5-3
クラウスが制御システムを復旧させ、船は針路を変えた。しばらくは木の葉のように大きなうねりの中を漂っていたが、夜が明ける頃には嵐から抜け出した。
本部へ浄化部隊の派遣を要請すると、わたしはデッキへ出た。体のあちこちにこびりついた疲労や硝煙のにおいを、冷たい海風が洗い流してくれる気がしたのだ。デッキには、弱い雨がまだ残っていた。クラウスが風邪を引くと警告してきたが、無視して進んだ。
手すりに身を預け、風を浴びる。空を覆う黒ずんだ雲にはいくつもの切れ目があり、そこから射した黄金色の光が、群青の海面を所々照らしている。
輝く水面で、何かが跳ねた。イルカだ。
甲高い鳴き声が辺りに響く。
呼んだらこちらへ来るだろうか。口を開きかけ、やはり、と思いとどまる。ヒトの脳をまともに動かすのに十頭ものイルカの意識が必要なら、その逆では何が起こるのか考える。
彼女はもういない。
少なくとも、わたしの知る彼女は。
ただ、自分が背を向けた世界を守ろうという気持ちは残ったらしい。それを実行する手段としてわたしを選ぶ程度の意識も。
「ずるいですよ、先輩」
イルカは飛び跳ねながら、沖へと遠ざかっていく。やがて、その姿は完全に見えなくなった。
わたしはまた、取り残された。
〈了〉
イルカの火 佐藤ムニエル @ts0821
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