第1節 アニエスとの出合い

「皆さん、ちょっといいですか。共に旅をする仲間を探していたと思いますが、たった今、皆さんが求めている人材にピッタリの方が見つかりましたよ。こちらは、お名前はエッダさんでしたか。さあエッダさん、あなたからも皆さんに自己紹介を」



 この冒険者ギルドを取り仕切るギルドマスターからそんな風に紹介されて、エッダは釣られてお辞儀したものの、内心落ち着きません。


 つい先ほど、エッダはこの「草原への誘い亭」というギルドの門を叩き、スタッフにアドバイスをもらいながら冒険者として登録を済ませたばかり。しかも、1人でもできる仕事はないですかと尋ねたのに、ギルドマスターがいきなり現れて、向いのテーブルに座っている3人組のところへ連れてこられたのです。



 すると、新しい仲間の到来がうれしかったのか、エッダが話しだす前にその3人組が自己紹介を始めました。


「初めまして。私はアニエス プラッツェ。エッダさんはついさっきギルドへの登録を終えたところ? 私も昨日ここに来たばかりなの。他のみんなもそんな感じよ。まだ結成されてすぐのパーティだから、エッダさんも気兼ねしないでね」


「えっと、あの……」



 3人組のうち、アニエスと名乗った彼女は、ほぼ人間の容姿ながら、人間そのものではありません。特徴的なのは、ふわっとした金髪から飛び出た耳でした。明らかに人間のそれではなく、よく見れば尻尾も生えていて、そこだけネコのようです。その外見からして、戦いのときには獣の姿になって勇敢に戦う、リカントという種族だとエッダは見当を付けました。この地域、特にハーヴェス王国ではよく見かける種族です。



「じゃあ、次に自分は……」


 アニエスに続いて他の2人が自己紹介しようと口を開いたので、エッダは慌てて止めました。


「あの、ちょっと待って。ごめんね。でもアタシ、まだみんなと一緒に仕事するとは決めてなくて」


 エッダは、このままなし崩し的にパーティを組むのは嫌でした。


 アニエスが戸惑ったように返します。

「……あ、そうなの? 早とちりしてごめんなさい。私も昨日、冒険者ギルドに来たのはいいけど1人でどうしようか困ってたから、あなたもそうなのかなと思って」


 エッダはアニエスの様子を見て、申し訳ない気持ちになりました。


 1人で来たエッダは勝手が分からず、不安を抱えながらギルドに入ろうかどうしようか入り口で迷っていたのは事実です。


 しかし元来、エッダは引っ込み思案ではありません。

 また、人嫌いで仲間はいらないと思っているわけでもありません。むしろ、誰とでも気軽に話せるほうですし、仲間は多い方が冒険も成功しやすいことはよく分かっていましたが、今の彼女は少し慎重になっているのです。



「謝るのはアタシのほう。ワガママを言ってごめんなさい。ただ、私は駆け出しだからみんなに迷惑をかけるかもしれないし、仕事を選り好みするかもしれないし。とにかく、トラブルになるくらいなら1人で気軽に始めようと思っただけで」


 エッダがそう言うと、横で黙って聞いていたギルドマスターがおもむろに口を挟みます。


「確かに、1人でもできる仕事はあります。同時に、1人だとできることは限られています。冒険とは困難を伴うもの。まずは仲間で助け合い、生き残るコツをつかむのが望ましいと思いますよ。その上で、1人で何でもできる自信が付いたら独り立ちすればいいのです」



 ギルドマスターの口調は優しく、同時に、有無を言わさぬものがありました。

 先ほどギルドマスターが無理やりにでもエッダを他の3人に引き合わせたのは、そういう思いもあったようです。


 どうしても一人がいい、エッダもそこまで思っているわけではありません。いずれにせよ、駆け出しのエッダには、ギルドマスターの助言に反論するだけのものを持ち合わせていませんでした。



 何か吹っ切れたのか、エッダは3人に向き直るとまっすぐ見つめます。


「分かりました。さっきまではごめんなさい。同じギルドに所属する以上、みんなとは仲良くやっていきたいの。これは本当よ。アタシはエッダ ソーンフィールズ。色々あって冒険者やってます。ギルドで仕事をするのは初めてだけど、これまでの経験を活かしフェンサー(軽戦士)としてみんなの盾になれるよう頑張るので、よろしくお願いします」

 

 そう言ってエッダがみんなに向かって笑いかけると、他の3人も緊張が解けたのか、ほっとした感じで顔を見合わせます。


 一度意地を張ると意見を曲げない人間が多い中、人の意見を素直に受け入れ、まっすぐ微笑みかけるエッダにむしろ好印象を覚えたのです。



 3人は改めてエッダを見つめます。


 年の頃は16か17くらいでしょうか。

 エッダ自身の言う通り、フットワークの軽さで敵を翻弄するフェンサー特有の出で立ちです。


 細身の剣を腰に差し、動きやすいように防具も最低限のものにして運動性を高めています。長い茶色の髪は邪魔にならぬよう束ねられ、すらっと伸びた手足は俊敏そうです。ズボンの上から短めのスカートを付けていますが、基本的に化粧っけもなくアクセサリーの1つも付けていません。しかし最初の戸惑った様子と違い、切れ長の目から憂いが消えて表情が明るくなると、その笑顔には健康的な眩しさがありました。



「改めてよろしくね、エッダさん。お互い初めてギルドに来て、こうして出会ったのは何かの縁だよね。私は、グラップラー(拳闘士)としてあなたの横に立つことになると思うから、あとで連携とか確かめておきたいね」


 アニエスは、エッダを受け入れたことを示すように、改めて話しかけました。

 エッダもまた改めてしっかりとアニエスを見やります。


 目鼻立ちがはっきりしていて整った顔立ちの彼女ですが、特筆すべきはその全身にあります。


 獣の如くしなやかな動きを想像させる体つきで、細身ながら筋肉質、剣に頼らずその肉体を武器とするグラップラーとしての基礎はしっかり整っているようでした。


 春のこの時期に薄手のコートを羽織っているのは、寒さ対策というより防御力を考えてのことでしょうか。特殊な繊維で編まれたそれは、軽くて丈夫そうに見えます。エッダ同様、素早く相手の懐深くに飛び込み一撃を繰り出すのが身上ですから、こちらも防備は最低限、ギリギリまで速度を追求した様子が窺えます。



「じゃあ次に自己紹介いいかな」


 そこまで黙って聞いていた、3人組のうちの別の1人が口を開きます。



(次回「ヴェルナーとハイエルダール」に続く)

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