっぱりとした物言いは威厳もあります。昔は自ら冒険に出ていたのでしょうか。


「では皆さん、受付で冒険者としての心構えなど説明は全て聞きましたか? よろしい。では次に、自分の経歴などをパーティ内で共有してください。よくあることなのですが、皆さん自分の武勇伝を誇張して伝えたがるものです。しかし、それぞれの技量に即した冒険から始めるべきですから、ありのままの申告をお勧めします」


 そこまで4人に告げますと、思い出したように1つ付け加えます。


「ところで皆さん、泊まるところは? ない? だったら2階の宿泊施設を提供しましょう。お金がなければ2人1部屋でも構いませんよ。しっかり稼いで独立した部屋を持つもよし。このまま気が合えば、一緒に冒険を続けていくもよし。いずれにせよ、しばらくは運命を共にする仲間同士。同じ部屋に住んで苦楽を共にするのもよいでしょう」

 


 こうして、しばらくは互いの技量や得意分野などを共有したことはさておき。


 4人は話し合った結果、エッダとアニエス、ヴェルナーとハイエルダールが2人1組になって1部屋ずつ借りることとしました。


 皆さんの部屋はいわゆる出世部屋ですなどと、ギルドマスターから嘘とも本当ともつかぬことを言われながら2階に上がってみると、多少の収納と2段ベッドがあるだけのシンプルな部屋ながら、大通りに面して見晴らしが良く、日の光も入って悪い雰囲気ではありません。


 種族によって寿命は違うため、単純に誰が年長とも言えませんが、全員が10代です。4人は、何だか友達同士で一緒に家を借りて住むようなワクワクした気分になりました。



 アニエスとエッダは、部屋に陣取ると荷物の整理を始めます。

 そして、どのベッドを使うとか決めたり、互いの身の上話をしたり。



 一通り作業を終えると、2人は並んで窓から大通りを眺めました。にぎやかな街の様子は、2人には冒険の舞台が整っているように思えました。


 

 この共同生活が長く続くのか、それともすぐに終わりを迎えるのか、それは誰にも分りません。しかし、4人は旅の始まりとしては幸先が良いように感じました。偶然の出会いとはいえ、これから冒険を始める仲間を見つけられたのは幸運でした。あと必要なのは、自ら道を切り開いていく行動力だけです。


 

 こうして。


 ハーヴェス王国の片隅で、今ここに1つの冒険者パーティが誕生したのでした。



(次回「初めての依頼」に続く)

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