3.アタック

 〈リニミュー〉を発動したツカサとクサナギは、緑の中を駆け抜けた。

 展望台からロケットの発射場までは、整備された道路が続いている。起伏のある自然の中を抜ける道なので急なカーブや傾斜も多いが、ツカサは複雑なコースを攻めるロードレーサーのように、巧みなハングオンでそれをクリアしていった。

 平地に達すると遠くに直立したロケットが垣間見えた。と同時に、どこかで花火が破裂するような音が聞こえた。それも一回ではなく、断続的にあちこちで聞こえる。

『誰かが交戦してやがるな。あれは銃声だ』

「……わかってる。でも誰が……?」

 兵士の姿こそ見えないものの、そこが戦場だということは実感していた。ただ、走り始めてしまうとツカサの中で恐怖は消える。ここはテロリストの巣窟だというのに、勢いで突っ走っていこうという気持ちは銃で撃たれる恐怖を上回っているのだ。自分でもイカれているなという自覚はあった。

 道路の幅は広くなり、そこかしこに停車している車も目立つようになった。この島を管理している会社のロゴがいろんな場所に描かれていた。そして大きな公園を思わせる緑の広場に、モニュメントのようにそびえ立つ巨大なロケットが姿を現した。

 ロケットの正面には絵になる噴水、その向こう側の茂みの影に、ツカサが目指したコンテナがあった。しかしそれを視界に入れた瞬間、ツカサの全身の血管が急激に収縮した。

『左だ、ツカサ!』

 ツカサは体重移動で舵を切った。さっきまで彼女のいた場所に、まるで点描のように土煙が立つ。コンテナの前には見張りが一名。クサナギの危惧した展開そのままに、見張りが持ったマシンガンのような火器が彼女に狙いをつけていた。

『どどど、どうする気だよ!』

「計算担当がテンパってどうすんの!!」

 ツカサはスピードを緩めることはしなかった。だが、近づくこともできない。相手は引き金こそ引かなかったが、確実にツカサへの照準を定めつつあった。

 ――近づけない……!

 ツカサはコンテナの前を通り過ぎ、ロケットのある広場に向かって進んでいった。

 するとロケットの方からもひとりの兵士が駆け寄り、持っている小銃を連射してきた。

「だあああぁぁっ!」

 クサナギの声も間に合わない。ツカサは当てずっぽうにジグザグに走り、なんとか銃弾の直撃をかわした。敵もまだ遠いので手当たり次第の発砲という感じだった。 

 ツカサはなんとかコンテナの方に戻りたかったが、テロリストたちは完全に彼女を補足している。危険な視線を背後に感じて、ただUターンするのは無謀だと悟ったツカサは、ロケットの正面に位置する白い建物の方へと向かった。

『どこ行く気だよ!』

「あの建物の裏に回ってあいつらの目を欺くの。そのまま一気に、反対側からコンテナを目指す!」

『スピードは落とさずにか?』

「あったりまえでしょ!」

『あー、もう、わーったよ! コケるんじゃねーぞ!!』

 ツカサはトップスピードを維持したまま三階建てのビルの裏手へと走っていった。足場は土となり、オフロードバイクが走ったようにもうもうと砂煙を上げる。そして宇宙船のスイングバイのごとくビルを迂回し、コンテナのある島の内陸方面へと向かってゆく。

 コンテナまではすぐだったが、ひとつ問題があった。進路前方に背の高い草が茂っており、とてもインラインスケートが走れるような地形ではなかったのだ。ほんの数センチの幅でも足場があればいいのだが――。

「よし」

 周囲を見渡して、ツカサは足場に替わりそうな平面を発見した。

『え、おまえ……マジで?』

 いつもならわめくクサナギも言葉を失っていた。ツカサが発見したのは、海への転落を防ぐため崖に沿って設置された金網フェンスの天面だったのだ。有刺鉄線などが張ってないのが幸いだった。もちろん車輪を乗せる幅は五センチくらいしかない。

「いくよ!」

 ツカサは施設の駐車場を突っ切り、崖に向かって加速した。そこはアスファルトなので速度はバッチリ稼げた。そして全身をバネにして地面を蹴り、高々とジャンプする。

 足を限界まで引き寄せ、しゃがみこむような姿勢でフェンスの上に着地。そこから中腰まで体高を戻して、ひたすらバランスを取りながら疾走していく。

『う、う、う、海、海だぞツカサ! 絶対に落ちるんじゃねーぞ!!』

 ツカサから見て左側は切り立った崖と、その向こうに広がる太平洋だった。打ちつける波しぶきも届かないほどの高さである。風もある。決して平坦とは言えないつぎはぎだらけのフェンスの上を、やじろべえのような危ういバランスでツカサは駆け抜けていった。

 それでも下り階段の手すりをグラインドで滑り降りるよりは難易度は低いとツカサは感じていた。スピードは特急列車レベルだったけれど。

 やがてツカサの右手にコンテナの屋根が見えてきた。しかし距離がある。

『よし、まずは着地してこっそり近づくぞ!』

「冗談でしょ! クサナギ、〈リニミュー〉全開にして!!」

 クサナギの慎重策を無視してツカサはジャンプした。それはコンテナの屋根に飛び移る軌道ではなかった。

 ツカサの前方にあるのは太い杉の幹だった。それに対し、ドロップキックをするような姿勢で横向きに着地する。そして車輪の回転を限界まで高め、ピッチングマシーンの要領で自分自身を弾き飛ばす。

『アホか~~~っ!!』

 そう叫びながらもクサナギは、自分を信じて最高の回転を与えてくれた。ツカサは震える気持ちで宙を舞い、優に六メートルはある距離を一瞬で縮めてコンテナの屋根に着地した。

 ガシャン、とそれなりの音がした。もちろん〈リニミュー〉は急には止まれない。

 ツカサはコンテナを足場にしてまたもジャンプし、さっき自分を狙った見張りの男の頭部目がけて飛びかかった。

「ガッ!!」

 それが「ゴッド」なのか「ガッデム」なのかはわからないが、男はなにかを言いかけた瞬間に、ツカサの強力な蹴り――というか落下という名の質量攻撃を受けて地面に伏した。しかし男のかぶっていたニット帽が車輪に絡まり、彼女はつんのめるようにして地面に倒れてしまった。

 ツカサはむき出しの頭部を護るために両肘でガードし、敢えて転がることでダメージを軽くする。これは怪我の防止には功を奏するが、派手に目を回してしまうという欠点もある受け身法だ。

 今の攻撃でうまく倒れてくれるといいけど――。そう思いながら、必死で周囲の様子を確認し、自分がどこを向いているかを知ろうとする。

『ツカサ、右だ!』

 クサナギの忠告によって、彼女は素早くそちらに眼を向けた。しかし網膜に映る像は三つにも四つにも見えた。脳から血が引き、ふっと視界が暗くなる。しかしその直前にわかったのは、自分がやっつけたと思っていたテロリストが、額を押さえながら立ち上がり、今にも銃口を持ち上げようとしている姿だった。

 ――撃たれる。

 ツカサは冷静にそう思った。死んじゃうときはこんなものなのかもしれない、といやに醒めた気持ちだった。

 しかしそうはならなかった。テロリストの男は、まるで見えないデコピンでもされたみたいに頭をかくんと横に倒して、そのままぶっ倒れてしまった。そしてもう動かない。電池の切れたおもちゃみたいだった。

「大丈夫か、ツカサ」

 若干カタコトの日本語で彼女に近づいてきたのは、ブロンドの長髪を束ねた白人男性だった。その後ろからもうひとりの外国人が、周囲を警戒しながら近づいてくる。

 そしてふたりともが両手で真四角のピストルを握っていた。海外ドラマに出てくる特殊部隊のようにサマになったポーズで。

「え、えええ~~~っ!?」

 ようやく視界のブレが収まったとき、ツカサの眼に映った男の顔はあまりにも意外な人物のものだった。

「ヘ、ヘンリーさん……?」

 なんだか困ったような顔で彼――ヘンリーは笑った。

「おまえ、知り合いなの?」

 呆然とした様子でクサナギが訊いた。

「うん、ヘンリーさんはあたしのパルクールの師匠なの」

「……おまえがときどきサルみたいな動きをしたがるのはこいつのせいか……」

 ツカサはいつも通りに紐を締めてやろうかと思ったが、ヘンリーの後ろにいる男の顔を見てそれどころではなくなった。

「えええっ! マクレアンさんもいるの!?」

「このハゲはなんなんだよ」

「こらーっ! マクレアンさんはね、あたしにインラインスケートを教えてくれた先生!」

 マクレアンはブルース=ウィリスみたいな頭部を撫でながら苦笑いした。

「ツカサ!」

 突然叫んでヘンリーが銃を構える。ツカサが反射的に振り返ると、ひとりのテロリスト――恐らくはロケットの近くで自分を追いかけてきた男――が、鬼気迫る顔でこちらに銃を向けていた。

 だがそいつはヘンリーが銃を撃つよりも前に、頭になにか黒い粒のようなものを受けて卒倒した。

「ふう……。今のはコフォーズの仕事だな……さすが名狙撃手スナイパー

 ヘンリーが額の汗をぬぐいながら言うと、

「コ、コフォーズさんまでいるの?」

 驚きすぎてツカサの声はかすれていた。

「んで、そのコフォーズってヤツはなんの師匠なんだ?」

「ロック・クライミング」

「ハァ……アレね……」

 クサナギは諦めたようにため息をつく。それはさておき、ツカサは幼い頃からの自分の知り合い――それも自分にいろいろな〝遊び〟を教えてくれたおじさんたちが一堂に会していることに、戸惑いを隠せなかった。

 だがそこにある男の影を重ねると、疑問が一気に氷解してくるのがわかる。

「オジラが……いるんだ。そうでしょ!?」

 マクレアンが頷き、そしてツカサの背後を指差した。

 迷彩服を着た鯨岡と白蛇が、悠然とした足取りで彼女たちの元に近づきつつあった。

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