白点病

白点病 一

 東京都小平市在住のCさんが体験したお話。


 学生時代、Cさんはショッピングモールに入っているペットショップでアルバイトをしていた。彼女は私生活でもアクアリウムを趣味としていたため、熱帯魚コーナーを担当していたという。


「といっても、今はもう魚飼うのやめちゃったんですけどね……」


 彼女は苦笑いしながらそう言った。Cさんは外国産ナマズなどを飼育する少々コアなマニアであったらしいが、手元にいた魚たちは全てネットオークションで販売したり、他人に譲ってしまったそうだ。


 そのきっかけになったのが、今から語る話である。


***


 ことの発端は、入荷されてきた一匹の赤いオスのベタだった。大きなヒレと美しい体色、そして「闘魚」と呼ばれるほどの気性の荒さで知られ、様々な改良品種が生み出されているポピュラーな熱帯魚だ。飼育もそれほど難しくなく、小さい水槽でお金をかけずに美しい姿を楽しめることから需要は高い。


 入荷した翌日、私は袋に詰められたベタの体表に白いボツボツができているのを発見した。それを見てすぐに、ある可能性に思い当たった。


 ――白点病だ。


 白点病というのはウオノカイセンチュウという繊毛虫の一種に寄生されることで起こる寄生虫症である。発症すると体表にぽつぽつと白い点ができることからその名がついたとされる。最悪の場合はエラに寄生虫が侵入し、呼吸困難で死に至る可能性もある……という中々恐ろしい病気だ。


 幸い、水槽にはこのベタ一匹しか入っていない。私は水槽の温度を上げて、しばらく様子を見ることにした。魚の体に寄生している内は、薬剤を投与しても効き目がない。成虫になり、他の魚に寄生しようと体を離れたタイミングで仕留めるしかないのだ。そのため、温度を上げて寄生虫の成長速度を速めることで体から早く寄生虫を離し、そこで薬剤を投与し死滅させるのが対処の常套手段である。


 私はこのベタを袋から出すと、薬浴に使う水槽に入れ、ヒーターのサーモスタットをひねって水温を一度上げた。


 翌日……出勤した私は、昨日ベタを入れた水槽を覗いた。


 ベタはひっくり返って、水面に浮いていた。私はすぐに、ベタの死を悟った。


「ああ、ダメだったか……」


 売り物の魚の死は、さほど珍しいことではない。大量の魚が流通する以上、どうしても弱い個体が混じってしまうことは避けられず、そうした個体が輸送のストレスなどの理由で弱って死んでしまうのだ。

 おそらく死因は白点病ではなく、別の理由によるものだ、と思った。おそらく店に来た時点で衰弱していて、白点病は免疫の低下によって現れたにすぎないだろう、と。


 死んだベタを取り出し、ビニール袋に入れて縛った。しかしこれは、事の始まりでしかなかった。

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